第48話 智優、思春期の悩み
――6時間目、算数の授業中
最近、空を見てしまう。雲が流れ着く果てには私や栞ちゃん、詩芙音ちゃん、未流ちゃんが遊べる場所はあるのだろうか?
辻村拓人くんの噂話で6年2組の教室、いや6年生中が落ち着かない一日だった。女子はクラスに溶け込めない拓人に可哀想なことをしたと云いながらお互いのスタンスの探り合い、男子は憧れの家出を敢行した英雄を想像しながらあり得ない話で盛り上がっていた。さすがに盗んだバイクで走り出すには早すぎるだろう。
私たちはというと、一緒に山登りしたり馴染んできた矢先のことだったので事件に巻き込まれていないか心配という話をしていた。でも拓人はしっかりした奴なので大丈夫だろうという安心感がどこかにあった。
ホームルームで二宮先生が「辻村くんのことで何か分かったら先生まで連絡するように」と情報を求めていた。
私たちは少しだけ大人に近づいている。
でも心も身体も成長途中で不安定な存在なのだ。そのことは大人が心配するよりも私たち自身が良く知っている。
頭が良いけど、他の人と上手くコミュニケーションが取れない拓人。
私にあたかも宝物のようにオススメの小説を訥々と説明してくれる男の子。次はどんな小説を教えてくれるのだろうか?
下駄箱で靴を履き替えていると鳥海佳苗ちゃんがソワソワした様子で旧校舎へ走っていった。旧校舎に用事?佳苗ちゃんって何係だったっけ?
4人で校門を出ると茜雲の燃えるような色彩が私たちを迎えてくれる。
帰り道、いつものように努めて明るく振る舞ってはみたものの、栞ちゃんはどこか暗い。最近仲良くなった直後の出来事だからショックを受けているのだろうか。こんな時は詩芙音ちゃんのサバサバした雰囲気が私たちの不安を和らげてくれる。
あー、未流ちゃん。またスマホやってるよ。目が真っ赤だけど大丈夫かな??
「拓人、明日は学校来るかな〜」
「そろそろガソリンが尽きる頃だから帰ってくるじゃない?」
「えー、あの話、信じてるの?詩芙音ちゃん?」
「もちのロンよ!だって男の子の家出にバイクなんてカッコいいじゃない」
「拓人ってそんな柄じゃないよ〜。ほら、なんて云うかな。バイクに乗る前にバイクの仕組みを研究しちゃいそうな感じ」
「あ、分かるかも」
口数少なかった栞ちゃんが呟く。
「私、強引だったかな。辻村くん、人付き合い苦手だったんだよね……」
「大丈夫だよ、栞ちゃん。二人で楽しそうに話してたじゃん。仲良く話ができてるから安心してたんだよ」
「そっか。悩み過ぎかな」
「男子なんて虫や雑草食べても生きていけるから心配ないよ、栞ちゃん!」
二人で「それはないよ、詩芙音ちゃん!」とツッコんでいるとお互いの家の分岐路に着き別れていった。
自宅に近づくと灯りが点いていることが分かった。まだ空は明るいが家の中は暗いのだろう。お母さんが夕飯の支度をしてるのかな?
