お姉さま!私に殺されないように逃げ切って下さい!
「お姉さま〜っ! うわあぁぁあぁぁん!!」
「え、イザベラ?!」
私、ノエル・プランタード侯爵令嬢が馬車に乗り込み、屋敷から出発しようとしたまさにその時、妹のイザベラが乱暴に開けられた扉から飛び込んで来て、泣き叫びながらぎゅうぎゅうと抱きついてきました。
「生きてる! お姉さま! 良がっだ〜、生ぎてるのねっ!!」
やだ、なにこの妹……涙と鼻水が決壊してるわ。
あ、こらっ、ドレスに擦りつけたらダメです。
幼い頃に生母が亡くなると、父は愛人をプランタード侯爵家に迎え入れて妻としたので、連れ子の妹とは半分血が繋がっています。
イザベラは自分が両親から可愛がられているのを良いことに、私を長年に渡って軽んじてきました。
今まで姉妹で会話をしたのは数える程度しかありませんし、今朝も朝食が並んだテーブル越しに、ギリギリと敵意を込めた眼差しで私を睨んでいたはずなのですが。
「どうしたの?(私の無事を心配するような、あなたじゃないよね)」
「お姉さま大変です! このままじゃ殺されちゃうんですっ!」
んん? イザベラに過保護な両親ならいざ知らず、この私を相手に小芝居打っても、あなたには何の利益もないと思うのですが。
「ええっと……誰が、誰に殺されるって?」
「お姉さまが、私にですっ!」
至極真面目な顔で言い切る姿を目の当たりにして、自分が拒否権のない厄介事に巻き込まれたことを確信しました。
「お姉さま! 私に殺されないように逃げ切って下さい!」
言われるがままに馬車を乗り換え、その際にドレスからシンプルなワンピースに着替えさせられました。
走り出した馬車の向かいの席には、何故か同じくワンピースに着替えたイザベラが、しれっと同乗しています。
「お姉さまの専用馬車は、私の指示で細工が施されていて、走行中に車輪が外れてしまうんです」
散々泣き叫んだ末に平常心を取り戻した我が妹は、恐ろしい殺害計画を悪びれもせず淡々と語り始めました。
「傾いだ馬車から投げ出されたお姉さまは、石畳に身体を打ちつけられた衝撃で、頭パッカーンの即死でした」
「……み、見てきたように話すのね」
「もちろん見ましたよ、ちゃんと死んだかどうか確認しましたから。──問題はその後です」
私は何を聞かされているのでしょうか。
理解出来ない私を置いてきぼりにしたまま、妹は話を続けます。
私を殺害したものの犯行がバレてすぐに捕まったイザベラは、数日間勾留されたのちに、裁判で有罪判決を受けて処刑されたのだそうです。
「気がついたら、確かに死んだはずなのに身体に傷ひとつ無い状態で、今日の昼の時点に戻っていたんです。自分の身に何が起こったのか分からなくて混乱していたら、お姉さまの馬車はまた同じように出発してしまって、慌てて止めようと別の馬車で追い掛けたのだけれど間に合わなくって、またしても頭パッカーンでした」
イザベラは再び捕まって処刑されたのだそうです。
そうやって、もう何度も処刑された後に私が殺される日の昼に回帰して、今回で『5回目の今日』なのだそう。
信じ難い話ではありますが、イザベラが私を助けようとした行動の辻褄は、確かに合います。
この現象は神の御業、というヤツでしょうか?
もしそうなら殺したイザベラではなく、殺された哀れな私を回帰させて欲しかったと思うのは、神に対する不敬でしょうか。
「そもそも何で私を殺そうとしたの」
「お姉さまが悪いんです! 昨日ジョルジュ・リオットとお姉さまの婚約が決まったとお母さまから聞きました。私はジョルジュのことがずっと好きだったのに最近はお姉さまにばっかり会いに来て、ただでさえムカついていたところに婚約話だなんて。ふざけんなです! 酷いです!」
そんな理由で私を殺害しようとするイザベラの方が、よっぽど酷いと思うのは私だけ?
