第39話 有栖川セキュリティサービス(ASS)
――有栖川重工業所有 強襲輸送ヘリ、降下兵待機スペース
俺のコードネームは赤城、本名は公文書に残っていない……。
俺は東北の貧しい農村の七男として生まれた。子どもの頃、日本全体がナントカ景気で賑わっている最中、俺の故郷は恩恵を受けることなく日々の暮らしに追われ、毎年の豊作を祈りながら慎ましい暮らしをしていた。
幼い頃の思い出といえば近所のガキどもとじゃれて喧嘩をし、負けて帰れば親父に激怒されて殴られ「勝つまで帰ってくるな!」と云われて追い出され、納屋の藁の中で夜を明かしたことくらいだ。
そして常に空腹で死にそうだった。今となっては微笑ましい思い出だ。
中学を卒業する半年前、親父が死んだ。今でいう過労死だ。村で離農離散が相次ぐ中、村人全員が食うに困らないよう空いた田んぼや畑を耕して普通の人間の何倍も努力した結果だったのだろう。
六人の兄姉たち。兄は必死になって親父の残した田んぼと畑を継ぎ、姉は嫁ぎ先に協力を要請して何とか維持できる見通しがたった。そこに至り初めて父親が抱えていた仕事の大きさを家族が痛感するのだった。
そして俺は、これ以上家族の負担になりたくない一心から中学卒業後の進路は自衛隊に決めた。
名前が書けたばっかりに地獄行き。昔、マンガで読んだセリフを思い出すような人生の岐路だった。
陸上自衛隊に入隊した後は泥水を啜り、ネズミの死骸を食うような訓練を繰り返し、晴れてレンジャー部隊に所属することとなった。
平和な世の中ならば訓練に明け暮れて退役を待つのが一般的な勤めになるのだが、運悪く、いや運良く、C海南部の都市で起きた非人道的暴力を鎮圧する国際活動を人道的支援する役割が回ってきた。自衛官は訓練の最中に誤射や誤爆などで命を落とすケースが多い仕事だと考えれば、運が良かったと思えなくもない。
派遣先はC海南岸に位置する都市だった。建前は国際的に主権を認められる国家だったが、現実は過去の宗主国がいまだに土地所有者のごとく横暴に振る舞い、明るい未来などミリの隙間も見えないような国だった。だが宗主国が豊かなうちはそれでも恩恵を受けることができる。アジア経済の劇的な発展を受けてヨーロッパ経済は落ち込み、結果は末端組織の国も苛烈な貧しさを強いられることとなった。
そうして「真」の独立運動に火が灯り、内戦が始まり、宗主国で収まりがつかなくなったため、国連の「国際活動」が始まり、日本の自衛隊も海外派遣に至るのだった。
思い出したくもない思い出ばかりなので割愛するが、結果から云うと自衛隊の野営陣地の横に砲弾が炸裂した。運良く私は左腕を失うに留まったが仲間は先にヴァルハラに旅立つこととなった。
半壊した病院の一室で左腕切除の手術後の痛みと熱にうなされている中、ケツを蹴り上げたくなるような背広組の青二才が見舞い来て通達を受けた。内容は現時点を持って私は戸籍上は死亡扱いとなり、今後は有栖川重工業へ転職するならば早期帰国が可能となる旨だった。戦地の医療体勢を考えても死を待つばかりであることは明白だったから、青二才が差し出した承諾書の文面を禄に読まないままサインをした。
自分の名前が書けることに後悔したのはコレが2度目だ。
有栖川重工業に転職し、セキュリティサービスという部門の所属になった。自衛官が退官後に就く警備員の仕事の類かと思ったがそんなわけはない。何せ私は戸籍上は死んでいるのだから。
失われた左腕は有栖川重工業製 特殊任務用義手の試験という名目で補われることとなり、日常生活に困らないこととなった。まさに捨てる神あれば拾う神あり、ということだ。己の信心深さに感謝するばかりだ。
有栖川セキュリティサービスでの業務はアフターサービスという名目の元、戦場に赴き自社商品の納品先を様々な形でサポートをすることだった。必死で業務を遂行しているうちに年を取り最前戦から外され、仰々しい名前の部署の閑職に回されることとなった。あとはリタイヤを待つばかりだったはずなのだが……。
「……赤城少佐、聞こえますか?」
骨伝導イヤホン越しに同僚の加賀が話し掛けてくる。
「ああ、聞こえているぞ。そして私は少佐ではない。オーバー」
私の耳に大笑いが聞こえてくる。冗談の一つも云えない者は早々に、黙って、惨めに退場する。冗談の一つが云える者は満足気に、納得して、だが早々に退場する。余談だが、早く退場できない者ほど己の強さに病んで苦しむばかりだ。
「俺たちが出動するなんて余程のことですかね?」
「さあな。仔細は聞いていない。指示に従うまでだ」
「はは!その冷静さ!往年の働き、期待していますよ!!」
加賀は同じ自衛隊のリタイア組で私よりも少し後に有栖川重工業へ転職した。詳しくは聞いていないが自分と同じような境遇のようだ。自衛官だった当時の階級と入社年次の違いから先輩後輩を意識して接してくれるのはありがたい、そして心強い同僚だった。
少佐は自衛隊時代の階級を昔風に云い替えたジョークであり、カイシャでは管理職、マネージャーとでも云うのだろうか?
「おい、新人!ビビってるのか!?」
加賀は私のチームに新しく配属された蒼龍にちょっかいを出している。
「良いか、新人!ビビったら最後だ。イチモツ掴んでおっ立たせろ!!」
「りょ、了解であります!加賀チーフ!!」
俺は89式小銃の感触を確かめる。目を瞑っても忘れられないこの重み、鉄と硝煙の匂い……。ヴァルハラに旅立つ時には忘れることができるのだろうか?
先行する小型ヘリより無線報告が入る。
「ウーロンよりオレンジへ。目標地点が目視できました!!サーモ反応、3人の人間を確認!!信号ロストしたターゲットの姿も確認できます。降下準備願う!」
「オレンジ、了解」
小型ヘリが上昇して進路から消える。観測データの受領が完了し、我々のゴーグル型デバイスへ送り込まれる。目標地点は烏丸山の山頂だ。
「加賀。そろそろ到着だ」
「ラジャ」
「皆。緊張している者はイチモツを揉め!」
「「「「「「「了解!」」」」」」」
一斉に小隊の成人男子8人が股間を掴み、荒々しく玉と竿を揉みしだく!
もみもみ、もみもみ、もみもみ……
「少佐、目標地点見えました!」
「各自、落下準備、始め!!」
「了解!!」
有栖川セキュリティサービス、通称ASSの精鋭達は股間から手を離すと降下口へ移動し、速やかに空中に飛び出すのだった!




