第32話 恋愛ラノベは教科書だ!
――放課後の図書室
舞金小の図書室は校舎とは独立した建物で、少ない蔵書に反して何故か面積が広い。恐らく設立当初は図書が充実した小学校を目指していたのだろう。
購入予算が少ないせいなのか、新しい本は滅多に入庫されず、昔から配架されている本はくたびれて破れ、本を綴る縫製が崩壊しかけたようなモノも散見された。図書係は受付の仕事以外に本の修復作業も行っており、さながら博物館の研究員のような役割を担っていた。ちなみに何故か競争率2倍以上の人気の係だった。
そのような状況を打開するために考案されたのが寄贈された本で蔵書を補完するシステム『蔵書補完計画』だ。在学生のみならず、卒業生からも本の寄贈を募り、本棚を充実させていく試みは好評を博している。親から買い与えられて即お蔵入りしたような真面目な本がある一方で、大切な小遣いで購入したラノベと云われるイラストがたくさん描かれた本も多く寄贈され、予算では購入されないような本が読めるとウケているのだ。
また、寄贈した人は未成年に限り、休日かつ時間帯限定で舞金小に来校し、図書館を利用できるシステムとなっている。本が好きな中学生、高校生は読み終わった本を寄贈し、寄贈された本を借りて新たな刺激を受けている。
市営の図書館では実現のハードルが高いが、小学校の図書室ならば融通がきくので実現可能な循環システムだった。
その図書室で辻村拓人はラノベを読み耽っている。学校の帰り道は塾に通う予定なのだが、放課後すぐに学校を出ても塾の授業の開始時間までは空き時間があり、どこかで暇つぶしをしなければいけないのだ。だから時間を持て余した小説好きの拓人にとって楽園のような場所に籠もるのは必然的な結果だったのだ。
寄贈されたと思しき、まだまだ真新しいラノベのページを捲る。
(うーん、なるほどな〜。高校生男子と小学生女子がゲーセンのゲームで対決するのか。青春モノなんだけど年齢差が特徴かな)
普段、難しい小説も嗜む拓人にとって読みやすいラノベはマンガのようなもの。すいすいとページを捲っていく。
(たぶん、鈴偶はこういう青春小説を読んだことないはず。勧めたら楽しんでくれるかな…… いけない、また鈴偶のことを考えてた……)
「……ねぇ、辻村くん」
びくん!!!
拓人は油断していた。コミュ障で友だちが少ない自分に声をかける人間など居ないだろうと思っていた。だから夢中で本を読んでいる最中に近づく者がいるなどと考えもしなかったのだ。それも無音で。
拓人が本から目を話して見上げると、そこには黒くてキューティクルのあるストレートのロングヘアー、知的で愛嬌のある大きな瞳、見るものに安らぎを与えるような癒やし系の笑顔。
クラスのアイドル的な存在、そして鈴偶智優の親友、神埼栞がいた。
「ど、どうしたんだよ。急にビックリするだろ」
「私の方こそビックリしたわよ。もー、辻村くんってお茶目なんだから」
「お茶目?あ、あ、ああ、お茶目なんだよ、きっと」
拓人の横の席に座る栞は何故かニコニコ笑っている。普段、直接接したことがない拓人は緊張が高まっていく。
(な、何を話せば良いんだ?また余計なコト、云ってしまうかも……)
「ねえ、辻村くん」
「ひゃ、ひゃい」
「あら?緊張しなくても良いのよ。ふふ」
「もしかして辻村くんって智優ちゃんのこと好きなの?」
緊張のあまり隠すことを忘れて頷いてしまった。
「へー。ほー。ふーん。そうなんだ〜」
「……何だよ。悪いか?」
栞は笑顔で答える。
「智優ちゃんは親友だから、辻村くんのこと、応援してあげるね!」
「え?本当??」
「ほんと、ほんと。だからね。色々と協力しましょ」
「わ、ヨロシクお願いします……」
栞は食事にありついて小躍りする猫のようなキラキラ輝く視線を送りながら、拓人に確認する。
「で、今は教科書で勉強中?」
「いや、勉強じゃなくて娯楽だけど……」
「え、それって教科書じゃないの?」
栞に問われて読んでいたラノベの表紙を見せる。
「ラノベだよ、ラノベ。だから勉強ってわけじゃ……」
「何云ってるの、辻村くん。ラノベって教科書でしょ?」
「は?な、なにを?」
「小学6年生じゃ恋愛を経験した人なんてほとんどいない。そうでしょ?だったらどうやって勉強するの?テレビドラマ?いやいや、あんな年寄りのイチャイチャを見せられたって私たち小学生の恋愛には毛先ほどにも役に立たない。そう、正解。拓人くん、なかなか良いセンスしてるわ。ラノベよ、ラノベ!ラノベで想像力を膨らませて脳内で恋愛をシミュレーションし、実戦に備える。これっきゃないわね。あとはジャンルとシチュのパターンを網羅していけば恋愛攻略も容易いものだわ。そもそも本を読むということは……」
ぺらぺらぺらぺらぺらぺらぺらぺらぺら……
「……だからラノベは教科書!」
栞の発する言葉の洪水をまともに受けて頭がクラクラして目が回る拓人だった。そうだ、ラノベは教科書だった!
「で、辻村くん。その教科書ってどんな本なの?」
「高校生男子と小学生女子がゲーセンのゲームで対決しながら恋愛っぽいシチュエーションが…」
「素晴らしいわ!!」
栞はいきなり拓人の手を掴むと涙ぐみ始める。
「わ、私、感動したわ!辻村くん、とても勉強熱心なのね!!自分を高校生に見立てるところなんて心憎いわ。そうねぇ、男の子って本質は小学生も高校生も変わらないものね!!」
「あ、ああ。ありがと……」
(そんなつもりで選んだんじゃないけど、エラいことになってきたぞ)
栞は溜まった涙を拭いながら無理に微笑みを作る。その視線は一緒に幾つもの戦場を潜り抜けた戦友を讃えるような熱気を帯びていた。
「ねえ、辻村くん!」
「は、はあ」
「智優ちゃんってモテる割に恋愛脳ができてないでしょ?だから私たちで教育《洗脳》したら良いと思うの」
「え?はあ……」
「辻村くん、よく智優ちゃんに小説を貸してるでしょ?」
「う、うん……」
「貸し出す小説をね、徐々に教科書に変えてったら良いと思うの!」
「は、はあ」
「最初だから、アレも良いし、コッチも捨てがたいな。うーん……」
江戸川乱歩の小説に登場しそうな狂気を備えた女子が爛々と恋愛モノのラノベを選ぶのだった。
(本当は恋愛なんて好きなジャンルじゃないんだけどな……)
「ん?何か云った?辻村くん?」
「ぴっ!いや何も!」
心の呟きがキャッチされて飛び上がらんほど驚く拓人だった。慌てて取り繕い、パッと浮かんだアイデアを云ってみる。
「あ、あ。どうせだったら鈴偶にラノベ版の『鬼國蒐集』を貸してあげるのってどう?」
「それよ!TS恋愛の勉強にピッタリだわ!!」
「へ?普通の恋愛じゃなくて??」
「えへ☆」
――同時刻、校庭の鉄棒
「へっくし!」
ずるっ!どて!!
「アリャ、智優ちゃん、大丈夫カ??」
藍銅と鉄棒競争しながらクシャミをして落ちる智優がいたとさ。