私にも人知れず想いを寄せる御方はいるのですが、恋とは人の心をここまで狂わせるものなのでしょうか。
イザベラの話に登場したジョルジュ・リオットというのは、お父さまの親友のリオット伯爵の息子で私たちの幼馴染でもあります。
昨日、私はお父さまから書斎に呼び出され、リオット伯爵家から嫡男のジョルジュと私の婚約の打診があったことを聞かされていました。
延々と私に対する恨み言を並べてむくれていたイザベラは、ちらりと窓の外に視線を走らせるなり、私の方に向き直りました。
「お姉さま、そろそろ馬車を降りなきゃです!」
「降りる……って、何のために?」
私の質問に、イザベラは両掌を上に向けたやれやれというポーズで、大袈裟に肩をすくめてみせます。
「ふぅ。まったくお姉さまったら、前にも説明したのに物分かりが悪くって困っちゃいますねぇ〜」
ムカッ! 悪かったですね!
あなたは回帰を繰り返して何度も説明したのかもしれませんが、私には何もかもが未知の初体験なんですからね!
「馬車を替えたので事故は無くなりましたが、これで終わりじゃないんですよ。あと10分ほど走行した先でこの馬車は襲撃されて、お姉さまは暴漢に刺されて心臓グサリの即死です。3回目の私は、それでまたまた処刑されました」
「……ちょっと待って。まさか、その暴漢もあなたの仕業なの?」
「ええ、そうですよ。昨夜、婚約話を聞いてショックを受けた私は、泣きながら神殿に出向いて殺害を依頼したんです」
神殿に殺害を依頼した?!
かなり頻繁に神殿に出入りしていますが、殺害を請け負っているというきな臭い話は聞いたことがありません。
まぁ私が神殿に通う理由は、片想いしている司祭さまに会いたいからという不純な動機なので、神殿に関するその他の風聞は、全く耳に入っていなかったのですけれども。
イザベラによると、神殿に設置されている意見箱に『騙されて不当にお金を奪われた』とか『病気で働くことが出来ない』等の困難な状況を訴える民間人たちのもとに、盗られたお金が返ってきたり、貴重な薬が届けられたりと、義賊的行為の不思議な事例が続いているのだそうです。
そのせいで、願いを叶える意見箱として都市伝説になりつつあるのだとか。
昨日、私とジョルジュの婚約を聞いたイザベラが、藁にも縋る思いで私の殺害依頼書と多額の現金を意見箱に入れたのだそうです。
「裁判で私の書いた殺害依頼書が証拠として出されて、あちゃーって思いましたよ。しっかり私の名前書いちゃってましたもん。せめて、殺害依頼書を意見箱に入れる前に回帰していたら記名しなかったのに」
そこは『依頼しなかったのに』ではないでしょうか。
では、私の殺害を指示した人は神殿関係者なのかもしれませんね。そう彼女に言うと、どういうわけか殺害を実行した犯人はおろか、直接指示した人も特定出来ず不明なままで、処刑判決が下されたのはイザベラただひとりだったのだと彼女から教えられました。
私たちは襲撃される場所の手前で馬車を降り、馬車を屋敷に戻すよう御者に命じると、目立たないように徒歩で神殿に向かうことになりました。
身軽なワンピースに着替えたのはこのためだったのですね。てっきり、涙と鼻水でドレスを汚してしまったからだと思っていました。
イザベラは回帰して5回目なだけあって、行動にソツがありません。
「でも、何で神殿に向かうの? 私はリオット伯爵家に用事があったのに。外が危険なのだったら、いっそのこと家に籠って屋敷から一歩も出ない方が安全なのではないかしら。それに神殿に行ったら、殺害を指示した人と鉢合わせするかもしれなくて危険だわ」
鼻の横を掻きながら「……実はですね」と切り出すイザベラ。
「念には念を入れてお姉さまの朝食に呪毒を仕込んでおいたので、神殿で解呪してもらわないと死んじゃうんです。私が何度もそう言ってお姉さまを説得したのに『絶対嫌です。神殿怖い、家に帰りますー』って怯えて家に逃げ帰っちゃって、結局毒がまわってもがき苦しんで死んだんですよ。それが4回目です」
そんな……。
血を分けた妹がここまで執拗に実の姉を殺そうとするなんて、私の人生どん底じゃないですか。
もうイザベラは処刑で良いんじゃないかしら、と言いかけましたが、その前提として私が殺されるのは真っ平御免なので黙っています。
頭パッカーンも心臓グサリも、苦しんでの毒死も絶対イヤです。それらを回避するためとはいえ、神殿に行って私を殺そうとしている人と対峙してしまったら……怖くて泣きそうです。行きたくないです。
「お姉さま、我儘もいい加減にして下さい! 私がもう何回処刑されたと思ってるんですか。4回ですよ4回! 痛いのはもう懲り懲りなんです! お姉さまが頑張ってちゃんと逃げ切ってくれないと、この私が殺されちゃうんですよ! 酷いです、ひとでなしです!」
ひとでなし……どっちが?
