第64話 烏丸山坑道包囲戦
――夜の烏丸山
戦場に到着してから3時間弱が経過した。烏丸山へ落下した我々、有栖川セキュリティサービス、通称ASSの窓際部署、異形対策係はすぐに異形の鬼の対処にあたった。
異形の鬼は輪郭こそハッキリしているが本体は半ば透けていてひと目で得体の知れないものと分かった。輪郭が表す姿は古い甲冑を付けた武者のように見える。ただ、私たちが良く知る戦国時代前後の鎧武者と違い、鎧や兜は不格好で装飾が少なく、何よりも刀は上下逆さで肩から下げるようにして装備していた。
こちらは斬り合いをするつもりで戦場に立った訳では無い。敵が坑道の出入り口に出現した瞬間、自動小銃のトリガーを引き、撃ち倒していくだけだ。
「少佐、聞こえますか?」
「ああ。クリアに聞こえるぞ」
俺と別ポイントで戦う加賀チーフの声がヘッドギアに内蔵された骨伝導スピーカーを通して聞こえる。
さすが元自衛官、時間を忘れるほど続く『もぐら叩き』にも疲れを感じていない様子だ。『もぐら叩き』というのは冗談ではなく、穴から出現する敵を射撃訓練のように撃ち続けていたのだ。
烏丸山は元鉱山で採掘していた時に利用していた坑道がアリの巣のように張り巡らせている。そのうち4つの穴から次々と湧いてくる異形の鬼が標的だ。穴から湧いてくるだけに『もぐら叩き』と表現するのが適切だろう。だが『もぐら叩き』は一体、いつまで続くのか?実体のない異形だけに兵士の数に限界があるのかすら分からない。
「七面鳥撃ちもこれだけ続くと疲れますな」
「気を緩めるなよ。自身の油断こそが最大の敵なのだよ」
「ガッハッハ!ですな!!」
「それにしても七面鳥撃ちとは縁起が悪いな」
「何です、少佐?」
「史実では七面鳥撃ちされたのは我々の方だからさ」
私のコードネームは『赤城』これは昔の空母の名前た。そして他のメンバーのコードネームも同様に艦船が元になっている。実際に七面鳥のように撃たれたのは我々の由来となっている空母から発艦した艦載機だから縁起が良いはずがない。
「補給ヘリ、接近中!コンテナ投下先にご注意下さい!!」
俺とペアを組むASSの新人、蒼龍の声が聞こえる。加賀チーフと異なり、声の響きからは緊張と疲労が伺える。誰でも新人の時はある。今回の作戦を無事に乗り越えて成長して欲しいものだ。そう、生きて帰れれば次がある。今はできないことでも、いずれはできるようになるさ。
遠くの空を見上げると輸送ヘリが高度を下げて接近してくる。輸送ヘリが轟音を立てながら烏丸山の上空を通り過ぎた後には巨大なパラシュートを付けたコンテナが4個落下してくるのが見えた。ご丁寧に4チーム分に物資を分けて落下させて補給を行うのだ。
有栖川重工業が所有する試験用の兵器群の数は底が知れない。よく本職の自衛隊から苦情が来ないものだ。いや、所詮は供給する者と消費する者。需要と供給がマッチしていれば蜜月か。本当に必要ならば試験用の兵器も護衛用の兵士も貸出するのだろう。そう、我々のような……
「各チーム、聞こえるか?」
「は、少佐!」
「仕出し弁当が到着したようだ。タイミングを図って回収するように。一時的にツーマンセルが崩れるが、慎重に対処してくれよ」
「ラジャ!」
我が隊は精鋭8人で構成される小さなチームだ。今回の作戦では2人1組のセルに分かれて4箇所の対応を行っている。つまり物資の補給を受けるには一時的に1人で迎撃を行う必要が生じるのだ。普段の訓練通りに動けば何も問題ない。
異形の鬼が相手とはいえ攻撃らしい攻撃もしてこないのだから何も気にすることはなかろう。
だが、いつまで続くのだ?
簡単な作戦ではあるものの、終わりが分からない。戦闘訓練を積んでいても、身体の一部を義体化していても、所詮は人間。徐々に疲労が蓄積され、やがては……
「少佐、大変です!」
「落ち着け、蒼龍。何があった?」
新人ゆえの焦りだろうか?まさか弁当を引っくり返したのか?
「弁当を落としたのか?替えは当分来ないから我慢しろ。1食抜いたくらいで人は死なないぞ」
「い、いえ。まだ弁当には辿り着いていないのですが、その……」
「どうした?ハッキリ、云え」
「穴が増えています!」
「穴は1つに決まっているだろう。いくら我々の通称がASSでも」
「はい。いえ、そうではなく、敵の出現する穴が増えているのです!!」
耳を澄ますと今まで対処してきた穴とは別の方向から甲冑の擦れる音が聞こえる。音のする方へ走ると、そこには別の穴があり、そして敵がいる!咄嗟に自動小銃を構えて撃ち倒すが嫌な予感がする。他のポイントも同じか!?
「オレンジよりアルファ。応答願います」
ざーー
「こちらアルファ。順調かな、赤城くん?」
「敵の出現する場所が増えているぞ」
「何?」
「恐らく坑道の出入り口だ。他の出入り口からも出現するかもしれん。敵が発生する大元を叩きたいのだが、烏丸山内部の坑道を記した地図はあるか?」
「急ぎ古文書のデータベースを探してリンクするぞ。待ち給え」
悠長なことを云っている場合か!だが対処しながら待つしかあるまい。
「それと地上全域監視システム『ジャヤンタ』を烏丸山に集中させてくれ。僅かな変化も捉えて我々に送って欲しい。ツーマンセルを崩し単独で走って対処していく」
「手間をかけるな」
「今は『もぐら叩き』だから問題ないが消耗した時は抑えられないぞ。保険をかけることをお勧めする」
「了解だ。人手不足はアズの量産型(優秀万能)を投入して改善を図るから、あと4時間だけ持ち堪えてくれ」
「おいおい、アンドロイド(ポンコツ)を寄越しても戦力にならないぞ」
「それについては新しい運用が有効だと分かった。まあ、期待して留守番しててくれよ」
戦闘用のアンドロイド(ポンコツ)を投入するとは戦争でも始める気か?
「ああ、分かった。だが、地図も人手も待たせないでくれよ。打ち上げで食べる手羽先が冷めちまう」
「ははは!終わったら会社の負担で飲み放題、食い放題といこうじゃないか!」
「こちら赤城、聞こえるか?」
「音声明瞭!」
「新しいデータをリンクした。迎撃ポイントが増えるぞ。ツーマンセルを解除し、各自で出入り口を押さえる。1人最低でも2箇所担当だ。せいぜい走り回って宴会前の運動だ!」
「こりゃ仕事上がりのビールは最高でしょうな!」
「驚け!今夜の宴会費は会社で落す予定だ。今夜の酒は大盤振る舞いだぞ!」
骨伝導スピーカー越しに歓声が上がる。
「全員、生きて帰って乾杯だ」
「ラジャー!!」
しまった、業務連絡に夢中で弁当を食べ損ねてしまった。まあ、空腹は酒を美味くする最高のスパイスっていうからな。その前に仕事、仕事っと。
ぽつりぽつりとゴーグルのレンズが濡れ、雨が降り始めたことを告げる。俺は泥濘む地面を蹴って走り出すのだった。




