第85話 鬼の死と『英霊』の誕生
――烏丸山の上空
有栖川藍銅から受け取った『鬼恋丸榛綱』を構えるロジカル・シフォン。
傷付いた身体を奮い立たせ英霊 宇部兼依の剣を受けている。シフォンが一撃を受けるたびに英霊の太刀は砕けて消えてしまうが、そんなことは物ともせず次の太刀を顕現させては切り込んでくる。
シフォンから斬り込む隙を与えさせない。
劣る武器で戦うならば手数を増やして隙を誘い倒そうという戦法なのだろうか。
いや英霊は笑っている。
シフォンとの戦いを心の底から楽しんでいるようだ。
まるで脈の無い異性にアタックしてフラれまくる自爆癖男のようだった。
「楽しいな、楓よ!ほら、この太刀筋は受けられるか!?」
「くっそー、負けないぞー!!」
鍔迫り合い。
ギリギリと力押しをしたかと思うと片手を離し、小刀でシフォンの背中を狙う!
だが……
かきぃん!!
シフォンに刺さる寸前で別の角度から飛来した弾頭に弾かれて小刀は消えてしまう。
「私もいるからネ!」
「ありがとう、藍銅ちゃん!」
真っ直ぐ伸ばした藍銅の右腕から傘の骨のようなパーツが広がり、手のひらから硝煙が上がっている。今日は指揮管制用の装備を優先するために高火力の兵装は装備していないが、体内に仕込まれた小口径キャノンは常時使用可能のようだ。咄嗟の判断がシフォンのピンチを助ける。
「ふふふ。はははは!まだ誰かに助けてもらいながら戦うとは未熟!いつまで経っても未熟だな、楓よ!」
「さっきから楓、楓っていうけど楓って誰!?私にはシフォンっていう名前があるんだけど!」
「何を云っておるのだ。お前は楓。楓御前ではないか。今から私を倒して現世に戻るのだろう?ぐ、ぐがぁ!」
英霊は苦痛に顔を歪めると頭を抱えて硬直する……
ざざ。ざざざざ。ばつん。
――平安時代と呼ばれた昔、都の大路
「粋がるなよ、鬼め!」
3人の討伐者を軽々と退けた巨大な鬼に向かって叫ぶ少年のような子供。朱色に染められた女児が着るような衣を纏い、身長の倍近くはありそうな太刀を構えて鬼を睨んでいる。端正な顔立ちに芯の通った視線。見たこともない異様な装束ではあるものの、一目で都に巣食う宿無し達とは違うオーラを感じさせた。
げほげほ、げほげほ!
先程の爆煙を吸い込んだのか、少々咽っている様子。大丈夫なのだろうか?
「アクギョウザンマイ……、えーっと」
(悪行三昧許すまじ、都を騒がす不埒な鬼よ。天に代わって成敗いたす!だ)
ボソリと鬼が呟く。
純真な瞳で口の動きを追い掛けると思い出したようにセリフを続ける。
「悪行三昧許すまじ、都を騒がすプラチナ鬼よ。天に代わって成敗いたす!」
おしい!何か間違えているようだが周りの人間には聞こえていないようだ……
「に、逃げなさい……。何処の手の者か知りませんが、これは私たち大人の仕事よ」
陰陽師 死澱は弱々しく去勢を張る。鬼に放り投げられて叩きつけられた時に臓腑に損傷を負ったのか吐き出した血で装束は濡ている。
「鬼よ!私が相手だ!!その美しい少女から離れろ!!」
陰陽師は手のひらに息を吹き掛けるとどこからか形代が現れて鬼に向かって飛んでいく!
(馬鹿が周りが見えておらん。楓まで殺す気か!!やむを得ないな)
鬼は振り返り、空を割るような雄叫びを上げると陰陽師の放った形代に向かって突進していく。だが陰陽師の首元に手が届く一歩のところで身体が止まってしまう。
(爆煙が防げれば良い。この程度で儂は死なん!)
二度目の術は鬼に直撃した。獣の皮や肉、そして獣毛が焼けるような臭いと硫黄が焦げるような臭いを含む黒い煙が辺りを覆い尽くす。
「ははは!妾の術で鬼を仕留めてやったわ!!この鬼の首を以て妾を女と馬鹿にした陰陽道の本家の連中を見返してやるわ!!!がぁ!!!」
瀕死の陰陽師の最後の一撃を喰らい倒れたはずの鬼。焼け爛れた皮膚は醜く剥がれ、再生をした艶艶しい肌を見せている。人外の異形を倒すには威力が足りなかったのだ。
大きな手でか細い陰陽師の首を掴むとそのまま吊し上げ苦しむ顔を観察していた。本来ならば簡単にへし折って終いにするのであろうが、鬼はそうすることができない。できない理由があるのだ。
(まったく邪魔をしおって。危うく殺すところだったわい。お前らは楓の鬼退治の生き証人になってもらわねば困るのだよ。さて楓は……)
鬼は陰陽師の相手に気を取られ、すっかり楓の姿を見失っていた。「さてどうやって儂を倒させるか」などと考えながら後ろを振り返ると鬼の懐に刀が刺さっているではないか。
「人間をイジメるな、鬼め!!」
眼前の楓御前は泣いていた。
泣きながら叫び、『榛綱』を握りしめていた。
更に深く刀が刺さる。
堪らず陰陽師の首を離すと今度は懐の楓の首を掴もうと手を伸ばした。だが『榛綱』の威力は凄まじく、鬼の妖力が尋常ではない勢いで吸い取られていく。
(儂の見立てに間違いないわ。この妖刀め、儂の妖力を吸い取り鋭く成長しておるわ。何が鈍らなものか。鬼を殺す名刀ではないか。だが何故?何故妖力を吸うと鋭くなるのだ?楓の傍にいても疲弊することはなかったはずだが……)
楓の咽び泣く声が聞こえる。美しい顔は涙に濡てぐしゃぐしゃに崩れていた。
(何を泣いているのだ?お前は鬼を殺した功を持って人間の世界に戻れるのだぞ)
「私は。私は鬼様と一緒に生きたかった……。私のことを人として扱ってくれた優しいあなたと一緒にいたかった」
気が付けば首を締めようとしていた腕は抱擁に変わっていた。震える楓の身体をそっと包んでいる。
「私はこれから鬼様を。いえ、宇部兼依様を祀って残りの生涯を過ごして参ります。命の恩人であるあなたは紛う方無き『英霊』でございますゆえ」
(馬鹿なことを。儂のことなぞ忘れて人並みに幸せを掴めば良いものを。はっはっは!出会った時から強情な女子だったわい。忘れて……。忘れ……)
楓の額が雫で濡れる。
大きな雫がぽつり、またぽつりと降ってくる。
(ふん!一層鋭さを増すとは薄気味悪い妖刀よ。まさか感情を食い物にして鋭さを得るとは。だが認めるわけにはいかない。儂はお前に……なぞしておら、ん、ぞ)
力を失い人間の大きさに戻った鬼の死体を抱き、少女は泣き続けたのだった。




