アウモとゾンビドラゴン
丸出しのアウモはまずいので、その日からフェリツェの服を裾や袖を捲り着せることになった。
本当は靴もほしかったのだが、アウモは妖精翼で宙を自在に飛ぶので必要はないのかもしれない。
相乗り馬車に揺られている間もフェリツェの膝の上に乗っているし。……羨ましい。
「あー、ぱーうーー、ぁーあーーあー」
「うん? うん?」
「フェリツェ、アウモがなにを話しているのかわかるの? 三日前からちょっと様子がおかしいように見えるけれど……森が近くなってなにか感じるのかな?」
「え? ああ、違う違う。喋ろうとしてくれているみたい」
「え?」
馬車の後ろから自分の愛馬で近づいて、横つけして馬上から話しかけると、フェリツェはわざわざ振り返って教えてくれた。
なんと、アウモは今、お喋りの練習中らしい。
研究者たちが魔力切れでやつれた顔を輝かせながら「すごい」「賢い」と記録用紙にペンを走らせている。
「まだ難しいみたいだし、人間の子どもなら喋れるようになっている年齢に見えるけど……アウモは生まれて半年も経ってないしね。それなのに話そうと頑張ってるんだから、すごいよ。がんばれ、アウモ。俺、アウモとお喋りができるのすごく楽しみ」
「ぱぁ! ぱあーーあー! あーーー!」
「うんうん」
多分フェリツェもアウモがなにを言っているのかわからないんだろう。
それでも否定的な言葉はなに一つ言わず、相手をしているフェリツェが聖母すぎないか?
いや、フェリツェが男なのはわかっているのだけれど……。
ああ、だめだ。
また嫉妬してしまいそう。
「お、来た来た」
「マリク、ディック」
「お疲れさん。お前らのテント、少し離れた場所に作っておいたぞ。アウモに食わせる[サイクロン]のこともあるから、本隊に被害が出ると困るしさー」
「ああ、うん。そうだな」
「もちろん。ありがとうー」
本隊の一員として先に到着していたマリクとディックが、迎えにきてくれた。
河辺の近くの草原にテントを四つ建てて、さらに物資もある程度入れておいてくれたそうだ。
ありがたい。
「状況は?」
「先遣隊が調査に出ている。今夜には戻るはずだ。ある程度周辺の魔物は借り尽くしているけれど、フェリツェの体質のこともあるからな……今夜の外の見張りは俺がやる」
「え? いいのか?」
「いいよ。お前らの護衛も任務の一つだ」
俺も騎士なのに、とフェリツェは渋い反応をするが、フェリツェにはアウモの世話を最優先にしてもらいたい。
魔物を寄せつけやすいフェリツェのことを思うと確かに夜は特にしっかり見張りがほしい。
魔術師たちが馬車から降りるなり魔除けの結界を周辺に貼り始めたけれど、フェリツェの体質はああいう魔法的なものでも解明できないものだから――まあ、効果はあまり期待できないだろうな。
「それにしても、ほんの数日見なくなっただけなのに成長してねぇ? アウモ」
「そうなんだよ。なんかここ三日で七歳くらいまで大きくなっちゃって……」
「ぱぉうあ」
喋る練習はしているが、いまいち。
だが体はまた少し大きくなっている。
数日離れていたマリクとディックには明確に違いがわかるだろう。
「ぱうう、あ」
「どうした? ……うーん? なにが怖いんだろう?」
「アウモ怖がってるのか?」
「うん。……まさかゾンビドラゴンのことを感じて怖がっているのかな?」
フェリツェがアウモを抱き上げる。
そういえば馬車から降りたあと、ずっとフェリツェにひっついているな?
いつもの好奇心旺盛なアウモなら、草原を走り回ったりしそうなものだけれど。
「ありえるな。まだなんの動きもないと聞いているけれど、もし動き出したらアウモを連れて逃げてくれよな?」
「それは……ああ、わかっている」
アウモはまだ子ども……幼体だ。
ゾンビドラゴンと戦ってほしいなんて、騎士として口が裂けても言えない。
どんなに成長が早くても、こちらの言っていることを理解していたとしても、生まれて間もない赤子を戦わせるなんて大人としても騎士としてもありえないからな。
今夜は無事に過ごせたらいいんだけれど。
「もしゾンビドラゴンが動き出したら、俺がロッテにフェリツェとアウモを乗せて王都に戻すよ」
「そうだな。その方がいい」
ディックが俺の肩を掴んで頷く。
その視線の意味。
もし、これまで冒険者や傭兵の調査でも動きを見せなかったゾンビドラゴンが、アウモ到着直後から動き出すようなら――アウモとゾンビドラゴンになにかしらの繋がりを感じざるをえない。
魔物の“竜”はトカゲが巨大化したものだが、超大型魔物のゾンビドラゴンは妖精竜の眷属の一種――いわゆる本物の竜だ。
無関係とは思えない。
『伝令! 伝令ーーー!』
ディックと視線を交わした直後、真後ろから風魔法に乗った声がここまで聞こえてきた。
嫌な予感が広がる。
『ゾンビドラゴンに動きあり! 森中心部より南西に移動を開始! 総員、戦闘準備を! 繰り返す! ゾンビドラゴンが南西に移動を開始! 戦闘準備と最大の警戒を! 繰り返す……!』
「バカな……アウモが到着してすぐ、だと……!?」
「ぱう……ぱう……」
「ここまで来て、そんな……急に!? なんで……!」
フェリツェがアウモを抱えたまま声の聞こえた方向に叫ぶ。
あるいはなにか動きがあるのでは、と思っていた程度のことが、まさかこれほど早く現実に起こるなんて俺も多少は平和ボケしていたか?
すぐにフェリツェの腰を掴み、ロッテを指笛で呼ぶ。
「着いてすぐで悪いけど」
フェリツェとアウモは今し方言った通り王都に逆走させてもらおう。
食事については――とりあえず王都に戻ってから考える!
「ぱう!」
「「アウモ!?」」
だが、突然アウモの背中から妖精翼が生え、フェリツェの腕から飛び立つ。
フェリツェがどんなに手を伸ばしてももう届かない。
すでに時間は夕暮れ時。
アウモが飛んだ先は――アパティールの森だ。
そのアパティールの森の方角から空気が震えるほどの咆哮が聞こえてきた。
「まさか……! アウモーーー!」




