第58話 美味い唐揚げが食べたい
――次元の断層から烏丸山を見つめる梅月
「ふむ。困った。やれやれ美味い食べ物にありつけて油断していたらこの様か。また栞どのの神埼家特製唐揚げとやらを食べたいのだが、先ずはどうしたら良いものか」
俺は胡座をかきながら腕を組んで悩んでいる。胡座をかくといっても何処かに座っているわけではない。次元の断層にプカプカ浮かんだ状態で胡座の形に足を組んでいるだけだ。いかにもなやんでいる風に格好をつけても間抜けなこと、極まりない。
空の上から烏丸山を見下ろすと色合いが崩れた山肌が目に入ってくる。普段ならば風で木々が揺れる音、山鳥の鳴き声や、獣の足音が聴こえてくるのに今は何の音も全く耳に入ってこない。不気味な静けさが山全体を覆っていた。
俺も人の姿をしているが化け物のようなもの。大抵のことでは驚かないが、眼下に広がる山の風景は異常と云わざるを得まい。やれやれ、都にちょっかいを出していた時に戦った陰陽師には幻を作り出す者もいたが、山全体を幻で包むなんぞ出来る者はいなかった。あの陰陽術の頂点を極めた時代よりも優れた術――正確には陰陽術ではないのかもしれないが――の使い手がいるということか。
「それにしても俺はどうしてしまったというのだ?」
山の一部で妖力の反応が高まる。
「む、何か動きがあるのか?」
目を細めて妖力を感じた場所を睨むとヒト型の影がゆらゆらと揺れている。朧げだった影は徐々に鮮明な形へ変わる。ソレは兵士の姿だった。
飾り気の無いお椀型の兜、肩に下がる瓦のような弓矢除け、前面だけ守ることを重視した胴当て、それぞれの部品を繋ぐ襷は汗と土に汚れた色合い。肩から無骨な鞘の太刀を提げ、背中には短弓と短い矢筒を下げている。
その姿を忘れることは決してない。俺が本当に生きていた時の格好をした兵士だ!
「何だというのだ?時代が下ってもあのような短弓は使われなかったはずだぞ??」
まるで意志を持たない亡霊のように兵士は立ちつくしている。まるで烏丸山を訪れる敵を待つかのように。
「ああ、思い出してきたぞ。あそこは烏丸山の坑道に繋がる出入り口の穴がある場所ではないか」
平安時代の当時、烏丸山は辰砂の取れる鉱山として有名で、山一帯を領地に持つ藤原家の貴重な収入源となっていた。平安時代の中頃から都の勢力の頂点を極めた藤原家は近隣の資源を押さえ、物流の拠点を支配し税を掛けることで一族の権力地盤を揺るぎないものに固めていった。
都での地位を追いやられた旧氏族たちは藤原の一族の専横に不満を募らせていく。
そして不満は藤原の一族が先導した東征と、従軍した氏族への不遇で我慢の限界を迎え、旧氏族の反乱を招くこととなった。
そう。それこそが『宇部の乱』
舞台は烏丸山。そして反乱の首謀者は宇部兼依だ。
宇部の乱で旧氏族方は寡兵で藤原一族の大軍と戦うために烏丸山の中を縦横に広がる坑道を用いた。坑道を使って兵を移動させることで神出鬼没に敵を襲わせ、逃げることを繰り返して戦った。モグラになったかのような作戦だ。
近隣からの援軍が到着するまで持ち堪えられれば、藤原一族の増援の到着が遅れていれば……
結局、藤原一族の増援が先に到着することになり増援部隊への奇襲をせざるおえなくなった。更に奇襲作戦で仲間の裏切りに合うとは……
昔話を思い出していると別の場所からも妖力の発生が感じられた。場所を探るとやはり坑道の出入り口に近い場所だ。
「どこの誰だか知らないが『宇部の乱』の真似をするつもりか。ふん、負け戦の真似をしても縁起が悪いだろうにな」
笑いを堪えながら兵士を眺めていると地面が揺れていることに気付く。地面の揺れは初めに細かく、時に大きく、緩急を付けながら止むこと無く振動を続ける。まるで山全体が踊りを舞っているかのようだった。そして今までと比べ物にならないほど強い妖力が山頂付近から発せられる。
「む。あやかしの大将の出現か?」
目を凝らして確認しようとすると東の空の果てから巨大な箱が飛んでくるではないか!箱には童子が回転させて飛ばし遊ぶ玩具のようなものが幾つも回っている。灯火よりも遥かに眩い光で周囲を照らしながら烏丸山へどんどん近付いていく。空飛ぶ箱は妖力の出現場所に向かうつもりなのだろうか?
見たこともないような物体を静観していると今度は箱から傘のようなものを広げた物体が離れて浮かび上がる。その数、8個。地味な色の傘は薄暗い空に紛れてゆっくりと落下していく。
「何だアレは?俺の知らない間に世界は変わったものだな。察するに戦を始めようとしているようだ。日の本は平和になったというのに何故、まだ争いを行おうとしているのか。いやいや、妖力から生まれた兵士たちが敵なのか?だから排除するために戦うのか」
傘が落ちた場所を注視していると素早く人影が動く。そして人影から先ほど山を照らしていた光りよりも更に強力で稲妻のような光りが走りと轟音が響くと妖力の兵士が散っていく。
「何だ、あの武器は?圧倒的じゃないか」
あっという間に妖力の兵士は消えてしまったが妖力の気配は全く消えない!坑道の出入り口を見ると新しい兵士が出現しているではないか!
再び走る稲妻、ソコへ向かって走る兵士。
戦は始まったが兵士は先ほどのように簡単には散らない。圧倒的な勝利では終わらないようだ。
「おっと、気を取られてしまったな。山頂に感じた妖力の主は何者だ?」
再び山頂へ目を凝らす。山頂に横たわる大岩の上に長身の男が腰を掛けていた。
背中を曲げ、肘と膝を合わせて祈るように手を組み合わせる。俯いているため上空からは顔が確認できない。だが背中からは先ほどの兵士とは比べ物にならないほど強力な妖力が吹き出しており、尋常ではない存在であることが分かった。
俺の存在に気付いたのか、顔を上げて上空を仰ぐ。
俺は《《俺》》と目が合った。
「な、何!?」
そこには宇部兼依、幼名を梅月と称した男が悲しげな顔で佇んでいたのだった。




