第70話 智優ちゃん捜索隊、出動!
――駄菓子屋『美しき夢追い人』テーブル席
ウスターソースが焦げる香ばしい匂いが店内に立ち込める。一度は失敗したと思われたもんじゃ焼きだったが4人の必死の努力で何とか形となり、食べることが可能な状態まで加熱することができた。
キャベツがしんなりしたところで別に用意していたヘビースターと天かすを混ぜて好みの固さまで火を通せば完成だ!
神埼栞、花田透、辻村拓人は小さなコテを使って熱々のもんじゃ焼きを口に運びながらハフハフ云っている。結構熱いので火傷には注意だ!
「どう、みんな落ち着いた?」
テーブルの一角にラムネの瓶を片手に語りかける少女がいる。鈴偶智優の姿をした偽物だ。
「取り乱してゴメンね、智優(偽)ちゃん。私、本当に心配しちゃったんだから。智優(本物)ちゃんも詩芙音ちゃんも掛け替えのない友だちだからいなくなったらどうしよう、なんて混乱しちゃったよ……」
潤んだ瞳で栞は智優(偽)に抗議する。口の端に付いたソースをレースハンカチで拭いながら。
「心配かけてゴメンだよ〜。今のところ二人とも無事だから許してネ」
「もー、許さない。次の女子会でワガママ云って甘えちゃうんだから」
「えー!ちょー楽しみなんだけど!!」
ぷっ!
絶世の美少女とイケメン美少女は相好を崩して笑う。本当は心配していたことをもっと抗議したい栞だったが、智優(偽)の云う「無事」という言葉に安心して緊張の糸が緩んだようだ。
(なあ、拓人……)
(小声でどうした、透?)
(神埼の云ってる女子会って俺も参加できるかな?なんか楽しそうな感じじゃね?)
(同じこと思った。仲良くなるチャンスかもな。この流れで参加しちゃうか)
(よっしゃ、どさくさに紛れて参加だな!)
キラリーン!
「参加とかできるわけないでしょ!女子だけで恋バナとか楽しむんだから男子が入れる隙間なんてこれっぽっちもない、謂わば秘密《百合》の花園よ!!」
「「ひゃい……」」
「栞ちゃん、最後のは違うと思うな〜」
鉄板の火を落として智優(偽)が説明を始める。
「あのね。落ち着いて聞いてね。智優(本物)ちゃんは『噂』を使って悪さをしようとしている敵と戦って、やられたのをキッカケに遠いところに行ってしまったの。あ、遠いところって云っても死ぬっていうのと違うから」
3人は夢中で頷くが、理解できているかは怪しい。
「でね、戻ってこれるように準備して呼び掛けたんだけど一向に戻ってくる気配がなくて困ってたんだよ〜。だから三人には智優(本物)ちゃんがこっちに戻ってくるように導いて欲しいの」
「うーん、なんか難しい話ね……。遠くって何処なの?」
智優(偽)は髪をかき上げる仕草をするが短い髪は指に絡まず空振りする。詩芙音の時のクセが出たのだろう。
「およその座標は分かるんだけど私には具体的なことは分からないんだよね。遠くって表現したけど実際に遠いのかは行ってみないと分からないな」
「それってどういうことなの?」
「私たちの暮らすオモテの世界、そしてもう1つの全ての意識が繋がったウラの世界があって、智優(本物)ちゃんが迷い込んだのはオモテとウラの中間の世界なの。そこは人の意識が形を成す場所だから、智優(本物)ちゃんがどんな場所をイメージしているかで、遠いのか近いのか変わっちゃうんだよね〜」
透は口に咥えたコテを離して質問する。
「つまり鈴偶の中にある記憶の場所とか、そういうものだろ?」
「あー、そうそう。そういうこと。悪ガキのクセに頭いーじゃん!やーるー」
「わ、悪ガキはかんけーねーだろが!」
拓人は鉄板の焦げを小削ぎながら確認する。
「そこまで分かっていて何故、直接行かないのかな?僕たちより出来ること、多いと思うんだけど」
「人の意識に触れることができるのは、同じ人。それも智優(本物)ちゃんを大切に思う親友じゃなきゃダメなんだよね。私が完璧無敵のミステリアス美少女でもどうにもならないよ〜」
「あ、あの……。美少女とか自分で云わない方が……」
「ツッコミで話の流れを止めない!コミュ障、治そうよ!」
「ひゃい……」
栞に一喝されて小さくなった拓人を見ながら智優(偽)はくすくすと笑う。小学6年生という年齢では男の子はどう足掻いても女の子に勝てないのかもしれない。
「そろそろ頃合いじゃ。何もかもが間に合わなくなるぞ」
カウンターの奥から不思議な声が聞こえてくる。
(はじめはオッサンの声に聞こえたんだけど、改めて聞くと大人の女性のような声にも聞こえる。もう何回も聞いたことがあるような声色に感じるのは気のせい?今はそれよりも……)
栞はラムネを飲み干し、殻になった瓶を静かに置き、智優(偽)に問い掛ける。
「私たちはどうすれば良いの?」
「栞ちゃん、他者の意識に踏み込むのは危険かも。それでも大丈夫?」
「大丈夫じゃないけど、ダイジョウブ!だって智優(本物)は私の大切な友だち。いえ、王子様なの。昔、助けてもらったから、今度は私が助けたいの。だから……、怖いけどダイジョウブだよ!」
「後ろを見て」
3人が智優(偽)の指差す外を見ると店の外に扉が立っている。どこにでもあるような飾り気のない新築住宅の扉のように見えるが、栞にはどこの家の扉だか分かった。
「鈴偶家の扉ね?」
智優(偽)は黙って頷く。軽い口調とは裏腹に3人を心配する表情を浮かべている。だがそんな心配を吹き飛ばすような元気が3人には溢れていた。
「腹いっぱいになったし、いっちょ行きますか!?足引っ張るなよ、ゆーとーせい!」
「何が待ってるか分からないけど急いだ方が良いね!暴走するなよ、悪ガキ!」
男の子の覚悟を確認するまでもない。好きな女の子を助けたい気持ちに溢れ、やる気スイッチオンでエンジン全開だ!
「じゃあ、行くよ!」
「「おう!」」
3人は立ち上がり、扉に向かって歩き始める。自分たちの使命を胸に懐き、力強く前へ進んでいくのだった。
「何かあったらフォローするからね!」
栞は振り返ると堅めた拳に親指を立てて破顔していた。白い歯と歯ぐきを剥き出しで端正な顔立ちが台無しになるくらい豪快な微笑み。だが、使命に燃える表情はどんな女の子よりも自信に満ち溢れていて綺麗に輝いていた。
がちゃり
扉を開ける音がすると瞬く間に3人の姿は消えていた。そして扉は蜃気楼のように揺れながら背景に溶け込んで消えてしまった。
「あーあ。智優(本物)ちゃん、うらやましいな〜」
「まあ、ボンヤリしてるがの」
「うーん、そんなにボンヤリしてる〜?ちょっかい出したいだけじゃないの〜?」
「くっくっく!」
残されたシフォンは呟き、黒猫ロムの籠もった笑い声が響くのだった。




