第37話 もっと王子様に甘えたい!
――烏丸山の山頂、烏丸神社境内裏にある大きな石の前の広場
徐々に神埼栞の意識が戻ってきた。
おでこにはひんやりと冷たいものが乗っている。時折、強い風に頬を撫でられて心地良い。風の鳴く音とともに鼻歌が聞こえてくる。どうやらアニメソングのようだ。
頭を動かそうとしたが固いクッションに挟まっているみたいで上手く動かない。でも心地よい感触なので無理に動かすのを止める。
太陽をいっぱい浴びた衣類と牛乳石鹸の香りが少しだけ鼻孔をくすぐる。どちらも栞を幸せな気持ちにさせる王子様の香りだ。
軽く髪を撫でられ、ツンツンと頬を突かれる。もう少しこのままでいたかったけど、栞はゆっくり目を開けることにした。
「栞ちゃん、大丈夫??」
鈴偶智優の心配そうな顔が栞の顔を覗き込んでいた。栞から見ると智優の顔は上下逆さま、膝枕されてたことに気付いた。
「……だめ」
「まだ、辛い?」
「ううん、身体は大丈夫」
「本当?良かった!急に倒れちゃったから心配したよ。体調がおかしいと思ったらすぐに云わなきゃ、だよ」
「うん。ゴメンね、智優ちゃん」
「起き上がられる?」
「……だめだよ」
「ん?」
「今は王子様にもう少し甘えたいの……」
「あはは。いいよ、私のお姫様」
栞は肩に添えられた智優の手の上に自分の手を置き、大きく広がる空を眺める。視界の端に智優の横顔が映る。それは凛とした顔立ちの優しい美少年、……もとい美少女だった。
自然と胸の鼓動が高まる。今の状態を意識すればするほど恥ずかしくなり息苦しくなる。でも離れたくない。いっそ時間を止める魔法を使って二人の時間を止めてしまい、悠久の時を一緒に過ごしたいと思う。
(なんて云ったら王子様はどんなリアクションするのかな、ふふ)
傍で二人の雰囲気をぶち壊す声が聞こえてくる。
「おー、神埼が目を覚ました?大丈夫かー?運動不足なのに無理し過ぎなんだよ、まったく。もう腹減ったからさ〜。さっさと起きてランチにしようよ。食べたら元気になるよ、たぶん」
「栞チャン、藍銅お腹空いた!エネルギーチャージ!!」
「はっはっは、無事で何よりだ!おや、顔が真っ赤だぞ?」
辻村拓人、有栖川藍銅、そして水干装束の男はワイワイと栞の傍に寄ってくる。
栞はおでこの水に濡らしたハンカチを掴み、不機嫌そうに、名残惜しそうに智優の膝枕から起き上がると一点を指差しながら声を上げる!
「うるさし!落ちろ、カトンボ!!」
「!!!」
素早く内股になり男子の急所を手で押さえる拓人だった。
うん。栞ちゃん、元気そうで何より。
栞は水干装束の男に深々と頭を下げてお礼をしている。
その横では拓人と智優と藍銅はレジャーシートを広げてランチの準備中。重箱を開けると神埼家特製の唐揚げや稲荷寿司、おにぎりが子どもたちだけでは食べ切れないくらい詰まっている。こうしてランチが食べられるのも拓人が頑張って巨大な風呂敷を運んだおかげなのだ。
「あの、もし良かったらお礼に一緒にランチは如何でしょうか?」
「大人が子どもを助けるのは当然のことだよ。私は当たり前の振る舞いをしただけさ」
「いや、お礼もなんですが、実は……」
恥ずかしそうに広げた重箱を指差す栞。男は大量のご飯と子どもたちを見比べてプッと吹き出す。栞の真意が伝わったようだ。
「そうさな。素敵な女性に昼食を誘われて断るのも無粋。頂くとするかの」
男はそういうと袖を払ってレジャーシートに胡座をかき、優雅に微笑むのだった。
「「「「いただきまーす」」」」
「ふむ。開始の合図は『いただきます』、か」
4人が両手を合わせて声を合わせていただきますをするのを不思議な顔で眺めている。普段、何も云わずに食べる行儀が悪い人なのか?
「うむ!!美味い!!何だ、この料理は!?」
「それは鳥の唐揚げだよー。神埼家の特製は美味しいんだから!」
「鳥?これが鳥なのか?全く獣臭くないぞ。それどころか香ばしい!これは何の味だ??」
男は唐揚げを頬張ると驚きの声を上げる!今まで唐揚げを食べたことが無かったのだろうか?精悍な顔を綻ばせ、興奮気味に神埼家特製唐揚げを絶賛する。神埼ママの勝利だ!
「生姜とニンニク、あと変わった酒の匂いがする。何より旨味を感じるのは……、まさか醤か!?」
(醤って、醤油の略かな?不思議な口ぶりのひとだな〜)
「ええ、ほとんど当たりですよ。あとは隠し味にごにょごにょ……を入れれば完璧です!」
「え?神埼さん、最後のところが聞き取れなかったんだけど」
「だから隠し味にごにょごにょ……を入れるって」
「え?だから聞こえないんだけど」
「煩い黙れ。あ、失礼。ふふ、黙って食べたら良いと思うわ、辻村くん」
「ひゃい……」
口元を手で隠して笑うけど目がマジだ!調子に乗って栞に慣れ慣れしく話し掛けたらハードルが高くてビックリの拓人だった。ガンバレ、めげるな拓人!
「栞チャン、めっちゃヤバいヨ!」
「え?藍銅ちゃん、味がおかしい??」
「もしかしてヤバいって美味しいってことじゃない?」
「えー、何でもヤバいっていう若者みたいだよ〜」
「唐揚げ、ヤバい!稲荷寿司、ヤバい!」
瞳をグルグルさせながら口いっぱいに唐揚げと稲荷寿司を頬張る智優と藍銅だった。大食い競争は禁止!
「この稲荷寿司というのは変わっておるな。飯を包んでいる皮は植物か??」
「これは油揚げというものですよ。何ていうか、ほら。大豆を加工して油で揚げた物というか」
「さぞかし苦労して作る物なのだろうな。うむ、甘くて美味いぞ!」
男は稲荷寿司を摘むと豪快に口の中に放り込む。普通のサイズよりも大きいはずだが、一口で一個まるまる収まるほどに男の口は大きいようだ。礼儀作法なぞ感じさせない無骨さだが、憎めない愛嬌を感じる不思議な雰囲気を備えていた。
「えへへ。おじさん、本当に美味しそうに食べるから嬉しいな!ママがいたら大喜びだったよ」
「うん、飢えることなくこんなに美味い飯が食えるとは日の本は良い国になったものだ。良かった。本当に良かった……」
「ところでおじさんの名前は?」
「ん?先ほど呼んだではないか?」
「???」
「ああ、この時代でも忌み名というわけか。では梅月とでも呼んでもらおうか」
「梅月さん……、素敵な名前ですね。ほら、おにぎりやサラダもありますよ」
「む、素敵な名前とは。そちらも頂くかの」
烏丸神社の境内裏で昼食の楽しそうな声が響くのだった。藍銅に近づく影があることに気付かずに……




