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9-特別授業

リーネの郊外には『イカロスの塔』と呼ばれる一本のダンジョンがそびえ立っていた。天に伸びる螺旋の回廊は街の中からでもよく見えるので、もはや風景の一部として溶け込んでいる。


「そっちにいったぞ!」


そんなダンジョンの中で屈強な男が吠えた。彼の名前はアイン。炎剣フラムの剣士である。


「任せてください。吹き荒れろ!エレク!」


呼応するのは長身の優男はビル。彼が嵐剣エレクテウスを突き出して呪文を唱えると、剣先から凄まじい風が吹き出し、小型の魔物の動きを封じた。


「トドメ!」


金髪をたなびかせ颯爽と切りかかったのは、魔剣エクリプスの剣士マーガレットだ。彼女は快活な掛け声と共に魔物を真っ二つに斬り裂く。すると声にならない悲鳴を上げた魔物が、光り輝く石を残して塵となった。


「今のゴブリンで最後かな?みんな怪我があったら教えて。すぐにアルトワで治療するから」


三人の後ろからヒョイっと若草色の頭を出したのは、水剣アルトワを所持するノエルだった。前衛で戦っていた仲間の様子が気になるようだ。


「悪い。擦り傷なんだが頼めるか?」


手を挙げたアインの腕は、渇いた血で赤黒くなっていた。よく見ると腕には不揃いな裂傷があり、そこから血が滴ったようだ。


ノエルはハッと目を見開いて怯んだものの、すぐに気を取り直して治療に取り掛かる。アルトワを片手に祈るように両手を合わせ、優しい声で呪文を唱えた。


「彼の者を癒せ、アルトワ」


蛍火のような光が傷口を包み込むと、みるみるうちに傷が治り、数秒後には跡も残さず傷は消えていた。アインは治った腕の調子を確かめるように、何度か腕を曲げた後、仰々しくノエルに感謝を告げる。


マーガレットを含むアイン、ビル、ノエルの4人は、特別授業『イカロスの塔』攻略に参加していた。内容は単純明快で、魔物の討伐と魔晶石の回収である。


(シット!まさかゴブリン程度に手こずるなんて!!!)


戦いを見ていた明日香は難しい顔をする。というのもたったいま辛勝したゴブリンという魔物、小型で数も多く、囲まれるとそれなりに厄介な魔物なのだが、個々の強さはゲームでも最弱クラスだ。


なので苦戦するなんてもっての他。明日香の認識では、適当に攻撃してれば倒せる程度の雑魚敵だった。


(アインは剣はよくても魔法はからっきし、反対にビルは魔法は使えても剣の扱いはおざなりで、ノエルに至っては戦闘に参加すらできていない。原作どおりですけど、このパーティで先に進むのはどう考えても………ちっ、恋愛フラグを全てへし折った影響がこのように現れるとは………私としたことが痛恨のミスです)


明日香は頭を抱える。

特別授業はあくまでも授業の一環だ。パーティの誰か一人でも戦闘不能なれば即時撤退が原則。赤点を付けられることにはなるが、学園では授業で死ぬ方が不名誉とされている。


教育機関としてもゲームとしても、それが正しい仕様であるのは間違いなかったが、明日香にとってはたまったものではない。

撤退になれば管理していたフラグも全てご破産、アリエンヌを救うチャンスも遠のいてしまう。


(これもエクリプスがマーガレットの剣になったせいなのかしら………ゲームだったら多少レベル上げをサボったところで、この3人がこんなにも弱いはずがありませんのに)


いくら泣き言を言ったところで、現状がよくなることはない。明日香は早々に頭の切り替えをして、彼等を目的の場所まで導く手段を考える。


「よし、ここで一旦休憩を取るぞ。俺は余裕だが、ビルとテレストルは貧弱そうだからな」


不躾な物言いなのにそれが嫌味に聞こえないのは、アインの人柄がなせる技だろう。実際に限界が近かったのか、貧弱と謗られた二人は無言で腰を据えた。


「座ったまま聞いてくれ。この階層の魔物はあらかた狩り尽くされているようだ。このまま留まったところで、期限までにノルマを達成することはおそらくできない。そこで一か八か、上の階層に発生したボスの討伐に挑戦したい」


自身も疲れているはずなのに、話をするアインはどこか生き生きとしている。こうして場を取り仕切るのが好きなのだ。返事をする元気もないのか、ビルとノエルは沈黙を保っている。


