第38話 鬼の正体と深まる謎
――烏丸神社の境内裏、大きな石のある場所
慣れない電車の移動、ハイキングでお腹が空いていたのか?豪華な重箱に入った弁当の中身はどんどんと減っていき、すっかり空状態となっていた。子どもの腹が減っていたとはいえ、あれだけの量の食材を食べきることは困難で一重に偶然出会った梅月さんの助けに依るところが大きかった。というか神埼ママ、張り切り過ぎ?
(梅月さん、ちょっと変わってて無骨な感じだけど良い人っぽい。気持ちよく食事を食べる人に悪人はいないっていうしね。でも何だか昔の服装が気になるな。分かった、神社の神主なのね!)
神埼栞は倒れるところを助けてもらった恩人、梅月さんに興味津津の様子。まるで酒坏でも持つかのような手付きで水筒のコップを持ち、冷たいお茶を感心しながら飲む姿をじっと見つめてしまう。
(神主だったら神社の由来にも詳しいはず!チャンスだわ!)
「梅月さん、お弁当いかがでしたか?」
「む。いやー、大層なご馳走だったよ。ずっと都に住んでいたから近隣諸国の美味いものを食べたつもりだったが。こんなに美味いものがあったなんて世間は広いもんだな!」
(都って東京都のこと?意外なところに住んでたんだな〜)
「喜んで頂けたら良かったです!」
「うむうむ」
「ところで梅月さんは烏丸山とか神社の昔のことって詳しいんですか?」
「昔……?ああ、私の……は昔になるのか。うむ、恐らく他の者よりは詳しいぞ」
梅月はアゴをさすりながらイタズラっぽく笑い栞の問い掛けに答える。途中聞き取れなかったが気にせず質問を続ける。
「あ、あの!ずばり烏丸山に鬼っていたんですか!?」
「また歴史と小説がごっちゃになってる。『鬼國蒐集』だろ〜。現実世界に鬼なんていないって」
智優と藍銅は食べ過ぎでグロッキー状態。ほっぺたを大きく膨らませてタコみたいに口を尖らせてレジャーシートに横たえている。話し相手がいない辻村拓人が栞と梅月の話に加わってきた。
「鬼なんていない……、か?そうでもないぞ、少年よ」
「は?え、鬼ですよ!ファンタジーじゃないですか?想像の世界ですよ!!」
「やっぱり、鬼はいたんだわ!だったら楓御前様も!!」
「楓御前もおったの。あのヤンチャ者のお転婆だろう。本当に手の焼ける女子だったわい。女だてらに太刀なぞ振り回しおって」
「それは『鬼恋丸榛綱』ですよね!」
「うむ、そんな名前の太刀だったか」
突拍子もない法螺話に広がって頭を抱える拓人の横には瞳からキラキラ星が溢れんばかりの栞。だが拓人には梅月の芯が通った緊張感のある雰囲気が、子どもに嘘偽りを吹聴しているようには思えなかった。
「うん、まあ鬼の話にはカラクリがあるんだがな」
「え??」
「ここに茶がある」
梅月は先ほどまで飲んでいた水筒のコップをずいと栞と拓人の前に突き出す。
「中身は茶であるが……、これは『不老不死の霊薬』だ。さあ少年も復唱しなさい」
「これは『不老不死の霊薬』だ?」
「じゃあ、一緒に10回復唱しよう」
……(復唱中)
「では、少女よ。この霊薬を飲んでみたまえ」
「??? ……はい」
コップを受け取り、恐る恐る口をつけて飲み干すとお茶の味が妙で身体の内部が熱くなるような気がしてくる。栞は首を傾げる。
「うむ、少女よ!今からそなたは不老不死じゃ!」
「まさか!!」
一瞬信じてしまった栞が思わず声を上げる!それを聞いた梅月は意地悪そうに笑う。
「安心しなさい。これはただの茶であるし、そなたは不老不死にはなっておらん」
「もう意地悪いイタズラは止めて下さいよ!」
「ああ、そういうことか……」
誂われたと思い、頬を膨らませて抗議する栞の横で何かに納得したように手を打つ拓人。
「つまり鬼は人が思い込むことで現れたということですね?」
「その通りだ、少年よ。歴史とやらを見てみなさい。当時は藤原一族の専横に不満を持つ者たちで世の中が不安定だったのだよ。そんな色々な輩が跋扈する中で鬼の噂が出てくれば、の」
「水が霊薬になったように、何者かが鬼になるのだと」
「何だかおかしいわ。いなかったはずの鬼が今も伝わり、あたかも存在していたかのように扱われるなんて」
「そこはホレ、少年のいうファンタジーというやつだよ。口伝から文書になったのだろ?」
梅月の豪快な笑い声が響くが煙に巻かれたような感覚の栞と拓人は一休さんのように頭をくりくりして悩んでいるのだった。
「そして鬼を切ったと伝えられる太刀『鬼恋丸榛綱』が烏丸神社に納められ御神体として祀られているというわけですね?」
「うむ?確かに『鬼恋丸榛綱』は鬼といわれるモノを切ったが、烏丸神社の御神体ではないぞ」
「え!?だって烏丸神社は鬼と化した英霊、宇部兼頼を祀った神社では??」
「己を切った太刀と一緒に祀られるのでは安心して寝ておれんの。全く困った伝承だ」
「???」
「『鬼恋丸榛綱』ならば、そら。そこに」
梅月が指さした先にあるモノ。
急に甲高い音が鳴り響き、栞と拓人は耳を塞ぐ。烏丸山の木々に留まっていた野鳥が一斉に飛び立ち、枝を弾く音、鳥の羽ばたく音が広がる。間を空けてから地面に生息する動物たちも鳴き声を上げる。
高周波のような音が弱まり、ゆっくりと耳を塞いだ手を外し、瞑った目を開けて辺りを確認すると、有栖川藍銅が痙攣しているではないか!
<温度異常発生、温度異常発生!クーリング限界突破、なお内部温度上昇中!Aliceシステム、緊急シャットダウン開始>
異常事態に気付いた拓人は藍銅の傍に駆け寄って重い身体を持ち上げる。
「有栖川!有栖川!おい、大丈夫か!?」
拓人が声を掛けても藍銅の痙攣は収まらない!西洋人形を思わせるような青い瞳は上瞼の裏にひっくり返り、口元からは洗剤の量を間違えて洗濯機を回した時のように泡が溢れ始めている。
「きゃーーーー!!!藍銅ちゃん!藍銅ちゃん!」
「神埼、どうしたら!?こんな時、女子はどうしたらいいんだ!!?」
「分からないわ!少なくとも、こんなの女子特有の身体反応じゃない!!」
パニックの二人を他所に藍銅の痙攣は徐々に収まり、代わりに身体の何処かから白煙が上がってきた。
「梅月さん、助けて!!どうしたら良いの!?」
必死の思いで栞が振り返ると、そこにいたはずの梅月の姿は雲散霧消しており、水筒のコップだけが残されていた。
しばらくして山の向こうから小型ヘリコプターの音が聞こえてくるまで、二人は呆然としてシートの上にヘタり込むしかできなかった。




