第73話 閑話休題
――鈴偶家のリビングのような場所
「智優ちゃーーーーーん!!!」
懐かしさに感極まった神埼栞は野伊間詩芙音の姿をした鈴偶智優のところに突撃して抱きつき頬ずりを始める!
「もう!突然休むから心配したんだからね!!急に二人も友だちがいなくなるから居ても立っても居られなくなって、(1食3膳しか)ご飯も喉を通らなかったんだから。智優ちゃんのせいでダイエット成功しちゃったらお姫様だっこしてもらうんだからね。さっきはヨイショなんて云っちゃって失礼しちゃう!さっき?さっきって何だっけ?まあ、良いわ!!それよりも〜。うーん、この石鹸シャンプーの香り、もっと吸い込んでスハスハしなきゃ。すは〜〜。髪の毛触って良い?もちろん良いよね!ああ、もちのロンだった。ロン!つんつん、さわさわ、つんつん、わしゃわしゃ!もう最高!もう、智優ちゃん成分不足!もっと触って良いよね!?」
「や、ちょ、栞ちゃん、落ち着いて!ちょっとーーー!」
つんつん、わしゃわしゃ、すべすべ、さわさわ、つるつる、ぺたぺた、もみもみ、ちゅっちゅ、ふーふー、ちょんちょん、…………
「んぎゃーーーーーーーーーーー!!」
詩芙音(偽)の哀れな悲鳴がリビングいっぱいに木霊す!暴走モードの栞に遅れをとった花田透と辻村拓人が慌てて栞を羽交い締めにしようとする。
「おい!!拓人、引き剥がすぞ!」
「く、くそ!なんて馬鹿力だよ!これが火事場の馬鹿力ってやつか!?」
「火事場っていうか、修羅場だろ、コレ!修羅場の馬鹿力って何万馬力だよ!!」
まるで警察24時でお目に掛かりそうな場面が、出来の悪い自主制作映画のようにブレブレのカメラワークで流れていく。
ばっちこーーーん!
栞の平手打ちが透の頬に炸裂する!
「いってぇ!マジで痛ぇ!!ふっざけんなよ!」
正気を失った狂気の美少女が迫る。スキンシップを邪魔された怒りで総毛立つ姿は子どもを取り上げられた鬼子母神のようだ。
「透、落ち着けって!!俺が盾になるからその隙にお前は逃げろ!」
「てめーを置いて逃げられるわけねーだろ!イク時は一緒だ!」
「ちょー興ざめ!男の子ってほんと馬鹿ね!!」
正気に戻った栞の正拳が二人の鳩尾を貫くと静かに沈んでいった。
root@Grimoire / $ echo "閑話休題。¥n" &
"はい、何もなかった。¥n" &
"な〜んにもなかったよー。¥n" &
"えへ☆¥n"
root@Grimoire / $ shutdown -r now
「詩芙音ちゃん、無事で何より。ってあれ?私たちって詩芙音ちゃんを探しに来たんだっけ?」
首を傾げて考え込む栞を他所に詩芙音と思しき少女はニコニコ笑っている。まるで悩みが晴れたかのように。
「ほら、お友達が悩んでいるよ。説明してあげなきゃ不親切だよ」
テーブルについていた老人は詩芙音(偽)に説明を促す。栞の記憶では老人は智優の祖父、そして既に鬼籍に入ったはずだ。ココがオモテとウラの世界の狭間だから昔の姿を留めているのだろうか?老人の微笑みは優しく、子どもたちを守るオーラのようなものを感じた。老人の正体が何であろうとも栞たちに害を及ぼす存在ではないのだろう。
「ゴメンゴメン、栞ちゃん。でも私も上手く説明できなくってさ」
「詩芙音(偽)ちゃん……。あなたは詩芙音(本物)ちゃんなの、それとも智優ちゃんなの?」
詩芙音(偽)は少し困った顔をして語り始める。
「今の私は智優であり、詩芙音(本物)でもある状態なの」
「それはどういう意味?」
「ちょっと前に詩芙音ちゃんの姿になって異形と呼ばれる化け物と戦ったんだけどね、戦いの最後で負けちゃったの」
「詩芙音ちゃんの姿……」
「そう。詩芙音ちゃんの魔力と戦闘力を使うためには私たち二人が一緒になる必要があったの。ちょっと分かりづらいけど大丈夫かな?」
「二人が一緒になる……。はっ!うん、大丈夫だよ詩芙音(偽)ちゃん!」
「でね、負けた後も智優の魂は帰る場所が無かったから詩芙音ちゃんの身体のままで生と死を彷徨って、この世界に辿り着いちゃったの」
テーブルからため息混じりの笑い声が聞こえてくる。
「つい最近、遊びに来たばかりなのに時間を開けず再来で慌てたぞい!ココは頻繁に来るような場所じゃないんだぞ」
「もう繰り返し云わなくても分かってるってじーちゃん!最近ね、車に轢かれてココに来たばっかりだったからじーちゃんを驚かせちゃった」
血流の悪そうな青白い顔で照れ笑いする詩芙音(偽)。だが栞の表情は別の意味で青くなる。
「え!?車に轢かれたってどーゆーこと!?私、そんなの聞いてないんだけど!!」
「心配させたくないから黙ってたんだ。ゴメンね、栞ちゃん」
怒ったような表情で泣きそうになりながら、栞は詩芙音(偽)を強くハグする。
「許さないけど、許す!大好きだから許しちゃう!でもね、何か困ったことがあったら云って。私、頑張るから」
「むぎゅ!」
栞は詩芙音(偽)の両ほっぺを摘むと優しく伸ばしていく。
「私はたくさんの恩を頂いてしまっているの。だからさ、お返しするのに協力してね!もう1人で抱え込まないの、分かった!?」
「ひゃーい」
母親に怒られた子どものように潤んだ瞳でうなずく詩芙音(偽)だった。
「さてさて。長居をしていると向こうに迷惑を掛けるじゃろ?」
「そうだね。そろそろ行かなきゃ」
「当分はココに来ちゃダメだぞ?」
「大丈夫!のはず!」
「困った孫じゃの」
「ですよねー。ほんと困った王子様」
抗議するようにブンブン手を振る詩芙音(偽)を見て笑う二人だった。
「いつまでも寝てないでよ、男の子たち!」
床に転がっていた死体……、いや男の子たちはもそもそと起き上がる。
「おー痛ぇ。誰のせいだよ、マッタク」
頬を抑えながら透が呟く。
「おえ、吐きそう……」
腹部を抑えながら拓人が愚痴る。
「もー、男がイチイチ細かいこと、云わない!」
「「細かくねーよ!!」」
4人はリビングに出現した扉の前に立っている。最後のお別れに詩芙音(偽)は祖父に抱きつく。姿は違えど祖父にとっては孫と等しき存在、慈愛に満ちた表情で頭を撫でている。
「じゃあ、そろそろ行くね、じーちゃん」
「ああ、気を付けてな」
「「「お邪魔しましたー」」」
「はいはい。君たちもコッチに来るには早いからな。それに儂じゃ君たちはどうにならんから気を付けなさい」
「「「はーい」」」
「それじゃ!!」
扉を開けると来た時と同じように光が溢れ出し16進数の文字列の波が押し寄せてくる。3人の子どもたちが扉の向こうに姿を消すと自動的に扉は閉まり、溢れ出した光も文字列も吸い込まれて消えた。
「ははは、やれやれ誰に似たやら……。こりゃ当分、ココで待っていた方がよいかの」
祖父は腰を擦りながらソファに座り直すと時代劇が終わったチャンネルを大相撲に切り替えるのだった。




