第6話 急転、ラブレタートラブル!
あいたっ!
いつものように算数の授業をボーッと聞きながら女子会のことを考えていると、横から紙つぶてが飛んできて私の頭に当たった。
紙だけなら当たっても気にならない程度のはずが落ちた紙を拾って広げてみると、紙つぶての中に消しゴムが包まれていた。それも流行りの密度が濃くて重い消しゴム!
もー、投げたヤツ、馬鹿なんじゃないの!?痛いな〜。ぶつぶつ云いながら紙を広げてみるとイケメン男子の鈴木一くんからの手紙だった。
鈴偶さんへ
折り入って話したいことあり
放課後、クラスで待ってて欲しい
鈴木一
何かに巻き込まれる嫌な予感しかしなかったからテキトーに断って逃げようかな。
待てよ!私の席と鈴木くんの席って端どうしなんだよね。まさかこの距離を投げたんじゃ……
訂正、訂正。私、鈴木くんに用事があった!
放課後、みんなが帰宅を始めて人が少なくなった教室で鈴木くんは私の席に来て話掛けてきた。
「ねぇ、鈴偶さん。ちょっと雑談しても良い?」
「急に話したいことって何かな?」
声変わりが始まった少し低いトーンの声。顔を見ると少しだけ整髪料をつけてラフにまとめた髪型はテレビに出てるアイドルを思い出すような雰囲気だった。
「僕よりモテるって聞いたけど本当?」
「は?鈴木くんよりモテるかは知らないけど良くラブレターはもらうよ」
「えっ!!今まで何通くらい貰ったの??」
「うーん、正確には分からないけど50通くらいかな」
「はぁ?? で、誰かと付き合ってるの??」
「まだ恋愛のことは分からないから付き合ったことはないけど……
何でそんなこと、聞くの?」
何の話かさっぱり要領を得ない。私がモテることが鈴木くんに関係あるのかな?
「俺よりモテてるって噂を聞いたからどれくらいかと思って確認しただけ。いや、勝てないわ。正直参りました……」
「え?それだけ??」
「明日から学校で一番モテるって云うの止めるわ。上には上がいるんだな〜」
「はあ??本当にそれだけ?」
「え?それだけだけど、何??」
紙つぶて弾と時間の浪費のお礼に鈴木くんの爽やかな笑顔にグーでパンチしてあげたくなったところで乱暴に教室の扉が開き勢いが削がれてしまった……
「ねぇ、鈴木くん!鈴偶さんと何の話してるの!?」
クラスの女子三人がバラバラと入ってきた。声を掛けてきたのは木村朋美さん、そして木村さんの取り巻きの鳥海佳苗さんと須藤美波さん。クラスの中で音楽好きで固まっている女子たちだ。
「そんな子と話してないで一緒に帰ろうよ!」
「ん?ああいいよー。
(ごめんね、鈴偶さん。また話そ)」
面倒くさい女子なんて受け流せば良いのに、木村さんの一言に反応してしまった。
「ねえ、木村さん。そんな子ってどういう意味かな?」
「どういう意味も、そういう意味よ。さあ、鈴木くん。男子か女子か分からない子なんて放って置いて行こう、行こう」
イラッときた私は思わず木村さんの手を掴んで抗議しようとした。だが……
「触らないでよ!あんた、モテるっていうけど女子からラブレター貰ってるだけじゃん!今更、鈴木くんに色目使おうとしないでよね!」
「え?ラブレターって女子からなの??」
「どっちだって木村さんには関係ないでしょ!!」
「だいたいさ、ラブレター貰って返事しないとかあり得ないから!!ばーか!!」
「……」
「いつまで返事を待たせる気よ!?」
「それは……
返事は求められていないから……」
「想いを込めてラブレター出したのに返事を待ってないわけないでしょ!」
木村さんが私のことを突き飛ばしてよろけたところを更に鳥海さんに弾かれ、最後に須藤さんの足にひっかけられて、そのまま転ばされた。転ぶ時に捻った足の痛みで蹲っていると四人が教室から出ていく足音が聞こえてきた。
「調子に乗らないでよね、女男!」
あ痛たた。咄嗟のことで変な方向に足を捻っちゃった……
何だよ、どんな格好したって自由だろ。
女の子にモテたって良いだろ。
あー、バカバカしい。泣きそ……
