第17話 噂を操る者、人を操る者
――夜が更けた頃、舞金小の用務員室。
学校から間借りした用務員が寝泊まりするための部屋は掃除が行き届いておらず、お世辞にも清潔とは云い難い。嗅覚が人並ならばどことなく部屋から漂うカビの匂いに眉をしかめるところだろう。
用務員の佐藤譲は探知魔法を使って自分の手下となる『影』の適合者を探すのに躍起になっていた。先日、ロジカル・シフォンとの戦いで失った『影』を補うための適合者を探し、戦力を作り出すことが目下、緊急の課題だ。
(クソっ!!『影化』の条件に合致する人間を見つけるのも一苦労だぜ)
じょりじょりと無精髭を摩りながら、貧乏ゆすりが止まない。
佐藤の手のひらには魔法で展開されたドーム状の羅針盤が広がり、その中心には光の矢印が現れたり、消えたり、太くなったり、細くなったり、更に色も七色に変わりながら目の回るような変化を繰り返していた。
「ね〜え、私 退屈だわ〜。一体いつになったらロジカル・シフォンに戦いを仕掛けるのかしら??」
「っ!!!!!」
無我夢中。探知魔法に集中していた背後から急に声を掛けられ、佐藤の心臓が止まりそうになる。
メガネを掛け、素っ気なく髪の毛を束ねた女、臨時教員の笹塚愛美が佐藤の横から割り込み、手のひらの探知魔法のドームを覗きみていた。
笹塚のせいで集中力が切れて2時間苦労した探知が台無しになり大声で怒鳴りたくなるが、熱い思いをぐっと押さえ込み、なるべく丁寧に応対しようと静かに深呼吸を繰り返す。大人の対応、大事!
「も、申し訳ありません!マダム!!今晩中にでも『影』の適合者を探して次の戦いに備えます故、ご容赦を……」
「マダム?……」
「?」
「マダム!?……」
「ひっ!!し、失礼しました。レディ!!」
「勝手に年寄りみたいな呼び名を使わないで。全く油断もスキもあったものじゃない」
呼称を訂正する直前、笹塚から溢れた魔力が極細い棘となり、佐藤の目玉に刺さりそうになるギリギリのところまで迫っていた。女性の呼称、大事!
「まあ、『影』は『黄昏時の告解室』の噂の効果を試し、ついでに『モーダル』の連中の相手をするためだけの駒。暇つぶしの実験に過ぎないから急がないわ、ふはははん」
「はっ!」
(くそ、人の苦労も考えずに簡単に云いやがって!これだから偉いヤツは……)
「何か云いたいことでもあるのかしら??」
「っつ!鋭意努力いたします!!」
鋭い指摘に……が蕾むような思いになる佐藤だった。
「それよりも重大な事案は『英霊の復活』よ!こちらは昨日今日でぽっと湧いた噂で現実化できるものではないから、準備を怠らないよう入念に頼むわ」
「その事案につきましても烏丸山を中心に翔北市内へ『英霊の噂』を拡散中ですので徐々に現実化の力を帯びてくるものと思います」
「ええ、期待しているわ」
笹塚の表情の乏しい形だけの笑顔に冷水を掛けられるような思いを感じる佐藤だった。
急に辺りに花びらが舞い上がり、バラの濃い匂いに包まれる。ハッと思い、顔を上げると先ほどまでそこにいた喪さい女は消え、全身に密着する黒いボディスーツに身を包んだ派手な女が立っていた。
「暇で暇で死んでしまいそう。だから退屈で死んでしまう前に自分の死に場所を探してくるとするわ!後のことは頼んだわよー」
「はっ!私めにお任せを」
長いマントを翻して全身を包むと女の姿は消え、用務員室は花びらとバラの匂いだけが残されていた。
「何かというと上役って『頼んだ』しか云わねーな。それにしても大量の花びら……。誰が片付けるんだよ……。って俺しかいないか。頼むから邪魔しないでくれよ……」
用務員室には呆然と立ち尽くし、涙目になっている佐藤だけが取り残されていたのだった。
◇◇◇
――悪ガキたちの楽園、秘密基地
「全く分からねぇ……
俺は鈴偶が好きなのか??