「倒せばノルマを達成できる?」

「来年通りなら余裕だろう。むしろ魔晶石のお釣りがくる」

「なら、他のパーティが先に討伐している可能性は?」

「むっ、」


唯一反応を示したのはマーガレットだ。強くなり過ぎた彼女は他の3人に比べると余裕がある。


明日香に課せられた毎日のダンジョン周回は、彼女を飛躍的に成長させていた。同じ学年の生徒と比べても、その実力は頭ひとつ抜けている。


だが、普段と違った仲間を庇いながらの戦いに、マーガレットはその実力を十二分に発揮出来ないでいた。


「それは無い………とは言い切れないな。だが撤退していくパーティの数が思っていたより多い、その可能性は限りなく低いだろう」

「討伐してるなら、ヴァルラント嬢ぐらいじゃありませんかね」


ビルが顔も上げずに話をする。


「ヴァルラント嬢?」

「ああ、マーガレットさんには馴染みがありませんでしたか。アリエンヌ様のことですよ」

「あの人のことか」

「おっと、気を悪くしないでください。あなたも同じ最上位の高い手ですが、彼女は幼少期から剣の英才教育を受けてますから」

「別に気にしてないよ」


ビルは軽い感じで取り繕うが、マーガレットは特に気にした様子もない。思わずエクリプスを強く握り締めてしまった程度だ。


「ちょっと、私のことを握り潰すつもりかしら?」


握られた感覚が明日香に伝わる訳ではなかったが、マーガレットのぷるぷると震える拳を見れば、力が込められているのは一目瞭然だった。


「ごめんなさい。考え事してて………」

「ふん、まあいいですわ。それはそうと少し耳を貸しなさい。この先のことで話があります」

「未来のことは教えてくれないんじゃなかったの?」

「くっ………私の想定が外れた事は認めます。ですので趣向を変えようと、」

「冗談だよ。私はエクリプスの事を信用してるもん。何か理由があるんでしょ」

「ええまぁ………とにかく作戦を伝えますわ」


屈託のないマーガレットの笑顔が眩しかったのか、明日香は不意に目を伏せる。その姿はどこか後ろめたしさを感じさせるが、それを知り得るものは誰一人としていない。


「そういえば、同時発生した魔物の傾向からボスはハイオークと予想が出ていたな」

「これだからアインは………もしかして等級すらも把握してないのでは?」


明日香の言葉に耳を傾けるマーガレットをよそに、アイン達はボス討伐に向けて話を進めていた。


「知らん!」

「呆れた。今回のハイオークはD級ですよ。本来ならCランクのパーティが請け負う強さの、」

「だが、下位の剣士だけでも何回か討伐に成功しているだろ?なら俺達でも十分倒せる可能性はある」

「確かにそうですが………逸る気持ちは分かりますけど、死んでしまったらそれまでですよ?」

「またあいつに先を越される訳にはいかん」

「またって、アインがヴァルラント嬢に勝った試しってありました?」

「な!?」


鼻白んだアインは、口を閉めることも忘れて間抜け面を晒していた。ビルに何か反論してやろうと過去を振り返っていたのだが、結局は唸り声一つ上げるのが精一杯であった。


「あのー、アリエンヌ様とアイン様って仲がよろしいんですの?」


少し体力が回復したノエルが、おずおずと手を上げながら聞く。


「クククッ、二人は幼馴染なんですよ」

「おい、ビル!」

「せっかくだからいいじゃないですか。時間を有効活用して互いの親睦を深める。実に合理的な考え方だと思いますけど」

「チッ」


沈黙を了承と受け取ったビルは、二人の過去話しを嬉々として始めた。ノエルも興味津々といった様子で目を輝かせる。


二人の関係は幼馴染というより、ライバルといった方が正しいかもしれない。生まれた時から天才と称されたアリエンヌと、かたや凡才止まりだったアイン。いくら剣才に優れた血筋といえど、生まれ持った才能に格差はあった。


アインの不幸は、アリエンヌと同じ師を仰いでしまったことだ。ビルの舌にさらに脂が乗る。


曰く、同じ教えを受けてたはずのアインは、一度もアリエンヌに剣で勝てたことがないのだとか。幾万回挑もうが、類稀な剣才を持っていたアリエンヌに露と払われ相手にされない。その様子はまるで恋する乙女のようだった。と、嬉々として口を滑らすビルの表情は愉悦に満ちていた。


「それとですね」

「あ、あの、そろそろやめられた方が」


ノエルは困ったように話を遮る。

それもそのはず、彼女の向かいには顔を紅潮させたアインがピクピクと額に青筋を立てていたのだ。流石のビルもアインの殺気に気がついのだろう。わざとらしく手で口を塞ぎ、バツの悪そうな表情を浮かべていた。


「気にすんな。別にキレてるわけじゃねぇ。ビルの言ってることは本当だからよ………あいつに勝てない俺が悪いんだ」


アインはどこか自傷の入った物言いだ。


「ああ………な、なら今回は何としてもアリエンヌ様より先にハイオークを倒さないと、ね!マーガレット」

「え!?そ、そうだね」

「もー、ちゃんと話し聞いてなかったでしょ」

「あはは、ごめん………実はみんなにこれを付けてもらいたくて、言い出すタイミングを見計らってたの」


いうが早いかマーガレットは腰につけたポーチから、3個の装飾品を取り出す。白く明るい輝きを放つ宝石が埋め込まれた装飾品は、複雑な金属細工が施され、それだけで手の込んだ一品だと分かる。


「この輝き………もしかして、ディアタリスマンなのか!?」

「「!!?」」


受け取ったアインは目を見開いた。マーガレットが渡してきたのは、この世で最も硬い宝石を使った国宝級の装飾品で、売れば一生食べるのに困らないと言われるほどの価値がある。


これほどのアイテムとなれば、たとえ貴族であろうと易々と手に入るものでもない。装飾品の場所を知っていた明日香だからこそ集めることができたレアアイテム。それを仲間に譲ることが、明日香の導き出した苦肉の策であった。


名付けて、仲間に貴重で大事な装備を付けてステータスを盛ってやろう、作戦である。


「身につけるだけでディアと同等の硬さになるって代物だ。これをどうやってこれを手に入れたんだ!」

「………それは、秘密でお願いします」

「まさか平民だってのは嘘で、あんた本当は王族だったりしないよな?」

「ないないない!それだけは絶対ない!」


経緯は説明するなと明日香から口止めされていたので、マーガレットはあらぬ疑いをかけられてしまう。だが、アインも冗談のつもりだったので深く追及することはない。


そうして束の間の休憩は終わりを告げた4人は、アインの提案通りに上階層のボスを目指すことになった。防御力が非常に良く上がった彼らの足取りは軽い。

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