「智優ちゃん、大丈夫??」
泣き出す前に顔を上げると詩芙音ちゃんの心配そうな顔があった。間近に見ると虚ろな目、肌の色、赤みの強い唇、どれも世離れした雰囲気を醸すのに十分なアクセントだった。
「う、うん。大丈夫、じゃないかな。足が痛い……」
「保健室、いこ。一緒について行くよ」
「ありがと……」
詩芙音ちゃんの肩を借りて1階まで降りる二人。教室のある建物から玄関を通り過ぎ、職員室のある建物の廊下の端っこに保健室はあった。
「失礼しまーす」
「あら〜。鈴偶さん、どうしたの〜??」
「転んで足を捻ってしまったので診て欲しいのですが……」
「どれどれ、見せて〜」
私の足の状況を確認する保健室の安藤美奈子先生。小学生に怪我は付き物で、みんな安藤先生にお世話になっているから頭が上がらない。
怪我以外にも担任の先生に云えない相談を受け付けたり、教室に行けない児童の拠所になったり、保健室は舞金小学校のオアシス、そして安藤先生はその主のような存在だった。
「ここ押すと痛い〜?」
「いえ、大丈夫です」
「そう。じゃあ、ここは〜?」
「それも大丈夫です」
「うーん、骨折はしてないみたい〜。湿布を貼っておくけど念の為、病院に行ってレントゲンを撮ってもらってね〜」
「はい……」
「で、何があったの〜?」
「何って、校庭で遊んでて転んで……」
「校庭で転んだ割に洋服が綺麗だわ〜。そして腫れるほど強く転んだにしては切り傷が無さ過ぎる。そうね〜、教室で何かあったんでしょ〜!?」
「あ、う……」
私が返答に困っていると詩芙音ちゃんがフォローしてくれた。
「急いで校庭に出ようとして階段で転んだのでは?ねえ、智優ちゃん?」
助け舟を出してウィンクで合図してる。
「まあ、良いわ〜。でもね〜鈴偶さん。もし困ったことがあったら相談に乗るから気軽に保健室へいらっしゃ〜い。分かった〜?」
「……はい」
「ところであなたは〜?」
「昨日、転校してきました野伊間詩芙音です」
「そう……
あなたが『アイオニアン』の……」
いつもの間延びした語尾と異なるトーン。
ん?アイオニアンって何だ??
安藤先生のメガネの奥にはいつもと違う冷ややかな目があり、詩芙音ちゃんのことをじっくり観察しているようだった。
詩芙音ちゃんは澄ました顔で安藤先生を眺めていたが、虚ろな瞳は墨に浸したような色合いに変わりさらに虚ろになっていた。
安藤先生にお礼を云って保健室を出ると足の痛みが強くなってきているのが分かった。湿布の効果よりも腫れの強さの方が勝っている感じだ。
栞ちゃんが下校できるまで待つのも辛い痛みなので机に先に帰ると伝言メモを残して帰ることにした。詩芙音ちゃんが私のことを気遣ってくれて一緒に着いていくと云ってくれたから心強い。
二人で校門を出てゆっくり歩き始めると気付かないうちに昨日の黒猫が私の横を歩いていた。長い尻尾を左右に動かして私の足に触れてくるのがくすぐったい。
「黒猫、可愛い〜」
「そうかな?」
「あれ、詩芙音ちゃん。猫嫌いなの?」
「別に嫌いじゃないけど……
その猫は口うるさいというか、お節介というか、面倒なんだよね」
「え?猫がしゃべるの??詩芙音ちゃん、面白いこと云うね!」
私達の会話に呼応するように黒猫はニャーニャー鳴いていた。まるで会話に参加しているみたいだな。
「もしかして昨日見かけた猫と同じかな?」
「そうだよ。ウチで飼ってる猫だからねー」
「あ、やっぱり?昨日、詩芙音ちゃんが帰る時に横にいたから、もしかしてって思ったの」
何故か、黒猫に「よくぞ、気付いたの」と褒められた気がした。
「ねえ、名前は何て云うの?」
「ロム。ROMと書いてロムって読むんだよ」
「オス?メス?」
「さあ、今はどっちだろう??」
「えっ?飼い主でも分からないの?」
「ロムは気分屋だからね〜」
黒猫は親指を立てて合図をしているような気がしたけど私の勘違い?
不愉快な思いと足の痛みは消えなかったけど、二人と一匹の帰り道の楽しさに癒やされていった。