私には好きな人がいます。
彼は現国王陛下の弟で、王位継承権を放棄して神殿入りし、神にその身を捧げた美しくも教養溢れる素敵な御方──神殿に御座すクロード司祭さまです。
もちろん私の片思いですけどね。
3日にあげず神殿に通い詰め、一心不乱に祈りを捧げるのも、神殿が運営している孤児院にボランティアと称して手伝いに行くのも、全ては少しでも好きな人の近くに居たい気持ちの表れです。
ええ、聖職者への片想いなんて成就することなどないと分かっています。
叶わぬ恋と知りながら告白しようと思ったことだって、一度や二度ではありません。
深夜テンションで情熱的な恋文をしたため朝に読み返し、羞恥で滅せられそうになりながら手紙を破り捨てる日々。
しかしながら今日死んでしまうのが事実なのだとしたら、最後にクロード司祭さまに切ない胸の内を伝えてから死にたい。
クロード司祭さまの心の片隅の、さらに隅の隅に、恋慕を打ち明けた地味な女の子として記憶して頂けたら、それでいいのです。
そのためなら勇気を振り絞って神殿を目指すのも良いかもしれません。イザベラと話をするうちに考えを改めました。
「確か、お姉さまが呪毒で苦しみ始めたのは陽が落ちる頃だったから、それまでに神殿に辿り着かないといけないわ。ここから先は私も経験したことがないから何が起こるか分からない。慎重に進むわよ!」
神殿へと続く市街地の大通りは人の往来が多く、殺害実行犯も簡単には手出し出来ないだろうと思いましたが、「お姉さま甘いです! 事故を装って襲ってくる可能性が無きにしも在らずです!」とイザベラに諭され、入り組んだ淋しい裏通りを進みます。
私を殺害しようとする実行犯が誰なのかも、どれだけの人数がいるのかも分からないのですから慎重にならざるを得ません。
通常移動が馬車の、しかも体力ゼロの深窓の令嬢に、足元の悪い裏通りの徒歩移動は難易度が高過ぎました。足の痛みに何度も諦めそうになる私を叱咤激励しながら、イザベラが先行してくれます。
誰もいない道を選び、やむなく人とすれ違う時には緊張で暴れる心臓が口から飛び出しそうです。時には見知らぬ民家の敷地内を、ふたりして抜き足差し足で通り抜けます。
朝食に呪毒を入れる前に回帰出来たらここまで苦労はしなかったのにと、ブツブツ文句を言いながらも、イザベラが転びそうになる私を支えて助けてくれました。
思えば、姉妹で協力して何かをするのは、これが初めてかもしれません。
こんな状況下において初めて姉妹の情の存在を知るとは、皮肉な話ですね。
「……私だって本当は悪いことしたって分かってるんです。ずっと甘やかされて育ってきたから欲しいものの諦め方なんて知らないし、ジョルジュが私だけのものにならないって分かった時、短絡的にお姉さまがいなかったら私とジョルジュが婚約出来るかもって思ってしまったの。……こんな私だからジョルジュは私ではなくお姉さまを選んだのね、きっと。──でも、子供の頃からジョルジュのことがずっとずっーと好きだったから、どうしても諦めたくなんかない!」
私もクロード司祭さまをお慕いしているから気持ちは少しだけ分かります。殺人は……流石にしませんけどね。
「今回の件が解決したら、私、絶対ジョルジュに自分の気持ちを伝える! フラレたって負けないんだから! お姉さまとの婚約を破棄させるために精一杯邪魔するんだからっ。覚悟して下さいねっ!」
邪魔をする当人にそんな宣言をして、どうかしていますね。
でも、そんな自分本位なはずのイザベラの姿は、今まで恋心を伝えることが出来なかった意気地の無い私には、とても眩しく思えるのでした。
「どうして……?」
刀物を向けられて、私の身体は固まったように動けません。
「殺害を指示したのは、貴方だったのですか?」
やっと辿り着いた神殿の大広間で、優し気な微笑みを浮かべたクロード司祭さまの手には、装飾の施された短剣がぎらりと鈍く輝いています。
「ええ、そうですよ。直接僕のところに殺されに来てくれるなんて、やはり僕たちは運命の赤い糸で結ばれているのですね」
誰か嘘だと言って欲しい。
私はずっと貴方に憧れていたというのに……。
「僕は王族を離れてからも少しでもこの国を良くしたいと、敬愛する国王陛下を裏から支えできました。神殿の意見箱に窮状を訴えてきた民の苦しみを救済することも、その一環です」
「わ、私を殺すことが、どうしてこの国を良くすることと関係があるのですかっ」
「ありませんね。今回の件は完全に僕の個人的なものです」
邪気の無い笑みを浮かべるクロード司祭は、どこまでも気高く厳かです。
神殿でお会いする度に、彼はこの優しい笑みで私を迎えて下さいました。好かれているなどと大それた事は微塵も思ってはいませんでしたが、他の令嬢よりも仲良くなれていると自惚れていました。
でも実際は、個人的に殺したくなるほどに、私は彼に嫌われていたのでしょうか。
先程、私の人生どん底って思ったけど、そこから更に底があったみたいです。
「では、なぜなのですか?」
「僕は……ノエル嬢、君のことがとても好きだった。環俗して結婚したい人がいると、国王陛下に打ち明けてしまうほどに」
え、ええーっっ!?