玄関を開けると三和土に男物の靴が置かれているのが分かった。駆兄ぃは部活のはず、この靴は誰のだ?もしや……
「ただいまー」
「おかえりー。手洗い、うがいするのよー」
「はーい、ママ」
キッチンの方からママの大声が聞こえてくる。それに続いて鼻歌も聞こえてくる。ママが上機嫌に良くなる理由は一つ。
手洗いとうがいをして自室にランドセルを置くとリビングに向かった。そこには予想通りパパがいてグッタリとテレビを見ていた。
「……おかえり」
「ただいま。というかパパこそ出張からおかえりなさい」
「……うん」
「あ、あのねパパ!」
私は勇気を出して半年ぶりにパパに話し掛ける。
「先週ね、友だちと烏丸山に登ったんだよ!急に栞ちゃんが烏丸山に行きたいって云ってさ」
「……ああ、神埼さんのところの」
「栞ちゃんのママが作ったお弁当をみんなで食べたんだよ。そうしたら私、食べ過ぎちゃってさ!」
「……」
「藍銅ちゃんっていう新しい友だちと二人でダウンで大変だったよ。あはは!」
パパの表情が曇ってる。
「智優。もう少しで中学生なんだから栞ちゃんみたいに女の子らしくしたらどうなんだ」
「え!?」
「食べ過ぎでダウンなんてだらしない。そういう時は率先して片付けをしなきゃダメだぞ。大体……」
勇気を出して話し掛けたというのに私の話を聞いて共感する素振りもない。酷い仕打ちだ。
湧き上がる怒りに任せて肺いっぱいに酸素を吸い込む。
「私、そんな話がしたかったんじゃない!いつもいつも何で私の話、聞かないの!?パパ、サイテーだよ!!」
叫ぶと同時に2階の自室に駆け込んで乱暴に扉を閉めてしまった。1階からママの怒る声が聞こえたが無視してベッドに突っ伏して泣いていた。
泣いている本当の理由は分からないけど、私は泣き続けた。
半年ぶりに話し掛けたのにやっぱり会話が成り立たない。パパと会話ができなくなったのは5年生の終わり頃からだろうか?
パパが何か云うとつい反発したくなってしまう。理由は分からない。今までと同じことを云われてもカチンとくるのだ。
パパが家にいる時はツンケンしたやり取りをしてしまう。関係を修復したいけど出張でタイミングが合わなくてズルズルと今日まで来てしまった。久々に会えたから仲良く話しができるかと思えば、私の話を聞かないなんてあんまりだ。
あんまりだ。あんまりだ。あんまりだ……
ベッドの上でイライラしたり、しょんぼりしたり、どうしようか考えたりしているうちに夜が更けてしまった。部屋の外では駆兄ぃが帰ってきた音が聞こえるが、私は部屋から出ることができない。
泣き腫らした目を擦りながら悶々としていると部屋の外にお盆を置くような音がした。ママが夕飯を置いてくれたのだろうか?今はダメだ。もう少し時間が経ってから受け取ろう。変な意地を張ろうと、どんどん自分を袋小路に追い遣っていく。
窓から月の明かりが差し込み、灯りの消えた暗い部屋を照らす。
本棚の上に置かれた魔法少女の変身グッズの箱が見える。一昨年前、パパにねだって買ってもらったことを思い出したら、また涙が溢れてきた。
何で会話できなくなっちゃったんだろ?
私、おかしくなっちゃったのかな??
……コツン
……コツン
窓に何かが当たる音が聞こえる。
なんだろうと思って窓に近づくと、隣の家の屋根の上でカタパルトみたいな装置で大きめの石を投げようとしている黒猫ロムの姿が見えた!!
慌てて窓を開けて危なっかしい猫に問い掛ける。
「な、な、な、何しようとしているの!?」
「くくく。見れば分かるというもの。投石じゃな」
「石、大き過ぎだよ!窓、割れちゃうよ?」
「小石くらいじゃボン子が気付かないから大きくしてみたわい。コイツが当たればボンヤリしてはおれまい」
「そんな石、当たったら死ぬわーーー!!!」
ボンヤリしてる私を馬鹿にする憎たらしい黒猫を見たら少し元気になってきた。
「ふっ!楽しそうなところ悪いが、敵が現れたぞ!!野伊間家の館に集合だ」
ああ、このオッサン口調のロムと同じようにパパと話せたら、どんなに気が楽なことか。
私の悩みは解決しないけれど周りは私を待ってくれないようだ。私は憎たらしい黒猫に導かれ、夜の町に飛び出していった。




