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演算魔法少女☆ロジカル・シフォン  作者: いくま
第4章 さよなら魔法少女
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第79話 鬼討伐に遣わされた者たち

――丑の刻、都の大路


 大路は都を南北に貫き、大門から内裏に向かって伸びている。


 普段ならば検非違使が夜警の目を光らす要所も昨今の鬼の災いを恐れて警備の手が薄くなっているようだ。


 大路に沿って流れる小川に浮かぶ死体を野良犬が我が物顔で食い荒らす。腐りかけた肉体から吹き出すガスと死体で流れが堰き止められ糞尿で淀んだ水の臭いが充満している。


 検非違使の目を逃れて住み着いた流民が死体から衣を剥ぎ取り、逃げようとしている。土なのか垢なのか分からない肌の色をした骨のような腕で必死に死人の衣を抱えている。奇声のような笑い声を上げて四つ辻を曲がろうとすると血しぶきを上げて流民は地べたに倒れてしまう。断末魔の叫びもまた奇声。そして野盗が流民から衣を奪い取って足早に逃げていく。


 大君が1000年の栄華を誇るために造られた都も鬼の災いにあっては元の姿は見るべくもなかった。末法の世に顕現した地獄があるとしたら、正にこの都こそがそのものだろう。



 大路の真ん中に立つ3人の人影。


 先ほどの流民や野盗とは異なりしゃんと伸ばした背筋に張りのある衣。一目で市井の民とは異なることが分かる異様な出で立ちだった。


「うぅ、酷い臭いだな。これが国の中枢とは思えん。山寺の方がマシというもの」


 法衣を纏った剃髪の大男は鼻を摘んでオーバーに手を振りながら呟く。


「僧侶殿は死体に慣れておられんのかな?私が東国征伐に参加した時なぞ、何処も彼処も死体、死体、死体。いい加減、慣れましたわい!」


 無骨な甲冑を装備し、長い太刀を肩から下げた武士が頬の疵痕を擦りながら笑っている。


「さっさと終わらせて帰りましょう。ここは本来守るべき場所ではありません。それはお互い同じでしょう?」


 文字ともいえぬ禍々しい文様が描かれた白紙で顔を隠した女。白い浄衣から覗かせる豊かな胸元には心の臓に位置する五芒星を中心に何重にも刻まれた呪言が美しく脈打つ。


 僧侶の名を拓元ゆうげん法師といった。寄進加増を目論み山寺が遣わせた若い僧侶だった。


 武士の名を渡辺通わたなべのとおるといった。平和の世になり持て余していた藤原家の私兵のうち、常に厄介事を引き起こす若い武士だった。


 陰陽師の仮名を死澱しおりといった。真名は本人以外、誰も知らない。都に生まれる怨霊や呪い、果ては化物までも祓い、滅ぼし、霊的な安定を保つために生きる一族の者。


 3人の目的は明白。

 昨今、都の平和を脅かす鬼の討伐に他ならなかった。


「まったく俺は人間相手にしか戦えないっつうの!鬼の相手だったらお前らで十分だろうが!!」

「鬼の相手とは困ったこと。拙僧に務まるやら。おまけに相方が無骨者とはどうしたものか。かっかっか!」

「前衛のタンク役はお主、デバフのサポートはお主、最後にアタッカーの私が祓えば良かろう?役割分担を考えれば取れる戦法なぞ限られるわ」

「タ、タンク?デバフ??妖しげな巫女さんは云うことも妖しげだな!」

「猪武者が知らんのも無理はない。巫女さんの言葉は大陸で流布しているものでな……」

「痴れ者よの。私は巫女ではなく、陰陽師の端くれだ。口から出任せをほざいておると呪い落とすぞ。それよりも待ち人がお越しのようじゃ」


 陰陽師が指差す先を見上げる。


 遠くに小さく見える大門の上に大きな影。

 咆哮で空気が震え衝撃波となって3人に襲い掛かる。敵のいる場所に急ごうと焦るが、赤く光る目の鋭さに射抜かれ、体が竦み動けなくなる。そして一瞬で姿が消えたので辺りを見回していると巨大な塊が空から降ってきて地面を刳る!


 身構える余裕もなく、人外との戦闘が始まった!!




