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11-会合

バットエンドといえば、一つの物語の終着点である。主人公の死などが割とポピュラーだったりするが、恋剣では短くモノローグが入るだけでその詳細は明かされない。


モノローグはいつも同じ『あなたは最強になったが、その人生は孤独になった』で締め括られる。


バットエンドへの分岐は様々あったが、今回のアリエンヌ撃破が最速の分岐点だった。負けイベントを強引な方法で突破された場合の対策なのだろう。


だが、唯一アリエンヌが破滅を迎えずに終わるエンドでもある。明日香はマーガレットには申し訳ないと思いつつも、アリエンヌが報われる未来はこれだけだと、バットエンドのその先に一縷の望みをかけていた。


「それで、バッドエンドって一体なんなの?」


そして、明日香はとんだ肩透かしをくらっていた。袂を分つ覚悟で伝えた想いが、本人にまるで届いていなかったのだ。こうして乙女が身を捩って悶絶するのも無理はない。

だが改めて考えれば、オタクでもない16歳が聞いたらこの反応が妥当ではないか。と、少しだけ冷静さを取り戻す。


この考えに至ったのも明日香がゲームを通して、マーガレットの生い立ちを知っていたからだ。幼少期から剣才を磨くことに明け暮れ、趣味や娯楽といったものに触れる機会がなかった彼女に、バッドエンドがなんたるかなど理解できるはずがない。


「はぁ………説明するのも面倒ですわ」

「えー、せっかくなんだから教えてよ」

「はいはい、また時間がある時にしましょうね。今はとにかくレイ・フラッシュを拾って仲間と合流しなさい。さもなくはアリエンヌの放った魔物が何をしでかすことやら」


これは明日香の嘘である。アリエンヌは本当に何もしてないし、ノエル達が魔物と遭遇したのは偶然だった。


マーガレットはムッと顔をしかめたが、明日香の言うことも一理あったので、躊躇いながらもレイ・フラッシュを手に取る。そして小さく「ごめんね」と呟いた。


「最高位特権により伊吹理沙(イブキリサ)と未登録ユーザーとの接続が許可されました。──────どうも初めまして、マーガレット様。ご存知の通り私の名前はレイ・フラッシュと言います。以後お見知り置きを」

「え!?あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」


謎の機械的な音声の後、明日香のよく知る従僕の声がした。


「理沙!あなた本当に理沙なの?」

「ええ、明日香お嬢様お久しぶりです」


明日香がエクリプスに宿ってから早くも一ヶ月弱、久しぶりに聞いた自身の名前はどこかこそばゆく、まるで自分の名前ではないような錯覚を覚えてしまう。


そしてマーガレットが手にした影響か分からないが、明日香は理沙の姿がはっきりと見えるようになっていた。いつものメイド服とは違い、上下黒色のスウェットに髪の毛もボッサボサ、なんて格好をしているのかと、つい笑いが込み上げてくる。


理沙に出会ったことで、明日香は自身が安堵していることに気がつく。アリエンヌを救うという目的に邁進するあまり、気にかけることはなかったが、存外に心寂しかったようだ。


