第59話 ただいま、じいちゃん!
――鈴偶家の日常風景(?)
「たっだいまー!!」
私は勢いよく玄関を開けると元気な声で帰宅を告げた。三和土を見ると使い古されたスニーカーが行儀よく揃えて置いてある。大好きなじいちゃんの履物だ。
「ちーちゃん、おかえり〜」
玄関に座って靴を脱いでいるとリビングの方から聞き慣れた親しみあるじいちゃんの声が聞こえてくる。
時計を見ると今は16:00ちょっと前くらい。この時間、ママはパートのお仕事が終わり家に帰る途中、ばあちゃんは夕飯の買い物中だから家で待ってくれている家族といえばじいちゃんだった。
ちなみに年が近い兄貴、駆兄ぃは悪ガキ仲間とツルんで秘密基地ごっこの最中。私も加わりたいとゴネたけど、「男の世界に女は入ってこれない」だってさ。失礼しちゃうよ、全く。あーあ、私だって男の子に負けてないんだけどな〜。可愛い妹を大切にしない兄貴なんてバチでも当たれば良いのに。バチバチッと。
そしてパパは遠く離れた場所でお仕事中だから普段は会えない。だいぶ、会っていなくて寂しいけど家族のために頑張ってくれてるんだから仕方がないよね!今度、帰ってきたら自転車の補助輪を外す練習に付き合ってくれるかな〜。少しくらい甘えても大丈夫だよね??
でも段々とパパの顔を忘れてきちゃったから心配。
「ちーちゃん、手洗いとうがいを忘れないようにねー」
「はーい。でもじいちゃん、ママみたいなこと云うね!」
「ちーちゃんが手洗い、うがいを忘れると儂がママに怒られるんじゃ。それはもう、エライ勢いなんだぞー!!」
「あはは、分かってるって!」
2階に上がる階段の下にランドセルを下ろし、洗面所へ直行。ふんふんふーん♪大好きなアニメ『魔法少女☆トィンクルスター』のオープニングソングを鼻歌で歌いながらハンドソープをプッシュプッシュ。泡泡の感触を楽しみながら手を洗う。
(んー、どこかで『魔法少女☆トィンクルスター』が低学年向けって馬鹿にされたような気が……。でも気のせいのような?思い出せないけど。ま、いっか!)
ごしごし洗っていた手から視線を上げて鏡を見ると自分の容姿に少し違和感を感じる。
(あれー、私ってこんなに髪の毛長かったっけ?目鼻も綺麗で別人みたいだな。それに目にクマができてて顔色も悪いし)
髪の毛をかき上げながら鏡の中の自分とにらめっこをしてみたけど良く分からない。目を瞬かせれば鏡の中の自分もパチパチするし、笑えば笑い返す。おかしいと思いつつも自分そのものだ。
(あれか!噂の成長期ってやつだね。ふっふっふ、どんどん美人さんになってモテまくりだ〜。もう駆兄ぃに『雄んなの子』なんて馬鹿にさせないんだから!)
ちょっと美人さんに近付いた自分に満足しながらランドセルを置きに2階の自室へ向かった。
家の中央に位置する螺旋状の階段を登ると2階の廊下に出る。右に進むとパパとママの部屋。左に進むと駆兄ぃと私の部屋。更に上のお兄ちゃん達は家を出ていったため、私は同級生よりも自分の部屋を持つことができたのだった。ラッキー!!
本当はじいちゃんが使いたかったのではないかと思うけど、じいちゃんに聞いても笑顔を浮かべるばかりで答えは返ってこない。そんな優しいじいちゃんが私は大好きだ。
「ちーちゃん、氷戸黄門が始まるよー」
「うん、今行くよ〜」
じいちゃんの声が聞こえてくる。私の日課はじいちゃんとの時代劇鑑賞。さーて今日も悪代官を成敗、成敗〜、と。
リビングのソファーに腰掛けていたじいちゃんの横にちょこんと座り、テレビを見始める。いつものイントロで「人〜生〜なんとかかんとか」って歌が流れて、徳河さんのシンボルマークに出演者のテロップが映される。
目の前のテーブルには木をくり抜いて作った菓子入れが置かれ、煎餅と最中のような菓子が詰まっていた。時代劇鑑賞におやつは欠かせないよね!
何もかもが私の些細な日常、だったはず……
「薄めの緑茶で良いかな?」
「うん、大丈夫だよ!」
「ちーちゃんの年頃だったらジュースを飲みたがるはずなのに緑茶でオッケーしてくれるから助かるわい」
「ジュース出してママに怒られなくて、でしょ?」
「ふは!その通り!!」
じいちゃんは慣れた所作で急須の中の古い茶葉を取り出し、茶筒から新しい茶葉を入れる。お茶が入るまで我慢できない私は煎餅を頬張り、 固い煎餅をバリバリと砕く。じいちゃん、何歳だっけ?良くこんな固い煎餅を食べるよね、感心しちゃう。いつまでも元気でいて欲しいな!
あれ?でも確か。じいちゃんって……
「ほれ、美味しいお茶がはいったぞい」
「ありがとー」
熱々の湯呑を受け取ると立ち上る湯気をフウフウと吹いた。うーん、緑茶の良い香りだ〜。
そこで今日、初めてじいちゃんと目を合わせた。あまりにも普段通りだったので顔を合わせることも忘れてた。
「うん?じいちゃん、どうしたの??」
「……」
じいちゃんは目を細めて私の顔をじっと見ている。
「あ、分かった!急に美人さんになったから驚いてるんでしょ?いやー、元から素材が良かったっていうのかな〜。そんなに見つめられると照れちゃうよ。あはは」
穏やかな表情から感情は読み取れないが、焦っているような、心配しているような印象を受けた。
「いやいや、時間を空けずに遊びに来るからおかしいなとは思っていたんじゃが……。こりゃ困ったぞ。どうしたもんか」
靄が掛かるように意識が不鮮明になり、じいちゃんの言葉は私に届かなかった。
何かを忘れている気がする。何か引っ掛かるけど、まあいっか!大好きなじいちゃんと一緒なら幸せだしね!!
――ロム卿の研究室
「――ボン子!起きなさい、ボン子!ダメだわ、本体に呼び掛けても反応がない……」
巨大なビーカーに向かって念話で語りかけるロム。ビーカーの中で鈴偶智優は生まれたままの姿で体育座りのように膝を抱えて揺れていた。魂とも云うべき智優の変数は何処にもない。智優に似た空虚な器だけが眠っていた。
「ちぃ、今までよりも強力な影が出現したというのにロジカル・シフォンがいなければ話にならん!」
ロム卿はビーカーの前の操作盤に拳を叩きつける。
「私が出向いて敵を倒すか?いや、それではグリモワールが……」
研究室の入口から声がする。
「お待ち下さい、ロム卿。私に良いアイデアがあります!」
そこには鈴偶智優の姿をした偽物、『ロジックの魔女』シフォンが小さな胸に手を当て凛と立つ姿があった!