う、嘘でしょ? クロード司祭さまも私のことを……?
「昨夜、意見箱の中に混じっていた殺害依頼書を見て、心臓が止まるかと思いました。そこには依頼人であるイザベラ嬢の名前と、ノエル嬢──君が婚約したことが記されていました」
人払いをしているのでしょうか、大広間に他の神官の姿はありません。熱を帯びた目で悠然と歩を進めるクロード司祭さまとは対照的に、私たちはじりじりと後方に追い詰められて行きます。
「美しく優しいノエル嬢。僕に話し掛けられただけで真っ赤に染まってしまう恥ずかしがり屋のノエル嬢。可愛らしい君のことを僕がどれほど心の中で慈しんできたことか……。君が他の男のものになることを想像しただけで、耐え難い痛みで胸が潰れそうになる。ずっと僕だけの君でいてもらうためには、死んで貰わなければなりません。王族の頃からの影に君の殺害を指示して差し向けました。ノエル嬢が死んだという知らせを受けたら、僕も心臓を短剣で刺し貫いて後を追えるように、ここで連絡を待っていたのです」
「ああーっっ!? アンタが死んでしまったから過去4回とも、殺害を指示した人が裁判でも分からないままだったのね!」
「4回? さて何のことですか?」
イザベラはかいつまんで自分が何度も回帰していることを説明しました。突拍子もないその話をすぐに理解するクロード司祭さまは、やはり柔軟な思考の持ち主なのですね。
「素晴らしい……! 僕は4回も、愛しいノエル嬢の魂が遠くに行かないうちに、死を以て寄り添えたのですね……!!」
いやいやいや。
なんかクロード司祭さまったら、うっとりと目を閉じて陶酔しきってるけど、死んで結ばれたって普通の婦女子はちっとも嬉しくないんですのよ。
クロード司祭さまの感極まった声を聞いた途端、急に目の前が闇を刷いたように暗さを増していき、膝から崩れ落ちます。呼吸が浅くなり息が苦しいです。
ヤバいです。これはいよいよ呪毒とやらの影響が出てきたのでしょうか。
「お姉さまっっ!? ──ちょっとバカ司祭、早く解呪しなさいよっ! お姉さまは呪毒を盛られているのよ!」
盛ったのは、あなたですけどね。
心の中で呟くだけで声になりません。
「ああっ、ノエル嬢。可哀想に、苦しいでしょう? 僕が心臓をひと突きにしてその苦しみを終わらせてあげます。もちろん僕も一緒に参りますよ。神の庭で愛し合い、永遠の時を過ごしましょう」
「ダメよ! そんな事許さないわ!」
苦しくて床に横たわる私からは見えないのですが、イザベラが私を庇いクロード司祭さまの前に立ち塞がる気配がします。
イザベラ、ありがとう。
やはりあなたは血を分けた姉妹なのですね……。
「どうしてもお姉さまを殺したいなら、先に私の名前を書いた殺害依頼書を返しなさいよ!」
「それは無理ですね。僕が死んだら迅速に司法当局に渡るように手配済みです」
「きぃ〜〜っっ!! 今まで殺害後すぐに容疑者として強制連行されたのは、アンタの所為だったのね!」
「ノエル嬢の殺害を依頼した時点で、イザベラ嬢は憎き僕の仇ですから」
「アンタがそれを言うか」
ああっ、何ということでしょう。
苦しむ私を差し置いて、痴話喧嘩が始まっています。
ふたりとも私の命を何だと思っているのでしょうか。
このまま黙っていたら簡単に始末されてしまいそうなので、死に物狂いで声を発し、ふたりの誤解を解かなくてはなりません。
「……ぁ、ぅあ……わ」
「……何です、お姉さま??」
「……ぅわ……たし……ゎたし……」
「ノエル嬢、最期の言葉を僕に聞かせてくれるのですね」