「私の格好のことをお笑いでしたら、明日香お嬢様も大概酷いですよ」

「確かに私も部屋着ですけど、流石に髪は梳かしてますわ」

「こ、これはちょっと時間が、」

「ふーん………ゲームで夜更かしは感心しませんわね。ましてや髪すら乾かさないなんて」

「ぐっ………言い訳しようがありません」


理沙の取り繕った様子から、ズバリと背景を言い当てた明日香は鼻を高くする。理沙は指摘された髪が気になり手櫛をするも、その手は虚しくすり抜けるばかりであった。


「で、何で理沙がレイ・フラッシュに宿っているのかしら?」

「えっと、それはなんというか………魔が刺したと言いますか」

「取り止めを得ませんわね。はっきりと言いなさい」

「うぅ、絵馬を預けていただいたあの後、言われた通り最寄りの神社に納めに行きました。その時、いいなって私も思いまして………」

「なるほど、理沙も自分の絵馬を納めたわけですか。呆れた。勤務時間中に何をやっているのやら」


理沙は俯くことしかできない。明日香も状況を理解できたので、それ以上の追求をやめてあげた。


「でもこれで合点がいきました。理沙もこの負けイベントでマーガレットを勝たせるつもりでしたね?」

「ええまあ、エクリプスに明日香お嬢様が居られると確信していましたから。アリエンヌを救うために行動することも容易に予想ができました」

「流石は私のメイドですわ。おかげでアリエンヌの破滅は免れました」

「私は仕事の出来るメイドですので、これくらいのサポートは当然です」


明日香は感心のあまり、理沙のことをワシャワシャと撫で回す。もちろん触れ合える訳ではなかったので、その手は理沙をすり抜けてしまう。だが、当の本人は満更でもないといった様子で、大型犬のように主人からの褒美を味わっていた。


「まったく分かんない!!!」


ただ一人、この状況についてこれてない人物が声高らかに叫んだ。


「アスカとかリサって誰!?、何でアリエンヌさんに勝たないといけなかったの?、バッドエンドって結局なに???───あ、でも早くみんなのところに戻らないとだし」


疑問に疑問が重なり、マーガレットの脳みそは情報の処理が追いついてない。これ以上は考えすぎで頭から煙が出かねない。


「仕方ない子ですね。また後で説明すると言いましたのに」

「ですが明日香お嬢様。この後の事を考えれば、アリエンヌ討伐の理由くらいは説明しておいた方がよろしいのでは?」


明日香は逡巡するように顎に手を当てる。本来の物語を外れないため、余計な情報を与えないのが明日香の理念であった。だがすでに物語の分岐は終わり、アリエンヌの破滅は回避されている。


ならば頑張ったマーガレットの望みを叶えてあげるため、多少のネタバレぐらいならしてあげてもいいのかもしれない。と、


ドゴォーン!!


腹の底が抜けるような轟音が鳴った。ダンジョンは揺れ、圧縮された空気が風となる。禍々しい魔力を感じ取ったマーガレットは、途端に顔色を悪くした。


「な、なに?」

「おそらくイカロスが降りて来たのです。このダンジョンを統べる超常の魔物が………あなたに勝ち目はありません。さっさと逃げなさい」

「う、うん。分かったよ」


逃げていいと言われた安堵からか、マーガレットの表情は柔らかくなる。テキパキと気絶するアリエンヌを抱えると、来た道を引き返そうとした。


「マーガレット様、お言葉ですが逃げられるのでしたら、私とお嬢様は置いて行ってください。イカロスの狙いは私達ですので」

「はあ?そんなの初耳ですわ」

「あれは私とお嬢様の魔力を嗅ぎ付けて降りてきたのですよ。ゲームでもそうだったでしょ?」

「む!そうだったかしら………」


「───エクリプスを捨てるぐらいなら、私、戦うよ」


毅然と言ってのけるマーガレットに迷いはない。さっきまでの怯えはなりを潜め、真っ直ぐに二振りの剣を見据えて己の意志が固いことを伝える。


「それでこそマーガレット様です。でしたらこのレイ・フラッシュも僭越ながらお手伝いいたします」

「でも、それは………」


マーガレットは背中で気絶するアリエンヌのことをチラリと見る。他人の剣、それもよりにもよってアリエンヌの剣を無断で使う事に抵抗を覚えた。剣士と剣は一心同体、家族とまではいかなくとも親友ぐらいの親近感を感じるものだ。


「彼女のことならお気になさらず。私の所有者となる条件として、このような事態になることを告げていましたから」

「それはどういうこと?」

「簡潔に言ってしまえば、大事な局面で彼女のことを裏切る可能性があると、初めに伝えてました。これはそんな私を選んだ彼女の責任です」

「そんな!あなたそれでもアリエンヌさんの剣なの!?」


本当ならレイ・フラッシュはあなたの剣ですけどね。明日香は言葉にこそしなかったが、内心でそんな感想を抱いた。だけど理沙の発言のおかげで、明日香は一つの疑問が解決する。


