第35話 鬼殺しの太刀『鬼恋丸榛綱』
――土曜日の早朝、JR翔北線舞金駅ホーム
舞金駅は都会の駅に比べると驚くくらい小さい。南口と北口の改札口があり、駅の中に入るとすぐに急な階段がある。駅の敷地が狭いため階段の傾斜を急にせざるを得なかったのだ。
階段を登り切ると今度はホームに降りるための階段がある。階段を登ったり、降りたりさせる駅の構造はとても不親切で利用者から不評だった。特に遅刻ギリギリの電車に乗り込もうとする舞金南高校の生徒は毎朝、階段ダッシュを強いられ電車に乗り込む時には太腿の痙攣が収まらない状態だった。
今は土曜日の早朝。幸いにして舞金駅には遅刻寸前の高校生はダッシュしておらず、どちらかというと真面目な高校生が部活の朝練に向かうために整然と並び次の電車を待っていた。
そんな高校生が電車を待つ反対のホームで大きな重箱を包んだ風呂敷を抱える男の子が立っている。風呂敷は自分の荷物を詰めたデイパックの倍近い大きさがあり、手で持つにはかわいそうなくらいアンバランスだ。
一生懸命、風呂敷を運んでいるのは辻村拓人だった。
「拓人、大丈夫?少し持っただけで死にそうな顔をしてるよ?」
鈴偶智優は心配そうに拓人の顔を覗き込むが、そこは男の子。「大丈夫!」の一言しか云わないのだった。
今日はかねてより計画していた烏丸山のハイキングの日。神埼栞の強い希望によりみんなで『鬼國蒐集』ゆかりの聖地を訪れつつ、新しい友だち有栖川藍銅と交流を図る予定だ。
神埼ママは腕によりをかけて神崎家特製の唐揚げ(下味の漬け込みがポイント)を作り、原色に近い色鮮やかな野菜を合わせて一段目に詰め、そして大きめの稲荷寿司と具の種類に拘ったオニギリを二段目に詰めて重箱を完成させた。最後はレトロな風呂敷で包んで準備万端だ!
神埼パパは愛娘に良いところを見せるためにワンボックスカーを出してお友だちの家を周って乗せ、駅まで届けてあげるのだった。
舞金駅のロータリーで車を止めた後、自分の荷物を持って下りる4人。拓人は加えて重箱の風呂敷包みを持ち上げるが……、見かけ以上の重さに嫌な焦りを感じつつ、ヘタレと笑われたくないので余裕を繕って持ち上げるのだった。頑張れ、男の子!
「じゃあ、帰りの電車が決まったら電話するんだぞ」
「分かったよ、パパ」
「ハイキングコースとはいえ、山なんだから気を付けて登るんだぞ」
「分かったよ……」
「それにしても晴れて良かったな〜。ねえ、鈴偶さん?今度、また飲みましょうってお父さんに伝えておいてね。それと辻村くん。今日は男の子一人だから大変だけど女の子たちを守るナイト役を頼むよ。それと……」
ぺらぺらぺらぺらぺらぺらぺらぺらぺら……
「分かったって云ってるでしょ!ぐだぐだ話が長くてシラケるから早く消えて!!」
パパの顔を睨みながら乱暴に車のドアを閉める栞の顔は鬼女のような凄みを感じる表情だった。折角、良いところを見せようと娘のために頑張ったのに全く報われない神埼パパだった。しょぼーん……
「さ、行こうみんな!」
「う、うん……」
栞が振り返るといつもの柔らかい表情。さっき神埼パパに見せた顔は何だったのだろうと思いつつも触れてはいけない話題は忘れることにする拓人だった。栞ちゃん、怒らせるべからず。
軽装の女子3人と風呂敷を抱えた男子1人がJR翔北線の烏丸山方面行きの電車に乗り込む。
翔北市の南東に位置する県庁所在地を中心に県内を循環する形で走る主要線も同じ翔北線という名前だが、智優たちが乗ったのは枝分かれして県内の外れに繋がっている電車で、名前は同じだが別物だった。
ちょうど舞金駅まで運行している電車は4両編成の荘厳な様相だったが、烏丸山方面行きは待機していた2両編成の牧歌的な電車に変わるのだった。ちなみに舞金駅よりも北は単線の無人駅で改札口に木製の切符投函箱が置かれているのだった。
ちなみにそんな電車でも『鬼國蒐集』の聖地を詣でる腐女子で一杯で、今は乗車率は200%近いんじゃないだろうか。
素早く乗り込み4人掛けの席を確保して一息ついたところで藍銅が嬉しそうに話し始める。
「智優ちゃん、栞ちゃん、あと拓人くん。今日は土地に不慣れな私のためにありがとうデス!」
「あ、いいのいいの。元々、私も聖地に行ってみたかったし〜」
「……『私が』、の間違いでは?」
「ん?拓人くん、何か云った?声が小さいの直した方が良いよ〜」
「みんなでハイキング楽しみだ〜」
「もう、智優ちゃんは『お弁当が楽しみだ〜』でしょ?」
みんな友だち、明るくノリノリでわくわくなのだった!
