第30話 有栖川重工業からの依頼
――舞金小6-2教室、朝のホームルーム
相変わらずパッとしない風体の担任 二宮先生が、学校では見たこともないような少女をクラスのみんなに紹介する。いや、学校だけではない、街中を探しても見かけない風貌、顔や体格の全てに至るまで異常に均整の取れた美しい少女だ。
「……というわけで、有栖川重工業さんから研究協力の要請を受け、急遽本日から皆さんと一緒に学校生活を送ることになりました有栖川藍銅さんです。では有栖川さん、自己紹介をよろしく」
「本日から舞金小6年2組に着任しましたコードネームAsdf…、いえ間違えまシタ。有栖川藍銅といいマス。ごく短期間のデータ収集……、げふんげふん。また間違えまシタ。学校生活となりますが皆さんと仲良くできればと思っていマス。宜しくお願い致しマス」
藍銅のショートボブの髪は少し赤みがかっている。そして大きな瞳の色は原色に近い青色。そして角のような形の黄色いカチューシャ。赤色、青色、黄色がコントラストになり、信号機を思い出してしまう美少女だった。
小学6年生の平均的な体型より華奢な身体を折り曲げて藍銅がペコリと頭を下げるとクラスから歓迎の拍手が湧いた。
「あー、アイツは!もがっ!!」
藍銅の姿を見て何か思い出した安蘭未流が叫ぼうとしたところを隣の席の野伊間詩芙音が瞬間芸で口を塞ぎ、「ダ・マ・レ!」と目で合図を送る。口を塞がれた未流は泣きそうになりながらコクコクと肯くことしかできなかった。
「えーっと、じゃあ有栖川さんのお世話をお願いしたいんだけど、誰か立候補者いるかな?」
(……ん?お世話って何だ??)
クラスの誰もが心のなかで疑問符が浮かび静ま返る。そんな雰囲気の中で元気よく手を挙げる少年がいる。いや少年のような女の子がいる。
鈴偶智優だ!
「はいはーい!楽しそうなので私やります!!」
「えーっと、誰かお世話を頼めそうな人は、っと……」
「先生!ほら、私がいるよ!!」
担任の二宮先生は智優のアピールをやんわりとかわしていたが、タメ口にムッときたようで思わず反応してしまった。
「鈴偶さん、『いるよ!』じゃなくて、『いますよ!』でしょう!もう仮にも女の子なんだからもっと淑やかな口調で話さないといけません!」
「せ、先生。私、仮じゃなくて本当に女の子なんですけど……」
クラス中がドッと湧くが藍銅は意味が分からずキョトンとしていた。世話好きの智優はまだ発展途上(前途有望?)の胸を張って立候補をアピールしている。
(ピッ!『鈴偶智優』、登録完了。女子?男子?性別判断機能、エラー発生!)
「他に立候補する人はいませんか??」
改めて静まり返る教室。面倒なことを避けようとするのは大人も子どもも同じで、誰もが机の上や明後日の方向を向いて嵐が過ぎるのを待っている。
「あ、じゃあ俺も有栖川さんの世話役やります」
クラス中のみんなが一斉に新たな立候補者の方を見る。意外な立候補者、それは……
辻村拓人だ!
「おお、珍しいな、辻村くん。いやいや、積極的な姿勢は大歓迎だ。じゃあ鈴偶さんと二人で有栖川さんのお世話を頼むよ。では改めて二人にも拍手を送ろう!」
厄介な事案が解決したことも相まって二人は少し大きな拍手喝采を浴びることになった。
(お世話って何するんだろう?まあ、これをキッカケにもう少し鈴偶と仲良くなれたら良いな)
拓人の気持ちに薄っすらと気付いたのか、恐ろしく冷ややかな視線を送る存在がクラスの中にいることに、拓人は気付いていないのだった……
――数日前、舞金小の校長室
田舎の小学校ゆえの限界か、舞金小の校長室は小ぢんまりしていた。天井近くの壁には歴代の校長の写真が飾られているが、部屋が狭いため5人までしか飾られていない。
(来年は私の写真もあの片隅に飾られるのだろうか)
舞金小の校長は今年59歳、定年退職まで1年を切っている。公務員を無事に勤め上げたのちは趣味の家庭菜園を充実させるために、公営のレンタル畑を借りるプランを練るのが目下の楽しみだ。
明るい未来に現実逃避を行わなければやっていけない。それは校長職になっても変わらない、むしろ職位が上がった副作用でプレッシャーとストレスは大きく、そして強くなっていくばかりだ。それが教職員の現実だ。
日々の安息を願って止まないが、脅かす存在は突如として現れて厄介事を持ち込んでくる。
「有栖川重工業で開発中のアンドロイドのAI学習に協力して欲しい、と?」
目の前に座るくすんだ白衣の男、有栖川重工業の有栖川東彦上席研究員はタバコの煙を吐き出しながらニヤリと笑う。
「ええ、その通りです。いや〜、理解が早くて助かります」
「失礼ですが、有栖川重工業といえば兵器メーカー。生徒に危険が及ぶようなシロモノへの協力は賛同しかねます」
「あっはっは!まさか、まさか。確かに我々は兵器メーカーですが、小学生のお友だちに危険が及ぶようなことを企む常識知らずではありませんよ」
(常識知らずだから兵器なんて開発できるんだろうが!)
校長は喉元まで出掛かった言葉を飲み込む。
「昨今の事情。オンライン授業の環境を整えるのに苦労されているのでは?」
「!!!」
「私は地域の発展に協力したいわけですよ」
校長は下唇を噛む。図星なのだ。
本来あるべき教育の姿に向けて東奔西走するが、県の教育予算はもっと大きな街の優良な学校へ優先して配分される。舞金小のような生徒数が多いだけの新興住宅街の学校は最低限の予算しか割り当てられない。そしてサラリーマン層を中心とした家庭からは多額の寄付など期待もできなかった。
「で、具体的に何をしたら良いのですかな?」
「なに簡単なことですよ。私たちが開発したアンドロイドを小学生と一緒に過ごさせてAI教育を行いたい。それだけです」
「多感な時期の子どもたちに妙な刺激を与えたくない、と考えていますが……」
「それについてはご心配なく。うちのアンドロイドは小学生とほぼ同じ見た目で、同じような行動ができます。そうですね、つまり……」
「つまり?」
「変わった転校生がきたようなものですよ!あっはっは!」
(何が『あっはっは!』だ。だが背に腹は変えられない。予算の見通しが絶望的な状況を打開する好機と見るか。たとえ失敗したとしても、もうすぐ定年の私が責任を取れば被害最小。ならば……)
「分かりました。協力要請の申し出、受けて協力させて頂きます。その代わり寄付の件、お願いしますよ……」
「もちの、ロン!ですよ!!」
答えを聞くや否や有栖川は大きく膝を打ち、喝采をあげる。そして握手を求め右手を差し出す。握手する校長の視線の先には歴代校長の写真たち。
(私の写真はあそこに並ばないかもしれないな……)
校長は悪魔と契約した愚かな人間の物語を思い出すのだった。
「いや〜。助かりますよ!我社の研究機関ではリアルな初恋シチュのAI教育なんてできませんから」
「は?」
「いやだから初恋。ファーストラブってやつです」
「は?何を云って……」
煙草を燻らせ、口角を釣り上げながら、頬を桜色に染める有栖川からは真意が読み取ることができなかった。




