第69話 美しき夢追い人
――電脳の海、16進数の文字で埋め尽くされた空間
親友である野伊間詩芙音の安否を気にかけて野伊間家を訪れた神埼栞、そして花田透、辻村拓人の三人。そこで思い掛けない人物に遭遇する。それは三人が会いたかったもう一人の親友、鈴偶智優である。
「……智優ちゃん、じゃない?」
「あ?何云ってるんだよ、神埼。どう見ても鈴偶だろ?」
「透。よく見ろ。なんかおかしいぞ……」
透が目を凝らして智優の姿を見ると輪郭がぼんやりしていて形が定まらない。ふと気を抜くと詩芙音の姿にも見えてくる。二人の姿を云ったり来たりモーフィングする幻は妖しげな微笑みを浮かべている。
「落ち着いて聞いて欲しいな。今の私は智優ちゃんでもあり、また詩芙音でもある不安定な存在なの」
「不安定な存在?二人はどうなってしまったの?私にはさっぱり分からないよ!」
栞の顔は不安でいっぱいで目には涙をいっぱいに溜めている。拓人も明晰な頭脳をフル回転させて事態を理解し、解釈しようとしている。
「落ち着いて話をしたいから座って話しましょ!こっちだよ~」
智優(偽)が手招きすると3人は小さな光に吸い込まれるのだった。吸い込まれた先は目が眩むほど強い光の世界。目が痛くなるような光の強さに3人は目を伏せてしまう。
「うわ、何だよ眩しいなー」
「おい、二人とも大丈夫か?」
「ちょ、ちょっと!どこ触ってんのよ!ハサミでちょん切るわよ!」
「何をだよー!?」
「「ナニを!」」
栞と智優(偽)がハモると透と拓人は素早く内股になり手で隠してガードを固めるのだった。何の?ナニの。
目は少しづつ慣れていき、覆った手を緩めていく。
狭い部屋、暗い照明に照らされた棚。
棚には整然と並べられた駄菓子の箱。中にはきな粉をまぶしたあんこ玉や、紐の付いた飴。
壁に吊るされた菓子の袋やカード、シール、プロペラ飛行機などなど。
舞金商店街にある店とは違う三人が全く知らない雰囲気のお菓子屋のようだった。いつの間にやら座っていたテーブル。真ん中は鉄板が嵌め込まれ、木の部分は古い油が落ちずにこびりついていて、揚げ物を揚げた日の台所のような匂いがしている。
「私のお店『美しき夢追い人』にようこそだよ〜」
テーブルの一角に座っていた智優(偽)は手を前に伸ばして掌を広げ、一昔前に流行った顔を小さく写すポーズを取る。本物の智優が取らないポーズが彼女が偽物であることを物語っているようだった。智優でないならば、やはり詩芙音なのか??
「あまり時間がないから手短に説明するね。ロム〜、ラムネ冷えてる?」
「うむ。冷えておるぞ」
店の片隅のカウンターから聞こえてくるが声の主の姿は見えない。タンタンと包丁の音が聞こえるから誰かいるはずなのだが。
「冷えておるぞ、じゃなくて!大事なお客様なんだから持ってきてよね〜。ぶつぶつ……」
「うちはセルフじゃからの!」
三人は辺りをきょろきょろと見回しながら事態を理解しようとしてみるが何も掴めず、智優(偽)が運んできたラムネを受け取る。キンキンに冷えたラムネの胴体には水滴が付いていて触れた水の感触と冷たさに頭が冷やされていくのだった。
「鉄板に火を点けるから気を付けてねー。じゃあラムネを開けてっと」
ビー玉を押し込むとプシュッという音がしてラムネが泡立つ。
「何だよ、お前。ラムネの開け方も知らねーの?ゆーとーせいのクセに」
「うちはジュース禁止なんだよ!」
「分かったから貸せよ」
透は拓人のラムネを取り上げると慣れた手つきでビー玉を落とす。
「ほら」
「……ありがとう」
「ぷっ!」
「な、何だよ!」
「教室でも素直になれば良いのにな」
「……」
拓人は二の句を告げず、恥ずかしそうに開いたラムネを受け取る。
「ねえ、智優(偽)ちゃん……。時間がないんだよね?それにココは何処なの?」
「まーまーまー。ミッションはこれから伝えるからさ、とりま、かんぱーい!」
「かんぱい!?」
「準備できたぞい」
「はーい。またセルフなんでしよ?全く」
「カウンターから出るのが面倒なのじゃ!」
智優(偽)は具材の入ったお椀を受け取りテーブルの隅に置き、小さなコテを細長い指に挟んでポーズを取ると語り始める
「端的に云うと智優(本物)ちゃんがピンチなの」
その言葉を聞くや否や栞はカッと目を開き理性を失った獣のような反応を示す。
「ピンチって何!!私の王子様が目覚めないならキスでも何でもするわ!たとえピンチじゃなくてもスキをみてキスするわ!スキだから!大・大・大スキだから!!」
「か、神埼、落ち着こう!どうどう。どうどう。そのコテ、危ないから離して!俺に刺さっちゃうから離して〜!!」
落ち着け栞ちゃん!深呼吸だ!
ひっひっふ〜。ひっひっふ〜。
「お腹空いてると理性が失くなるよ〜」
「はあはあはあ……。そ、そうだぜ!おい拓人!俺が神埼を抑えているから、とりあえず作り始めろよ!!」
「え?どうやって……?こうかな??」
拓人は覚束ない手でお椀の中身を鉄板の上に一気にぶちまける!
「アッフォー!土手を作らずに全部ぶちまけるやつがいるかーー!」
「え?え?」
勢いよく蒸気が上がり水っぽい生地が鉄板に広がっていく。
「みんな、真ん中にかき集めろー!」
4人は小さいコテで一生懸命、生地をかき集める
「ふーふー!勘弁してくれよ、拓人」
「だってお好み焼きじゃ?」
「だってじゃないもん。もんじゃ焼きじゃもん!!こんなサラサラで水みたいな生地の大阪焼きなんてあるかー!!」
拓人の失敗劇で栞はすっかり落ち着きを取り戻した。
「栞ちゃん、食べようよ〜。」
「はあ……、そうね。話はおやつで空腹を満たしてから、ね」
失敗しかけたもんじゃ焼きは4人の努力で何とか形になって徐々に火が通ってきた。ソースをかけて味付けをしたら各自が持った小さなコテでもんじゃを掬って食べ始める。焼き立てのもんじゃは喉が焼けるように熱く冷えたラムネで流し込みながら箸を進める。いやコテを進める。
はふはふ。はふはふ。
「智優(本物)ちゃんだけどね。敵にやられちゃったの。敵は……、みんな薄っすらと思い出せるよね?」
「……うん」
「でね、修復していた身体を完成させて戻ってくる準備が整ったんだけど、いくら呼び掛けても戻って来なくなっちゃって」
「それはどういうこと?」
「理由は分からないけど、戻りたくない!っていう気持ちが強いみたい。強制的に戻すと魂が失われるかもしれないから困ってたの。ねえ、智優(本物)ちゃんを助けてくれる?」
栞は迷わず即答する。
「もちろん。大切な友だちだもん!」
「もちのロン?」
「うん!もちのロン!!」
指を揃えた右手でグリッサンド奏法のように牌を倒すフリをする。
「あー。俺もロン!!」
「……僕もロン」
じゅ(x2)
ぎゃーーーーーす!!(x2)
調子に乗って牌を倒す手つきを真似して鉄板を触り、自ら鉄板焼になる透と拓人だった……