「ところでみんな予習してきた!?」
「えっと、何のだっけ??」
「もー、予習忘れは学校だけにしてよ、智優ちゃん。日本史の予習でしょ?」
栞の瞳にはアニメの演出で出てきそうな丸い星がキラキラと輝いていた。
「しょうがないな〜。魅惑の女教師 栞ちゃんが日本史の補習しちゃおうかな!」
「え?う、うん」
「まずね、今からハイキングに行く烏丸山って平安時代の終わり頃に戦場になった山なの」
「あ、なんか聞いたことがあるよ!何だっけ、ほら……、『宇部の乱』だ!」
「そうそう。何だ智優ちゃん、覚えてるじゃん。当時、朝廷で勢力を誇った藤原家の保有していた辰砂の鉱山が烏丸山で、反藤原家を掲げる有力氏族が宇部兼頼を筆頭に烏丸山を占拠したことに始まったのが『宇部の乱』」
「あー、それそれ」
「結局、首謀者の宇部兼頼は裏切りにあって殺されて反乱は失敗したの」
「うん」
「その殺された場所が烏丸山へ続く狭路の途中でね。左右を崖に囲まれた道で藤原家の大群を待ち伏せして奇襲しようとしたんだけど、一緒に奇襲するはずの仲間は動かなくて結局、単独で突撃して討ち取られちゃったの。悲しいー!」
「と、ここまでが史実。だよね、神埼さん?」
口を挟んだ拓人のことをキラリと見つめる栞。「史実」の一言に対して何か云いたいことがあるようだが、冷静に受け流して話を続ける。
「それでね、烏丸山の麓に着くと山頂に向かって鳥居がずらーっと並んでるの!何だと思う??」
3人の答えを待つ前に栞は説明を続ける。
「宇部兼頼の祟りを恐れて祀った烏丸神社に続いてるの!もー、ほんとに映えるから皆んなで写真撮ろーね!!」
「思い出大事!撮ろう撮ろう!!」
「結局、宇部兼頼は死んだ後、英霊となるけど、無念の怒りで鬼に化けて裏切り者の子孫、楓御前に呪いを掛けたの。最後に楓御前が鬼を斬り殺した太刀というのが、その神社の御神体『鬼恋丸榛綱』ってわけ!萌える〜〜〜」
何故か周りの乗客から拍手が上がる。そういえばこの電車、私たち以外は聖地巡りの腐女子さまばかりだった。
「って、おい!途中から日本史じゃなくなってるよ!!」
「もー、拓人くん。男の子が細かいこと云わない方が良いと思うよ。揚げ足取ってるとモげちゃうよ」
「何がモげるんだよ!」
ツッコミを入れつつ男子の急所をガードする拓人だった。
「アレ、でもおかしいデスネ」
「ん、どうしたの藍銅ちゃん?」
「神社なのに御神体が不在とハ」
「やだな、ちゃんと在るんじゃない。神社の本殿の奥に」
「ダッテ、『鬼恋丸榛綱』は有栖川家で……」
藍銅のセリフが終わる前に電車はガタガタと揺れながら目的地である烏丸山に到着するのだった。