 数刻前に時を遡る。


「楓よ。儂は今から都で暴れる」

「はい、お早いお帰りをお待ちしております……」

「お前も一緒に都に行くのだ」

「私も都に?私は行きたくありません!あそこは本物の鬼の住処、思い出しても虫唾が走る!」

「だが今宵はともに行かねばならんのだ」

「なぜ?なぜでございましょう!?」


 聞き分けのない楓御前に苛立ちを隠せない鬼。普段ならば怒鳴り散らす鬼も努めて平生を装い辛抱強く会話を続ける。


「幾ら倦厭しようともお前は都に戻らねばならない。都に戻って成さねばならないのだ。いずれ分かる日が来る。いずれな」

「分かりません!私は捨てられ、鬼様に嫁いだようなもの。どうか私を――」


 楓御前がみなまで云う前に鬼は頭を撫でていた。頭を撫でられると楓御前は頬を赤らめながら俯き呟いた。


「子どものように扱わないでください……」

「儂にしてみれば子供のようなものじゃ。がっはっは」


 鬼は楓御前の懐に手を伸ばす。びくりと震えて身体を硬直させ、目を瞑って耐えている。楓御前の不安と期待を他所に鬼が取り出したのは美しい刃紋と緩やかな反りの大太刀。


 銘を『榛綱』という。

 楓御前が藤原本家から持たされた形だけの太刀。何物も決して斬ることができない鈍ら。


「見ろ、楓よ。あの鈍らの刀身が儂の霊気を吸って輝いておるわ。やはり儂の目に狂いはなかった。これこそ鬼殺しの太刀に相応しい妖刀だわい」


 楓御前は瞑っていた目を見開き、思わず叫ぶ。


「鬼殺し!?鬼様は何を考えておられるのか??私には皆目見当がつかん!」


 鬼は目を細め、薄く笑う。


「主が殺すのだ、この儂を!」




 鬼の強襲を受けた3人はすぐさま戦闘へ移る。構える隙もなかったが身に付いた技は自然と出るもの。武士は太刀を抜くと鬼に向かって突進し、斬り込み始める。僧侶は大きく舌打ちをすると鬼から距離を取り、印を結び、真言を唱え始める。


 鬼の一撃が武士に激突する瞬間、梵字が描かれたホログラムが壁になって現れ、鬼の一撃を防ぐ。


「すまないな、坊さん!」

「油断するな!だが防御陣は絶対ではないぞ!」


 一撃、二撃と鬼の拳を受けた防御陣は亀裂が入り、黒板を引っ掻くような不快な音を上げる。防御陣に守られているうちに、と武士が斬りつけるとあっけなく刃を掴まれて折られてしまう。それを見て一歩引いた武士は背中に背負った二刀目の太刀を鞘から抜き出して構え直す。


 殴り合い、斬り合いの最中、人間の可聴域を外れた音による詠唱が空気を震わせる。陰陽師の放った人形の紙はバサバサと音を立てて空中に舞い上がる。そして音も立てずに鬼に近づくと発火し燃え上がる!


「離れるが良い!」


 陰陽師の声が聞こえるや否や炎は凝縮されて周辺の酸素を食い尽くしていく。


 ぱちん


 陰陽師が手を打つと凝縮された炎が鬼に向かって放たれ、そして鬼の目の前で爆発した!


「うおっ!本気か!近くに仲間がいるんだぞ」

「いかれてる。あの女、狂っているのか!?」

「あはははは、あっはっはっはっはっは!これでお仕舞い!!」


 陰陽師の高笑いが響く。


 爆発の煙が晴れていくと、其処には鬼の姿!


 一瞬で武士は踏み潰され、僧侶は叩き潰され、陰陽師は投げつけられた。人外の力によって完膚なきまで弄ばれた人間には絶望と諦めの感情しか残されていなかった。


「がっはっは!さっきの威勢はどうした人間ども!儂はこの通り、ピンピンしておるぞ。弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い。何とも脆弱な虫けらよ!!」


「粋がるなよ、鬼め!」

「何奴だ!?」


 3人は残された力で声の主を探す。

 月に照らされたシルエットが大路に伸びる。


 小柄な身体に不釣り合いな太刀を構えた少年らしき子どもが鬼を睨みつけているのだった。


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