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7-レタ工房

レタ工房は剣蘭学園お抱えの工房だ。剣にまつわるあれこれは、ここの造り手(ふぉるじゅ)が一身に担っていた。


「で、お嬢ちゃんはなんのご用で?」


金属と炭の焼ける匂いが充満する店内で、スキンヘッドの男がカウンター奥の椅子に座る。大柄な彼の体重を支えた椅子は、ミシッと木の軋むイヤな音が鳴った。


店内には大小様々な剣がずらりと並び、その数はかるく50本を超えている。マーガレットはその中で、借りてきた猫のように身を小さく縮こませていた。


すでに用を済ませていたアリエンヌとは「覚えてなさい」と捨て台詞と共に別れを済ませており、客のいない店内はがらんどうである。


「は、はい!ごめんなさい」

「いや、もう謝らなくとも………というか俺、そんなに怖い?」

「めちゃくちゃ怖いです」

「………そ、そうか」


マーガレットの言葉にキズついたのか、男は項垂れてどこか哀愁を漂わせている。


「お気の毒に………」


その様子を目にした明日香は同情の念を抱く。彼は見た目が強面なだけで、普通に良い人なのを明日香はゲームで知っていた。


「え、私また悪いことしちゃった?」

「はぁ、優しい私は一つ忠告をして差し上げます」

「珍しいね。それネタバレってやつじゃないの?」

「ぐっ………目的のため、必要なこともあります。とにかく、この後出てくる人を決して刺激しないこと」

「それって、」


マーガレットが詳細を確認する間もなく、店の奥から革靴が床を蹴る音が近づいて来た。


「はーはっは!ルノー、気にすんな。お前のその強面にこっちは助かってんだからよ」


活気のある声と共に、鼻先が黒く煤で汚れた一人の少女が現れる。短く切り揃えられた赤茶髪とデニムのオーバオール、平均的な16歳であるマーガレットより頭一つ低い身長をしていた。


「そりゃ可愛い親方には分からないでしょうね。無条件に怖がられちまう、か弱き男児の気持ちなんて」

「お、親方!この子供が?」

「ほぉ、えらく活きのいい嬢ちゃんが来たもんだね」


少女は鋭い眼光でマーガレットのことをギロリと睨みつける。そこで身じろぎ一つしないところは、マーガレットの胆力によるものなのか、それともただ鈍感なだけなのか。明日香は諦めたように頭を抱えていた。


「嬢ちゃんだなんて、私は立派な16歳だよ」

「は!それを言うならウチは今年で30なんだがね。まぁいい、あたいはレタ、そこの木偶の坊がバイトのルノーだよ。わざわざ来てもらって悪いんだが、野暮用が入って今忙しいんだ。今日のところは帰ってくれ」

「えぇ!?」


脳天気なマーガレットは、この短時間で最大の地雷を踏み抜いたことに気がつかない。狼狽するマーガレットを尻目に、明日香は自身の想定が甘かったことを嘆いた。


(こんなことになるのなら、もっと厳重に釘をさすべきでした………仕方ありません。もう少し聖地巡礼を楽しみたかったですけど、門前払いされては元の木阿弥、早々に用事を終えることにしましょう)


「どうしよ、どうしよ、どうしよ!」

「私を、エクリプスを抜きなさい」

「え、なんで」

「いいからさっさとやる!」

「はい!?」


マーガレットは明日香の叱責に、ほぼ条件反射でエクリプスを引き抜いた。濡れたような光沢をしている剣身は新月の夜のように黒く暗い。最高位の魔剣エクリプスは今日も禍々しいオーラを放っていた。


明日香は知っている。リタは位の高い剣に目がないことを………こうしてエクリプスを見せびらかせば、彼女の態度はたちどころによくなることだろう。

だがそれは、マーガレットにとって辛い現実を突きつける事になった。


「ん?そいつはエクリプス………まさかあんたが最強の平民マーガレットかい?」

「む、確かに私はマーガレットだけど、」

「はは!そうかい、そうかい、失礼したね。まさか1日に二人も最高位の剣士様が訪れるとは、これから槍でも降るのかね」


さっきまでは門前払いを決め込んでいたリタであったが、エクリプスを目にした彼女は何事もなかったかのようにマーガレットを客人扱いする。


これもエクリプスの力なのか、と内心複雑な気持ちを押し隠し、マーガレットは急造の愛想笑いで取り繕った。


「そ、それよりも。エクリプスの鍛錬をして貰えますか?」

「鍛錬?そりゃ構わないが、魔晶石の用意は出来んだろうね?」


人間が魔物を倒して強くなるように、剣もまた魔晶石を吸収することで強くなる。原理は不明だが、恋剣ではそれを鍛錬と呼んでいた。剣を鍛錬することは、造り手の大事な仕事の一つなのだ。


「はい」


マーガレットは肩に担いだ麻袋を下ろすついでに、抜き身のエクリプスを店のカウンターに置いた。


「(マーガレット?)」


普段ではありえない乱雑な扱いに明日香は戸惑う。側から見ればなんでもない行動に思えるだろうが、エクリプスを引き抜いてからこの方、マーガレットは自身の剣を丁重に扱っていた。


毎日のメンテナンスはもちろんのこと、用がない時は必ず学園より支給された鞘に納めている。魔物との戦いの時ですら、不必要に攻撃を受けることはせずに、剣への負担を最小限に抑える戦い方をしていた。


「あんたこれ、まさか全部魔晶石かい?」

「はい、明日までお願いしたいんですけど」

「いやいや、平民のあんたどうやってこんな量を………どこぞの大貴族さまでもこんな量は用意してこないよ」

「無理ですか?」


マーガレットは急にいたたまれない気持ちになっていた。早くこの場を離れたいあまり、挑発的な物言いとなっていることすら気がつかない。


「むっ………誰がそんなこと言ったよ!あたしらの腕なら一晩あればどんな量だろうと、」


だが、この場合ではそれが功を奏した。職人のプライドを刺激されたリタは、俄然とやる気に満ち溢れる。


「だったら、後はよろしくお願いします」


言うが早いか、マーガレットはそそくさと店を後にする。残されたリタとルノーと一振りは、キョトンとした様子でマーガレットが出ていった扉の方を見つめる事しか出来なかった。


「(あの子ったら………)」


これは明日香に取っても不測の事態だ。まさかエクリプスという紋所を使った弊害が、このような形で現れると誰が予測できたというのか。明日香は自身の行いが、マーガレットの自尊心を傷つける可能性など全く考慮していなかった。


明日香はこのまま捨て置かれるのでは、と一抹の不安を抱える。いくら最強の剣とはいえ、今の明日香は所詮ただ道具、誰かの手を借りなければ動くすらできない脆く儚い存在だ。


うっすらと自覚していた自分の弱点だったが、持ち前の誇り(プライド)が認識するのを拒んでいた。マーガレットの性格的に明日にはケロっと立ち直っていそうなものだが、それでも不安であることに変わりはない。


「(───オーマイゴット!私としたことが、あの子のフラグ管理を怠ってました………仕方ない。次からもう少し優しくしてあげようかしら)」


だが、明日香の心はこんなことではへこたれない。失敗を糧にして更に前へと前進する。それが伊集院明日香という人間なのだ。

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