恋剣の本編に比べてアリエンヌの様子が大人しかったのは、自身の剣に不安を感じていたからだ。いくら剣才に優れたアリエンヌといえど、剣に裏切られてしまえばただの人にほかならない。

剣として欠陥があろうと、アリエンヌは最高位を所持しなければいけなかった。明日香はその心労を思い、静かに心の中で涙を流す。


「とはいえ、今はそんな事をしている場合ではありませんか。マーガレット、あなたの気持ちも分からなくもありませんけど、今は大人しく理沙の力を借りなさい。でなければイカロスを倒すことは不可能です」

「そんなに強いんだ………でも、」

「でももへったくれもありません。やると心に決めたのでしょ?ならこれ以上ごちゃごちゃ言わない!」


明日香に諭されたマーガレットは、少し逡巡したのちに力強く頷いた。


「驚きました。明日香お嬢様は意外とマーガレット様と仲がよろしいのですね」

「ふん!そんな事を言われても嬉しくとも何ともありませんわ。私の推しはあくまでもアリエンヌです」

「その割にはイカロスから庇っているようにも見えましたが?」

「な!?」


理沙からの思わぬ追及に、明日香は厳しい顔する。心の中では今はそれどころではないと言い訳を連ねたが、無意識にマーガレットを逃そうとしていたのも事実だった。


その理由に見当はついている。本来、この場面でイカロスを倒す人物はマーガレットではない。マーガレットからレイ・フラッシュを取り上げ、黒白の剣士となったアリエンヌだ。最高位の2振りから放たれる大魔法により、イカロスは何の抵抗も出来ず塵と消える。


そしてそれがアリエンヌが破滅する引き金でもあった。つまりマーガレットにイカロスを倒させるという事は、悪役令嬢アリエンヌの代わりをさせるようなものなのだ。


「理沙の意地悪も相変わらずのようね」

「ふふ、あまりに親密に見えましたので、てっきりマーガレット様に鞍替えしたのかと。ですが私の杞憂だったみたいですね」

「ふん!とにかくイカロスを倒すのなら、さっさと詠唱に入りますわよ。本編のアリエンヌのとおり、早々にぶっ放して終わりとします」

「はい!」「分かった」


大魔法、剣に備わった魔法の中でも特別な力を秘めた魔法のことを指す。習得するには剣とそれなりに親密になるか、優れた剣才で無理矢理引き出すしかない。


明日香の鬼周回により個人能力を極限まで高められたマーガレットなら、無理矢理という手段も取れなくもないが、今は明日香と理沙が宿っている。大魔法を使うに際し、マーガレットが煩うことは何一つない。


「天翔ける開闢の世界に雷鳴在り、終焉の世界に煉獄の炎在り、」


ピンと張り詰めた空気の中で静かに詠唱が進む。大魔法を最大威力で行使するためには、完全詠唱で魔法を放たなければならない。


清らかな水が流れるような静けさとは裏腹に、凄まじい魔力の奔流が、エクリプスとレイ・フラッシュに注ぎ込まれていく。


「現界せよ万象の理、開け冥府の扉」


最高位の2振りがダンジョン中の魔力を平らげた頃、震源地の暗闇から白い塊が現れる。


「ノワール・エ・ブラン!!!」


人の形にも見える白影に向かって、マーガレットは問答無用で大魔法を放つ。星を穿つ明星の光と救世を成した紫電の閃光が螺旋のように合わさり、触れるもの全てを消し炭に変えてゆく。


その破壊は止まる事を知らず、マーガレットは大魔法とは違う眩しさに目を閉じた。暖かく優しい光。マーガレットの緋色の瞳に、太陽の日差しが差し込んでいたのだ。


その日、『イカロスの塔』は大部分を消失した。

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