第42話 有栖川家、鬼退治の一族
――有栖川重工業研究所、社会科見学ルート説明室
「いやいやビックリさせてゴメンよ。赤城くんもそんな美味しいリアクションしなくてもさ〜」
俺が吹き出したコーラが鈴偶智優のツンツン髪から滴り、ぶんむくれ。そりゃそうだ。オッサンが吹き出したコーラを浴びたら俺でも良い顔はしない。俺は謝りながら見学者用備品からタオルを探して智優に渡す。
「困りますよ、有栖川さん。急に突拍子もない事を云って驚かせては。ほら皆さん、目を丸くしてるじゃないですか」
「おやおや何だい〜?研究者なんて所詮は奇人変人に都合の良い通り名なんだから、研究者たる私を舐めてもらっては困るな」
(初対面の子どもに向かって妙ちきりんな話題を切り出されてコッチが困るわ!)
私は空気の読めない、ニコニコ顔の有栖川東彦に冷ややかな一瞥をくれると神埼栞、辻村拓人に大人の言い訳とフォローを行った。二人は東彦の容姿と発言のギャップに驚いて開いた口が塞がらないようだ。
ん?だが顔は真っ赤だぞ?
「何も急におかしな話を始めたわけじゃないんだよ。それじゃ頭がおかしい人だからね」
(十分に頭がおかしい人だよ!)
「うちの藍銅を世話してくれたお礼に不思議な昔話をしてあげようかな」
東彦は傷だらけのメガネを右中指で押し上げると、机に頬杖を付いて前のめりの姿勢に直った。
「むかーし、むかし。そうだね、時は平安時代、『宇部の乱』っていう戦いが鎮圧されて都が落ち着いた頃、とでもしておこうか」
「『宇部の乱』ですか!ぜひ聞きたいです!!」
混乱と警戒で曇っていた神埼の表情が一気に明るくなる。
「『宇部の乱』で反藤原勢力が一掃された都は安泰となるはずだったんだけどね、反藤原勢力の代わりにトンデモない輩が出始めたんだ。それが『鬼』ってヤツだね」
「『鬼』、ですか?」
「うん、『鬼』 ああ君、空想かよ、みたいな顔しないで聞きたまえ」
ウンザリした表情の辻村に広げた両手を押し出すように動かして宥める。いちいち芝居がかったアクションを取る男だな。
「当時の都の警察、検非違使なんかが頑張って『鬼』と戦っていたんだけど叶わなかったんだ。数打ちの太刀を振るっても傷一つ付かないんだもの。それで考えたのが名工、栗田口一族の1人である榛綱に特別誂えの太刀を打ってもらえば鬼に勝てるんじゃないかと」
興味の真ん中にストライクした神埼は東彦以上に前のめりに食い入っているが、辻村は引き気味。鈴偶に至っては眠そうに舟を漕ぎ始めた。
「そうして打った太刀の一つが君たちもご存知の『鬼恋丸榛綱』さ。この太刀は特別でね〜。目論見通りの切れ味で『鬼』の討伐に大成功したんだよ」
「ええ!知ってます!!」
「ただね〜。ちょっと厄介な特性があって。持主の『恋力』を切れ味に変換するんだよ。巫山戯た刀だと思わないかい?」
「それは空想物語の中の話じゃ」
「煩い黙れ!小童!!」
神埼の爛々と輝く瞳は瞬時に獲物を捉えた肉食動物のような目に変わる。しょんぼりして黙る辻村を見ていると力関係がハッキリと分かった。
男なら負けるな!辻村!!
