5
ぐちゃっ
それは、グラウンドの端に落ちた。
中央から流れていく真っ黒な血は、はっきり言ってとても醜い。
それが少しずつ砂に染みていく様を見ていると、身体中が高揚する。
あんなに可愛らしい顔をしているのに、今はこんな姿になって──足や腕やらが変な方向に曲がりくねり、結われて艶やかだった髪は、一瞬で解けてバラバラになっていた。それに、頭から落ちたのか、出血が酷い。多分、頭は完全に潰れている。
その為表情は見えないが、きっと絶望していたに違いない。
「あ、死んじゃいましたね」
学園の屋上。
フェンスに身を乗り出して、真下に視線を下ろす。
ぐちゃぐちゃになった哀れな少女の死体を上から見下ろしたアスターは、溜め息を吐いた。
「私がお嬢様を好きだと……貴方は大分、馬鹿ですね……」
眉を顰めてその醜くなった姿を見下ろしていると、何だか自分が誰よりも上にいるような、そんな気がした。
そして慣れた手つきでポケットから白い棒のような物──屋敷では禁止されている煙草を取りだし、火を着けてその端を口に含む。
「お嬢様……」
一人の時は、彼女のことを“お嬢様”と呼ぶ。
名前なんて、呼びたくもない。
唇の隙間から細い灰色の煙を吐きながら、もう一度笑みを浮かべた。
それは、夜空をゆらゆらと昇っていく。
どこか不安定で、それがとても美しい。
「貴方のような小娘が、生半可な気持ちでお嬢様を手に掛けようだなんて……許しませんよ」
同じポケットから、小さな紙を取り出す。
それは小さな写真で、仲の良さそうな家族の姿が映っていた。
アスターは歪んだ笑顔を更に歪ませ、小さく呟く。
「私がお嬢様に抱いているのは、決して好意ではありませんから」
いつもの仮面のような笑顔を浮かべ、彼女の姿を思い浮かべる。
「お嬢様を地獄に堕とすのは、いつだってこの私でなければ」
写真には、死んだ両親と姉の笑顔が写る。
────母と姉は、殺された。
「さぁ、最初は……母さんを殺した公爵夫人。貴女からだ──その次は、姉を殺したお嬢様。……貴女、ですよ」
これは、ただの恋物語のような可愛いものではない。
孤独な少年が、スペンサー家を堕とす為の物語である。
「そろそろ帰りますか…お嬢様が怒っているようなので」
アスターはいつも通りの無表情に戻ると、煙草を床に放り投げて踏み付ける。
そして、ポケットからもう一枚、今度は手紙のような物を取り出した。
「実は、文字を真似るのは得意なんですよ」
楽しそうに独り言を呟き、上機嫌でその紙をフェンスの手摺に巻き付ける。
フィリスの文字を真似て書いた遺書は、誰かが見つけてくれるだろうか。
「では、失礼しました」
誰も居ない屋上に手を振りながら、アスター・ナイトベルは何処か寂しげな屋上を去っていった。