私は全身全霊を傾けて言葉を紡ぐ。
「……ゎ、たし……婚約してな……い!!」
イザベラとクロード司祭さまが目を丸くして顔を見合わせます。
そう、私は婚約をしていません。
確かに、昨日お父さまにリオット伯爵家から婚約の打診があったことを聞いたのですが、その場でお断りさせて頂きました。
リオット伯爵さまは勘違いをされています。息子のジョルジュが私に片想いをしていると思い込んでの打診だったのですが、ジョルジュが私の元を頻繁に訪れるのは、イザベラへの恋心を私に相談するためなのです。
今日私がリオット伯爵へ赴こうとしていたのは、そのことをリオット伯爵に説明をするためでした。
息も絶え絶えにふたりにそのことを告げると、慌てて喧嘩をやめて呪毒を解呪してくれます。
危なかった。私、間一髪でこの世とおさらばするところでした。
「ジョルジュと私って両想いだったのね」
「僕とノエル嬢は想い合っていたのですね」
ふたりは泣きながら私にぎゅうぎゅう抱きついてきます。
あ、こらっ、だから鼻水を擦り付けないで下さい!
イザベラとジョルジュの結婚式はクロード司祭さまの最後の大仕事として執り行い、盛大な式となりました。
クロード司祭さまは環俗して、私と結婚してプランタード侯爵家に婿入りすることが決まっており、現在結婚後の新居を急ピッチで建設中です。
私を殺そうとした人との結婚は正直怖い気もしますが、「愛する君を喪失するのが耐えられなくて」と愛を囁かれ、愛の大きさ故の行動だったと納得しています。はい、そうです。私チョロいです!
式の後、イザベラはブーケトスを行わずに「次はお姉さまの番よ」の言葉とともに、直接ブーケを投げて寄越しました。
「知ってますか? あのバカ司祭、建設中の屋敷の地下に豪華な部屋を作っているそうですよ。お姉さま、監禁されないように注意してね」
「ふふっ、そんなまさか」
「お姉さまとは色んなことがあったけど、仕方がないから全部水に流してあげますね。いいですか? バカ司祭が変なことしたら私のところに逃げて来てくださいね、匿ってあげます。──じゃあね、私幸せになるから」
水に流すとは貴女の台詞じゃないですよね。まぁ、本日の主役だから何も言わずにおきましょう。
そうして大きく手を振って、彼女は元気に嫁いで行きました。
結婚式後の後片付けで神殿関係者が行き交う大広間に戻り、クロードさまの元へ歩み寄ると、祭壇の前で彼は呆然と立ち尽くしておりました。何やら様子が変です。
「クロードさま、どうされたので……」
呼び掛ける途中で、きつく抱き締められます。
溺れる人がしがみ付くような、必死さを感じる挙動です。
「……ノエル! ノエル! ああ、良かった、生きている……!!」
以前聞いたことのあるような言葉に、すうっと背筋が冷えていくのを感じます。
「……夢を見たんだ。長い長いとてもリアルな夢。……君を誰にも奪われたくなくて人目に触れないように隠して暮らしていたら、そのことが原因で君を死なせてしまい、僕は処刑された。……あれは本当に夢だったのだろうか」
恋焦がれていたはずの優しい眼差しが、狂気を思わせる暗い陰に覆われていきます。
掬い上げるように握りしめられた私の両手は、クロードさまの掌で温められているはずなのに、みるみる熱を失ってまるで氷のように冷たくなり小刻みに震えています。
「もしも、あれが本当のことだったとしたら……その時は。
愛しいノエル…………君は僕に殺されないように、逃げ切って下さいね」