「そういえば烏丸神社で『鬼恋丸榛綱』は見れた?」
「いえ、見れなかったんですよ。私が山登りで疲れて倒れてしまったもので」
「それは災難だったね〜。運動不足かな??普段から心がけないと体力はつかないものね。僕?僕かい??運動なんてするわけないじゃないか。外を歩いただけですぐに息切れさ。あっはっは」
東彦のひょろひょろの腕、猫背の姿勢、土気色の顔色、何ひとつとっても健康や運動とはほど遠いことは見たまんま伝わってきた。
「じゃあガッカリする前に下山して正解だったかもね。だってあそこに『鬼恋丸榛綱』なんて置いてないもの」
「え!?だって烏丸神社の御神体ですよ??みんな『鬼恋丸榛綱』を拝みに聖地巡礼してるのに」
「じゃあ、どこにあるのか?ヒントは昔鬼退治をした者の名前かな。君たち分かるかい?」
「楓御前さま……」
「そう!楓御前!!当たりだよ。今どきの小学生は勉強してるね!え?『鬼國蒐集』ってなんだい?私はマンガ、アニメには詳しい方だけどBLはちょっとね〜」
神埼の顔は「『鬼國蒐集』はBLじゃない!TSだ!」と訴えたそうだったが話の腰を折らずに聞き入っていた。
「で、その楓御前の子どもたちが有栖川、斯波、美上、多磨の4つの家に分かれるんだ。そして4家は代々、鬼退治を生業としてきたんだよね」
「ははーん。有栖川ってもしかして有栖川さんがその一族の末裔とか?」
私が冗談交じりに茶化してみると東彦の表情は至って平生、語気乱れず答える。
「その通り。で、私が有栖川家の次期当主、有栖川東彦ってわけさ」
さすがの神埼も話が飲み込めず混乱した様子で辻村の方に目線をやる。辻村の方は何かのスイッチが入ったかのように目を見開き、口元に手を当ててブツブツいっている。鈴偶はスイッチが切れたように居眠りを始めていた。
うおーい、少年!!いや間違えた。少女!!
「困ったことに私は生まれながらにして病弱でね。剣を振るうなんてとんでもないことだったんだ。そして剣豪の血筋は遺伝しなかったようでへっぴり腰も良いところさ」
東彦は遠い目をして昔を語る。
「後継者なんて関係ない、兄貴に任せておけば良い、なんて安心していたところで兄貴が死んでしまったんだ。そう。『鬼』との戦いに破れてね」
「え!?『鬼』なんていないでしょ!」
「くくく」
東彦は問い掛けには応えない。ただ嫌らしく笑うだけだ。どこまでが正しく、どこからが間違っているのか?戯言には思えない言葉の強さに混乱が深まるばかりだった。
「兄貴が『鬼恋丸榛綱』を使いこなせなかった原因は『恋力』不足。ふふん、さっきは笑われたけど笑い事じゃないんだよ。『鬼恋丸榛綱』を使いこなしたかったらね」
東彦は頬杖を崩してもう一度、メガネを押し上げる。どうもフレームが歪んでいるようで幾ら直してもずり下がるのだ。
「でだ。剣の力が無い僕が見出した活路、それが藍銅というわけさ。ん?話が繋がらないって??」
「僕が作り上げたAliceシステムは『鬼恋丸榛綱』がコアになっているのさ。そして藍銅はAliceシステムをベースに稼働しているんだよ」
「稼働って藍銅ちゃんは普通の女の子じゃ?」
「ふっ……」
3人に沈黙が訪れ、鈴偶の寝息が響く。
「でもね。苦労に苦労を重ねて形は整ったが肝心の『恋力』不足がどうしても補えない。『恋力』は純度の高い初恋が望ましいんだけど大人じゃ無理なんだよ、初恋なんて」
「は、はあ〜」
トンデモ話の途中から神埼の興味は失われたようだ。大人を憐れむような視線が東彦に送られる。俺はそんな大人にならないように気を付けよう。絶対!
「え?僕かい?まあ妖精が見える年にはなったけど、初恋なんてとっくの昔に破れて捨てたよ。あっはっは!」
「妖精???」
東彦は胸ポケットから煙草を取り出し、一本引き出すとケースをトントンと叩く。ほんの少しの会話のつもりだったのか、子どもの前では吸わなかったのだが、そろそろ限界のようだ。
「君たちには悪いと思っている。だが、君たちくらいの子どもの恋が力となって鬼退治に役立つんだ。どうか許して欲しい……」
「え?何の話ですか??」
「恋データの採取。ほら藍銅のカチューシャって少し変わってるでしょ?あれで、ね」
一向に話が見えない様子の神埼に対して何かが繋がったように青ざめた顔の辻村だった。
「今日はお話しできて良かったよ。引き止めてしまって済まなかったね。でも藍銅に良い友だちがいることが分かって安心したよ。え?お昼の痙攣と泡吹きは何だったかって?今、ログを解析しているところだが……」
東彦は大げさにパンッと手を叩くと
「正午あたりから『食い過ぎ』のアラームが止まらなくなっていたから、それが原因だろう!!」
ぶぶーーーーーーーーーーーー!!
今度は東彦に向かって勢いよくコーラを吹き出す神埼と辻村だった。
ふ〜。予備のタオルはあったかな??




