第41話 研究者は恋バナに萌える
――有栖川重工業研究所付近の上空
有栖川セキュリティサービス(通称ASS、アッス)異形対策係のメンバーと烏丸山山頂で合流し、ゲストの少年少女たちとターゲットのアンドロイド試験機を乗せると輸送ヘリは耳が痛くなるような大音量の羽音で離陸を始め、山頂の大きな石が小さくなるほど上昇した後、旋回して方向を修正すると有栖川重工業研究所へ向けて飛び立つのだった。
はっきり云ってASSは合法的な組織ではない。自衛隊の制式装備に比べても重装であり、なかには表立って見せられない有栖川重工業謹製の特別品もある。この気象観測衛生に扮した地上全域監視システム『ジャヤンタ』と連動したゴーグルデバイスが最たるものだ。
(少年少女たちへの配慮が無いのは所詮は子どもの記憶と侮っているためか?これだから研究者というやつは……)
狭い輸送ヘリの中、辻村くんと神埼さんは空の旅を楽しむ余裕もなく意気消沈して俯き、不規則な振動や揺れ耐えるようにして目的地に辿り着くのを待っているようだった。
時折、大きくヘリが揺れると席から腰が浮いて飛び上がりそうになっている。大人用に設計されたシートはベルトが緩すぎるようだった。
グッタリとした二人に対して興味津々で私にちょっかいを出すのは鈴偶智優。先ほど拳を交えて私の強さが分かったからか、再び手合わせしたくてしょうが無い様子だ。自分よりも遥かに強い「本物」と戦ったことがないのだろう。まあ、一般人ならば戦闘員との実戦経験はなくて当然だろうが。
加賀チーフ以下、ASSメンバーも想像以上に若いゲストに戸惑い緊張している。どうやら少年兵が平然と投入されるような酷い戦場を想定した訓練が必要そうだ。
そんなことを考えているうちに研究所敷地内の離着陸スペースへ誘導するライトが見えてきた。研究所上空は山と異なり横風が無いコンディションだったため、機体の揺れは少なく、ゲストの身体に負担が少ない着陸となった。
輸送ヘリが着陸し、後部ハッチが開くと研究スタッフが乗り込んできて搬送ベッドに縛り付けられた藍銅と呼ばれたターゲットが降ろされる。少年少女たちが友だちのように接していると本当の人間の少女ような気がしてくる。アレはあくまでアンドロイド、有栖川重工業が開発中の新型兵器のはずなのに……
そしてスーツを着た身なりの良い男たちが少年少女たちを誘導し、研究所へ移動するようだ。本日の我々の任務は終わった。大人の遠足みたいなものだと思っていたら、子どもの遠足の引率をすることになるとはな。やれやれだ。
――有栖川重工業研究所、社会科見学ルート説明室
おかしい、俺の仕事は終わったはずだ。
なぜ社会科見学ルートの説明室で少年少女たちと一緒に有栖川東彦を待っているのだろうか?まるで本当に小学校の教諭になってしまったようだ。
先ほどまでの消沈ぶりは見る影もなく、三人はウキウキとして壁に描かれた研究所の説明資料や、巨大な模型などに夢中になっていた。
私はASSメンバーと共にヘリを降りて格納庫で武装解除し、メンバーを労っていた。
「赤城少佐、ご無事でなによりです!」
「飛龍か。どうやら全員揃って新人歓迎会ができそうだな」
「それも赤城少佐の地獄の訓練の賜物ですよ、がっはっは!」
加賀チーフの一言に蒼龍、飛龍、瑞鶴、翔鶴、龍驤、鳳翔のASSメンバー6人が大笑いする。欠員が無くてなによりだ。
さてシャワーを浴びたら新人歓迎会は手羽先でも食べに行くか!などと考えていると、先ほど子どもたちを誘導してたスーツの男がやって来て急ぎ正装へ着替えて研究所へ来るように通達を受けた。
悔しいが宮仕えの悲しさよ。加賀チーフへ後のことを任せると、何故呼ばれたか解せないままサイズの合わないピチピチのスーツに着替え、研究所へ向かうのだった。
「ねー、赤城おじさん。いつまで待てば良いの?」
「藍銅ちゃんは大丈夫なのでしょうか?」
「おい、見てみろよ!すごい研究してるなココ!!」
私は苦笑いをして好き勝手騒ぐ子どもたちを受け流した。
(いかん、やっぱり無理。元気になった小学生は厳禁だ。煩くて敵わない。早く退散して新人歓迎会に行きたいぜ……)
「いやー、色々とすまないね〜。もう少しの辛抱だから我慢できるかな?」
応接室の扉が開くと不遜な物云いの男が部屋に入ってきた。
ヨレヨレで染みの消えない白衣。何日洗っていないか分からないオーラの漂うボサボサの髪。そしてニヤニヤした顔でメガネの奥の目は笑っていない。マッド・サイエンティストを体現したような男、有栖川東彦上席研究員だ。
神埼さんと辻村くんは有栖川を見るなりビクッとして萎縮する。対して鈴偶はプッと吹き出し「博士だ!」と笑っている。おおーい!偉い人の前だよ!!
「ああ、楽にして、楽にして。僕は子ども相手は苦手だからさ」
東彦は私の方をチラリと見た。ああ、子どもたちとの橋渡しで私を呼び止めたのだな。「俺だって苦手だよ!」と出掛かったセリフをグッと抑えて素知らぬ顔で双方を眺めていた。
「私は藍銅ちゃんと遠縁でね。今日は急に倒れて心配になってしまったから、君たちとお話ししたくて」
「はい、全然大丈夫ですよ」
発見当初は動転していた神埼さんだが、既に気を持ち直しており、東彦の言葉にハキハキと受け答えする。元々、しっかりした娘のようだ。
「君の名は?」
「神埼です。神埼栞といいます」
「ああ、君が神埼さんか!?良いデータをありがとう!」
「???」
「いや、こちらの話。まあどうぞ、飲みながら話そう」
東彦はニヤリと笑うと応接テーブルに運ばれてきたペットボトルのジュースを勧めた。三人はペットボトルを開けると口を付けて飲み始める。元々、山登りした後だったから疲れていたのだろう。気持ちは戻ったのだろうが、二人の顔色からは疲労が読み取れる。もう1人は……、元気そのもののようだ。
「ところでみんなは恋してるかな??初恋はお済みかな?それとも現在進行形??いやー、私も君たちくらいの時はね――」
ぶーーーーーーーーーーーーっ
東彦の唐突な問い掛けに私はジュースを吹き出してしまった。
「わーーーーー!!!!赤城おじさん、超キタナイよ!!!ひんひん」
私が水鉄砲のように吹き出したジュースを浴びて鈴偶が悲鳴を上げるのだった。




