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ある日の夕方。
窓からはオレンジ色の夕日が差し込み、その光が交差する。
「ベル……私、どうしたらいいのかしら」
屋敷に帰った後、ついつい弱音を吐いてしまった。
アスターにそんなことを言っても仕方ないと言うのに、止まらなかった。
「お父様も、お母様も……このままじゃ、スペンサー家を落としてしまう……」
どうしよう……泣きそうになる。
すると、アスターは口元に歪んだ笑みを浮かべた。
悪魔のようなその微笑みを、そこから溢れ出る都合の良い甘い言葉を──マリアンヌは、まだ知らない。
「そうですね…………では、私がどうにかします。ですから、学園には行きましょう。数時間だけでも構いませんので」
甘く、耳元で囁く。
「でも、」
学園へは、行けない。
行きたくない。
そう思うのは、いけないことだろうか。
マリアンヌが不安そうな表情を見せると、アスターは温かい紅茶を出してくれた。
「大丈夫、私も付いていきますから」
そう、笑いながら。
マリアンヌは、思わず頷いてしまうのだった。
**
翌日から、アスターと共に馬車に乗り通学、午前だけ授業を受けて帰るようになった。
正直言って、不安だ。
皆が、自分を嗤っている気がする。
悪口を言われている気がする。
フィリスが、ミスト殿下が、教師が、皆が、マリアンヌを、嫌っている。
これは、これだけは、気のせいじゃない。
「私が、何をしたって……」
ただ、少し我儘で、自分のことしか考えていなくて──嗚呼、皆、知っているのだ。
そうだった。皆、マリアンヌのことをよく理解している。
どうしようもない女だと言うことは、理解していた、筈だったのに。
アスターと登校するようになってから暫く経ったが、結果から言うと──何も変わらなかった。
『スペンサー家も随分堕ちたよなぁ』
教師や生徒から嗤われ、遂には婚約者のミスト殿下もフィリスの味方をした。
「婚約者だからと言って、これは見逃せないな」
ミスト殿下の隣で私を嘲笑うフィリスの顔は、生涯忘れることはないと思う。
そして、アスターと登校するようになって一ヶ月。
──アスターとフィリスが親しそうに帰る姿を目撃した。
いつもは、マリアンヌを待ってくれて、大丈夫ですよと不安を和らげてくれて。
そんな彼が珍しく
「帰りが遅くなるので先に帰っていてください」
と、目を逸らして。
──確かに、フィリス・プテアは可哀想な女だった。
でも、「あんな、あんな庶民の女に」
気付けば口に出していた。
こんなことになるなら、いっそのこと、本当に──
駄目だ。
『使用人にまで見放された』
『堕ちた悪女』
だとは思われてはいけない。
堂々と、鞄の持ち手を握りしめながら。
大丈夫、大丈夫。
「マリアンヌ・スペンサーは、あんな嘘吐きに屈するような女じゃないから」
そう言い聞かせた。
けれど、その後の事はほとんど覚えていない。
ただ、用意された馬車に無心で乗り込み、アスターより先に帰って、そのまま夕食も食べずにベッドに潜ったと言う事だけが確かだった。
「嘘吐き…ベル、帰ってこないじゃない」
時々目を覚ましてはそんな事を呟く。
膝を抱いて、目を閉じる。
明日が来なければいいのに、そう思いながら。




