第62話 男の子ってめんどくさい
――黄昏時を過ぎた頃、黒猫が導く道程
私たち三人は歩いている。避難所に向かう人達は人の流れに逆行して歩く子どもを不思議そうな目で見て「早く家に帰って避難しなさい」と云いたげだ。
大人たちは気付いていない。
私たち子どもには子どもの成すべきことがあることを。
「なあ、神埼。あの猫がどこに向かっているか分かるか?」
少し不安げな表情で辻村拓人くんが私に問い掛ける。智優ちゃんのことが心配のようだが、それ以上に避難警報どおりに行動しなくても良いのか気になっている様子だ。
「たぶん詩芙音ちゃんの家だよ。この道を真っ直ぐ行って住宅街を少し抜けた場所に野伊間家があるからね」
「そうか。猫は自分の住処に帰るもんな、間違いないか」
「うん!もしそうじゃなくても、こんな状況だからロムちゃんの安全を確保したいな。このまま着いて行こうよ」
「ああ、分かった」
迷いが晴れたのか、拓人の表情が少し戻ってきた。
拓人が心配しているというのに花田透くんは黒猫ロムを追い掛けるのに夢中で周りが見えない様子。透がロムを捕まえようと手を伸ばすたびにヒラリとかわされて引っ掻き傷が増えていく。
止める気配が無いところを見ると傷を負えば負うほどに夢中になる性癖なのだろうか?そういえば智優ちゃんにやられてばっかりだけど、ダメージを受けるたびに好きになっているのかな。
うー、男の子って複雑……
「ねー、拓人くん?」
「声色が怖いんだけど、どうした?」
「やだ、普通にしゃべってるじゃない。その一言、要らなくない?まあ、いいけどさ」
「……」
「拓人くん、やっぱり智優ちゃんのこと好きなんでしょ?こんなに心配しているところを見ると気持ちに偽りは無いんだって分かるよ」
拓人は少し顔を赤らめて俯く。
「この前の有栖川さんの話、覚えてる?」
「あー、藍銅ちゃんを使って恋のデータを収集してるってやつだろ」
「そうそう。変わった研究データを集めている話ね。有栖川さんは拓人くんの恋データは取れていないって云うじゃない。でも実際はバリバリのメロメロでキュンキュン中じゃない」
「何だよ、そのバリバリのメロメロでキュンキュン中って?」
「片想い中って意味。もー、勉強できるんだったら現代用語も覚えなきゃダメだぞ☆」
拓人くんは何か云いたげな顔をしたように見えたけど何も云わないので話を続けた。
「でね、私考えてみたの。何かが間違っているんじゃないかって」
「間違っている?」
「そう!例えば恋データ収集の前提条件があって、それが間違っているから拓人くんの恋データが収集できないとか」
「うーん、でも天下の有栖川重工業のテクノロジーだろう。間違えるなんてことあるのかな?実際に神埼の恋データは収集できてたみたいじゃん」
「そうだよね〜。やっぱり間違えるなんてことないかー。じゃあ、やっぱりキュンキュン力不足だったとか。私を見習いなさいよね!えへん!!」
腰に手を当てて得意満面でポーズを取る私を見て拓人くんは複雑な表情をするのだった。おっと私に惚れても脈はないぞー。なんと云っても私の王子様は最強イケメンだからね!!
「おーい、神埼ぃ。この猫、お化け屋敷みたいな家に入っていくけど大丈夫かよ?」
黒猫ロムを追い掛けるのに夢中だった透が振り返って私たちに声を掛ける。透の指差した先には閑静な住宅街には不釣り合いな大きさの屋敷がそびえ立っていた。
野伊間家が賃貸で借りている旧華族の邸宅、まるで小説に登場する『魔女の館』のような佇まいだ。
「うん、合ってる。そこが詩芙音ちゃんの家だよ」
「マジかよ!普段から秘密の館みたいなところに住んでいるのか。秘密基地の比じゃないぜ。羨ましいな〜」
「何だか怪人20面相が人攫いに来そうな館だな」
「あ?外人?20面?何云ってるんだお前?」
「そういう小説があるんだよ!!」
「本ばっかり読んでいるから頭でっかちになるんだよ。キュンキュン不足の原因はそれじゃね?」
「聞いてたのか!?」
二人は胸ぐらを掴み合って盛り上がっている。喧嘩するほど仲が良いなんて云うけど、この二人は実は仲良しさんなのかな?喧嘩しながらも最初のぎこちなさが無くなってきたような気がする。ほんと男の子って分かりづらい……
私が咳払いすると、二人はビクッとして手を解いた。
「ねえ。先、行こ?」
「そ、そ、そ、そうだね」
「コイツが勝手に……。いや何でも無い。ゴメンナサイ」
「やだ、透くん!何で謝るのかな?」
私が軽く透の腕を叩くと体勢を崩してよろけた。本当に貧弱……。智優ちゃんと釣り合うにはもう少し丈夫になった方が良いと思うな。
「なーーん!(小僧ども、遊んでる場合か!時間が無いぞ!)」
「ほら、ロムちゃんも抗議してる」
まるで人の言葉を理解しているかのように的確なタイミングで鳴き声を発する黒猫。人類の歴史の中で長年、人に寄り添って生きてきたから言葉が分かるのかな?まさかね〜。
チャイムを押してみるが反応が無い。何回押しても全く反応が無いよ……
お休みしている詩芙音ちゃんはいるはずなんだけどな。まさか体調が悪化して起き上がることもできなくなっちゃったとか!?やば、ちょー大変!!
「おっかしいな〜。学校休んで家にもいない?」
「あ?野伊間も家出ってこと?」
「『も』って何だよ。まだ誰も家出してねーよ!」
「……そのノリツッコミはもう良いわ。それよりも中に入ろう」
「へ?それって不法侵入ってやつじゃ……」
私は透くんの胸ぐらを掴み優しく問い掛ける。
「詩芙音ちゃんに何かあったらどうするの!?もしかしたら苦しくて起きられないかもしれないんだよ!!あらゆる可能性を考えて最良の行動を選択するのがベストでしょ?何をすべきか考えなさいよ!!」
「ひゃ、ひゃい。ぐ、ぐるじ、い。や、やめ」
首元がしまって苦しいのか、透くんの顔は赤を通り越して青くなり、カクカクと頷いていた。拓人くんが止めに入って我に返り手を解いた。えへへ、ちょっとやり過ぎ?男の子って弱いなぁ……
門を開けて野伊間家の庭に一歩足を踏み入れると妙な感覚に襲われる。地面だと思っていた場所に足を取られて普段のように歩けない感覚だ。まるで砂浜を歩いているよう。
空気が薄くなっているのか、動悸が乱れていく。
拓人と透の方を見ると不可解な顔をしていた。
何か伝えようと口を開くが上手く声が出せない。
前方を見ると玄関の前で黒猫ロムがこちらを見上げて急かすように鳴いている。
私たちは進まなければいけない。恐らく智優ちゃんにも関係することが待っている。何の確証もないけど、私の直感が囁くのだ。
私たち三人は目を合わせ強く頷く。
まとわりつくような重い空気を掻き分けて一歩、また一歩と野伊間家の玄関に近づくのだった。




