第61話 黒猫ロム様の登場だにゃ〜ん
――薄暮時、鈴偶家の前
遠くから聞き慣れたベルの音が鳴り響き、防災放送が始まる。
「――緊急放送、緊急放送。現在、烏丸山噴火の兆候が一層顕著となり、県知事より緊急避難指示が発令されました。これから災害時の避難場所へ集合のうえ集団避難を行います。各自におかれましては今一度、災害時の避難場所を確認のうえ移動開始をお願い致します。安全を優先し、速やかに移動開始下さい。繰り返しお伝え致します――」
私達は顔を見合わせる。
男の子とはいえ今まで経験したことがない事態に透くんも拓人くんも顔が青い。
「おい、緊急避難だってよ!どうする!?」
「どうするも何も指示が出ているんだから避難するしかないだろ?」
「あ?冷たいな、お前。鈴偶のことが心配でここまで来たんじゃないのかよ」
「心配にきまってるだろ!じゃあ、避難指示を無視して子どもだけで人探しをするのかよ!?」
「くっ!!」
ああ、もう男子って使えない。私だって心配だけど冷静に。冷静に。
透が拓人の胸ぐらを掴んで睨みつける。負けじと拓人も透の腕を掴んで力いっぱい握り返す。互いに鼻息が掛かるくらい興奮して今にも殴り合いを始めそうな勢いだ。
「戯れるのはそれくらいにしておきな、ジャリども!」
今は喧嘩をしている場合じゃないよ〜。そんな風な意味合いで、私が二人を優しく諭してあげると身体がビクッとし、腕を解いてバツが悪そうに顔を背けた。
「うちの智優を心配してくれるのはありがたいけど、ほら」
先ほどまで悄然としていた智優ちゃんのパパが透と拓人の肩を叩いて弱々しく微笑む。
「まずは家に帰って親御さんを安心させなきゃいけないよ。それから指示に従って避難だ。ひとまず智優は知り合いのところに確認の連絡をするからね。安心、というのは無理かもしれないけど一旦、私たち大人に任せて欲しい。いいかな?」
私たち子どもは黙って頷くしかできない。内心は自分たちで何とかできない悔しさでいっぱいだ。
「心配してくれてありがとうね。でも早く。早く帰るんだよ」
「はーい……」
鈴偶家から離れ、家路についた。
既に避難準備を整えた人たちが慌ただしく避難場所に移動する中、人の波に逆行するように私たちは歩を進める。
男子二人に先ほどまでの勢いは無く、萎えてふにゃふにゃ……、まるで使い物にならない。
「もー、二人とも元気出しなよ!まだ智優ちゃんに何かあったと決まったわけじゃないでしょ〜」
「あ?そうだよ。そうだけど……。俺たちじゃ何もできないって思い知らされてさ」
「一緒にするなよ。お前は思考停止かもしれないけど俺は考えてるんだよ、色々と」
「例えば?」
「うん。例えばプチ家出だとして鈴偶だったら何処へ行くんだろう、とか」
「お前じゃないんだからバイクを盗んで走り出すキャラじゃないだろ、鈴偶は」
「家出にバイクは必須じゃねーし、俺だってそんなキャラじゃねーし、ツッコミどころ満載だよ!アフォか!!」
私も色々な可能性を考えてみるなかでプチ家出を挙げていた。でも智優ちゃんに限って家出するような理由なんて見当たらないはずだ。と、思っているのは私の勝手な思い込みで、智優ちゃん自身は悩みを抱えていたのだろうか?悩んだら少しでも相談してくれれば良いのに智優ちゃんって明るく振る舞って自分のことは表に出さないから……
そんなことを思いながら歩いていると人混みの向こうから黒い猫が優雅に歩いてくる。私と目が合うとニャ〜、と鳴いて近寄ってくる。
この黒猫、どこかで見たことがあるけど、どこだっけ?
黒猫は少し早足になって私の足元に近づき、長い尻尾をツンと立たせて頬をスリスリ、グルグルと回り始めた。尻尾とヒゲが素足に触れるたびにくすぐったくて悲鳴を上げそうになる。
あ、思い出した!
「ロム!詩芙音ちゃんちで飼ってる黒猫ちゃん!!」
「にゃーん(やれやれ、やっと思い出したか)
」
私の声に気付き、男子二人は口論を止めて足元を見る。
「あ?どうした、神埼?」
「神埼さん、その黒猫と知り合いなの??」
「うん、詩芙音ちゃんの家で飼ってる猫なの。ねー、ロム?」
「にゃ!(うむ、正解だの!)」
黒猫はニッコリと笑った気がした。
「でもどうしたんだろう?たしか家の中で飼ってたはずなんだけど外に出ちゃったのかな〜?」
黒猫は再び私の足元をグルグルと回り、尻尾でペチペチと足を叩いてきた。ね、猫ちゃん。あんまり叩くとスカートが捲れそうだから怖いんだけど……
「お、コイツなんか云いたいことでもあるのか?」
透が黒猫を抱きかかえようと手を伸ばした瞬間にフワッとジャンプして透の頭の上に飛び移っていた。ジャンプしたついでに攻撃もしていたみたいで手がさっくりと引っ掻かれていた。
「いだーーーー!!!このクソ猫!!!」
頭の上の獣を捕まえようと手を伸ばしたけど、既にそこにはいなかった。
「もー、透くん。ロムがビックリするでしょ〜!ロムは《《女の子》》なんだから優しくしなきゃダメよ」
「にゃーん(主は分かっておるの。かっかっか)」
「シャーーー」っと黒猫を威嚇する透は放っておき、拓人が首を傾げている。
「なんで野伊間さんの家の猫が外にいるんだろ?たしか野伊間さん、昨日も今日もお休みだったよね?鈴偶と同じく何かあったんじゃ?」
「にゃにゃにゃ!(小僧、正解じゃ!皆のもの儂に着いてこい!!)」
上から命令するかのように黒猫ロムが鳴くと今度はスタスタと来た道を戻るように歩き始めた。
「おい、どうする?」
「どうするも何も、私は詩芙音ちゃんも心配だからロムに着いて行くよ!」
そう云うとロムの後に続いて歩き始めた。
透は引っ掻かれたのが悔しかったのか、はたまた引っ掻き傷から何かが取り憑いたのか、執拗にロムを追い掛ける。
「お、おい。待てよ、俺も」
防災放送が止まない中、私たち三人とプラス1匹は『流れ』に逆らうように、もう一人の大切な友だちの安否確認に急ぐのだった。
私たちが逆らっているのは人の『流れ』なの?それとも……




