風の妖精竜クロースカイウィンド
「ここまで来れば被害は出ないだろう」
息を吐き出す。
この方角にまだどの部隊も回り込めていないから、ここなら誰も被害を受けない。
仲間を、守れる。
俺一人が犠牲になれば、他の仲間は生き延びてゾンビドラゴンを討伐する術をきっと見出せるだろう。
エリウスにも、なにか勝機があるようなこと言ってたし。
振り返り、ゾンビドラゴンに向き直る。
その大きく開いた口と俺の間に、銀緑の竜が瞬時に入り込む。
俺と背丈の変わらない大きさに成長したその竜は、一度俺を振り返ってから頷いてみせる。
「アウモ」
そして大きな口の中から紫色の光が膨らんで出てこようとしているのが見えた。
圧倒的な死のはずが、なにも感じない。
むしろ、安心感すらある。
アウモが同じく口を開け、緑色の光を集めていく。
ドラゴン特有の技『ブレス』だ。
「っ――!」
二匹の竜の『ブレス』がぶつかり合う。
その衝撃は凄まじく、俺は後ろに吹き飛ばされた。
こんな至近距離でこれほどのエネルギーのぶつかり合いがあったら、熱で溶けて死にそうなのにそんなこともない。
アウモが守ってくれている……?
「っう……う――!」
アウモに風の防護壁で守ってもらってはいるが、竜のブレスは衝突だけでも凄まじい魔力風を巻き起こす。
腕で顔を覆う。
息が上手くできない。
それに、立っていることも難しいほど、揺れる!
足の痛みは立って歩ける程度に治ったが、痛みがなくなったわけではない。
それなのにそんな強風に晒され続けたら、立っていられない。
後ろに倒れるようにしゃがむと、アウモのブレスがゾンビドラゴンのブレスを押し返し始めたのが見えた。
「あ……アウモ……アウモ! 頑張れ!」
出せるのは口だけ。
風で聞こえないかもしれないけれど、魔力もない俺にはこんなことしかできない。
「あ……」
いや、なにを弱気なことを。
俺は、騎士だぞ。腰に剣だって下がっている。
アウモのブレスがどんどんゾンビドラゴンのブレスを押し続け、ついにブレスを吐く口の中へと押し込めた。
二体分のブレスを体に押し戻されたゾンビドラゴンは内部から大爆発を起こす。
その爆発も、アウモの風結界のようなもので俺にはなにも被害はない。
だが――
「ぱう……!」
「アウモ!」
『GUAAAAAA!』
口から胴まで破壊されたゾンビドラゴンの腕が土を削るようにしながら襲って来た。
アウモに守られてばかりはいられない。
俺は騎士で、アウモの父だ。
たとえ魔力がなくたって、たとえ剣の才能のない無能でも、俺がアウモを守る。
駆け出して、剣を振り下ろす。
人間をゆうに超える大きさの手の指を切り裂いた。
――五本の指。
アウモと、同じ。
腐食した指でよかった、俺如きの剣でも切ることができた。
けれど……手のひらはその勢いのまま俺の体を吹き飛ばす。
いいんだ、アウモが無事なら。
「ぱ……ぱー!」
何メートル吹き飛ばされたのだろう?
全身が、痛い。
痛みでなにもわからない。
いや、痛い、のか?
体が動かないから、痛いと思っていたが痛覚が機能していない。
起きあがろうとして失敗した。
「ちち!」
目の前も暗くなる。
それに、寒い。
これは、久しぶりに、ヤバい。
俺、死ぬのかな?
エリウスに答えも伝えていないのに。
アウモに、父親としてなにもしてあげられないまま。
『そんなことない』
落ちる。
真っ暗な視界。
泥の中に沈むような感覚。
……“泥”?
もしかして、俺死んだ?
記憶も穢れも全部“狭間”に洗い流され、魂で冥界に行こうとしているのか?
なんだかあたたかく、川に浮かんで流れるような心地のよさ。
でも、なにか強い緑色の光が“俺”を掬い上げる。
『死なないで、父』
誰だ?
『我を子として愛してくれた“人間の子”。風の妖精竜として、恩のあるあなたを死なせない。冥界の女神よ、この人はまだそちらには行かせない。我がまだ、恩を返していないのだ』
『まあ、それでは仕方ないわね。でも、どうか新たな風の妖精竜クロースカイウィンドよ、我が名を騙る愚か者を――』
『わかっている。きょうだいにも必ず伝えよう』
誰と話している?
光が強すぎて、わからない。なにも見えない。
ただ暖かく揺蕩う。
『帰ろう、父』
なにかに微笑まれ、上手く微笑み返せたかわからない。
でもなんともあったかくて、ずっとこうしていたいと思う。
『人間など取るに足らぬ生き物と思っていたが、我は父にその考えを根本から覆されたぞ。父は偉大だ。種が異なるというのに、父は我をここまで育てようと必死になっていた。これが生き物の親の――無償の愛というやつか。あなたのためならば、我は人間を許せる』
なにを言っているのだろう?
この声は……アウモなんだろうか?
俺は――。
「……あ……?」
「フェリツェ!」
目を開けると、遠征の時に見るテントの骨組みが見えた。
すぐに顔を覗かせてきたのはエリウスだ。
俺、生きてんのか……?
「よかった……生きている……目を、覚ましてっっ……! う……うわあああああっー! フェリツェー!」
「ぅ重……」
腹の上に顔を埋めてガチ泣きし始めたエリウス。
うるさいし重い。
あと、ついでに体中痛いと気づいてしまった。
最悪だ。
「父、おきた?」
「え、アウモ……!?」
右にいたエリウスの反対、左の頭上から緑色の六歳くらいの幼児が顔を覗かせる。
緑色の長い髪を垂らし、ニコニコ笑いながら……喋った!?
頭からは二又に分かれた角を生やし、長い尾がゆらゆらしている。
俺が名前を呼ぶとにぱーっと嬉しそうな笑み。
えっと……ち、縮んでる? なんで?