でも女装した鈴偶を見ても……」
小学校が終わった後、いつもように秘密基地に集まる悪ガキグループ。リーダーの花田透と5年生の金谷樹と座間波阿斗。ただ、いつもと違うのはそこに透の親友、東海林貞男がいないことだ。
「ちゃーっす。あれ、今日は透クンだけっすか?」
「……ちわ。腹減った……」
「ああ、貞男のやつ、今日も家の手伝いがどうこう云ってさっさと帰りやがった。今まで欠かさず集まってたのによ」
透はボロテーブルの上に足を投げ出した姿勢で文句を云っている。樹と波阿斗も定位置のボロ椅子に座り、ふんぞり返る。
「そりゃ、ツレないですね〜。貞男クン、どうしちゃったんだろ?家の手伝いっつっても商売やってるわけでもないのに妙な話ですネ」
「だよな〜。あいつがいねーと大切な食料(菓子のこと)が揃わねーしよぅ」
「ヒデー、貞男クンの心配より菓子の心配ですか?」
「だって、ほら」
透が指した先には腹が減って我慢できなくなった波阿斗が既にポテチに手を付けてモリモリと食べ始めているところだった。
「全くリノベの後は何を作るか話し合いたかったのによー。もう卒業まで時間が無いっつうの」
「えっ?透クン、中学行っても秘密基地仲間じゃ!?」
「おいおい、中学行ってまで小学生の秘密基地なんて付き合えるかよ?」
豪快に笑う透だったが、樹は不満げに口を尖らしている。
「いつまでも悪ガキグループの仲間じゃないっすか〜」
「バーカ、いつまでも一緒なわけないだろ。お前たちは次の仲間を探して秘密基地を引き継いでいくんだよ」
「は、はあ」
「いつまでも終わらない悪ガキの城!な、いいだろ!」
「うわー、頑張って後輩を探さなきゃならんっすね」
腕を組んで唸る樹の横でポテチを口いっぱいに頬張った波阿斗がブンブンと頷いていた。
「ところで透クン……」
「あ、どうした?樹?」
「こないだ話した舞金中の不良グループの件」
「ああ、胸くそ悪そうな話な。何か動きでもあったのか?」
「うちの家、商売やってる関係で商店街の店の話が聞こえてくるんですよ。で、うちの親が聞いた話によると最近多いらしいんですよ、コレ」
樹は人指を伸ばして鍵字し、クイクイと曲げた。
「やけに勿体ぶるな。コレって何だよ?」
「『川中様』ってやつですよ」
「はー、何云ってんだお前!?川中ってどこのどいつだよ!?」
「川中ってのは『買わなか、った』、つまり万引きのことをさす業界用語ですよ」
「はあ??」
樹は一般人は知らないであろう業界用語を自慢したくてしょうがない素振りで透に説明していた。透は何の話が始まったのか分からず混乱するばかり……
「最近、舞金中の不良グループが商店街をウロウロするようになったらしいんですよ」
「ああ」
「店の中で集団で騒いだり、明らさまな動きをするものだから、どの店も中学生たちを警戒して監視してたんですけど一向に尻尾をださない。まあ、思い過ごしかと思って放っといたら、売上と在庫の計算が合わない日が増えてきたみたいで」
「でも監視してても中学生は何もやってないんだろ?それでどうした??」
中学生が何かやってる。それは直感で分かるのだが具体的に何が起きているのか、さっぱり分からず首を捻る透。
「で、ですね。おかしいと思って防犯カメラの録画を見ると中学生が騒ぐ日はいつも同じ少年がいるらしいっすよ」
「あー、そいつがグルやったんじゃねーか?で、どうした?」
「透クン、驚かないでくださいよ……」
樹は身を乗り出して透の目の前に迫る。樹の表情は真剣そのもので、透は思わずツバを飲み込み次の言葉を待つ。
「……その少年っていうのが、どうも貞男クンっぽいって話なんですよ」
透は耳を疑った。貞男とは散々、イタズラしてきた仲間だから知っている。彼は人に迷惑を掛けるイタズラこそすれ、人の物を盗ったり、人に重大な傷を負わせたり、犯罪者となるようなことは嫌っていた。いわゆる『一線』は超えない、それが俺たちの暗黙のルールだったのだ。
それが何故……?
「いや、まだ貞男が関わっていると決まった訳じゃねえ!この件は俺が預かる!!」
「俺も貞男クンがやったとは思いたくねぇ。透クン、頼みましたよ!」
「……貞男クンの分の菓子、足りない……」
空気を読まない波阿斗の頭を引っ叩く樹だった。
(貞男、一体何があったんだ?関係ないって云ってくれよ)
貞男のことで頭が一杯になり、鈴偶のことで悩んでいたことなぞ、すっかり忘れてしまった透だった。




