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【完結】スカビオサの花束  作者: 白川雪道
スカビオサ
22/22

エピローグ




「これでいい? 姉さん」





 


 とうの昔に消えた彼女。

 ありもしない噂に呑み込まれ、存在していたかも分からなくなってしまった人。

 その存在すらも否定され、その度に曖昧な答えを出しては放置され続けてきた。

 ただ事実として残っている記憶さえも、今は色褪せて消えようとしている。

 あの人は、一体何者だったのだろうか。

 そもそも、本当に存在していたのだろうか。


 そんなことを考えながら、窓の外の景色に目を細める。

 側で妻に見守られながら、限界まで目を開けていようとその手を握り締めた。

 結婚してからお互いに年を取り、喧嘩した数だけ皺が出来た。

 元は黒かったその白髪さえも愛おしい。

「ありがとう。私は、君に見守られながら年を取れて、空に還ることが出来るんだ」

 自分の手を硬く握っていた彼女は、透明な涙を拭いながら微笑む。

「そうね。私こそ、幸せだったわ」

 そうだ。この笑顔が、好きだった。

 襟元のブローチはエメラルド色に光を反射させている。

 目を閉じると、目蓋の裏に緑色の痕がくっきりと残っていた。

 まだ、光を記憶することが出来る。

 まだ、自分は此処にいる。

 もう一度目を開けて、妻の表情を目に焼き付けようと微笑んだ。

「泣かないでくれ。病でなくとも、私はいずれこうなっていた」

 もう動かない手には一方的な暖かさが伝わって、それが切ない。

 そこでふと、思い出した。


 今もまだ鮮明な、あの日の記憶。

























 


 もう、何年も昔の話になる。

 町で見付けた彼女は、確かに笑っていた。

 その年で二十歳。

 思い出す度に、あの時自分がしたことは本当に正解だったのか。間違っていなかったのか、と何とも言えない気持ちになる。

 今もまだ、それに対しての答えが出ていない。

 でも、ただ一つ言えるのは──彼女は、幸せだったのだということ。


 腰のラインがくっきりと見える真っ白なワンピースを身に纏い、無邪気にクルクルと回っている。

 ──今思えば、隠れる気なんて、最初から無かったのかもしれない。

 これでいい、これでいいのだ。と、自身に言い聞かせるように胸を張って。少しも怖気付くことなく。

 彼女は、笑っていた。

 彼女を中心に視線が吸い寄せられる。だが、そこは一人の世界ではなかった。

 彼女を中心とした、彼女のために作られた世界。

 そんな言葉がぴったりと嵌まる。

 それくらいに、美しいのである。

 堂々と、軽やかに。

 頭から足の指先までが滑らかな動きを見せて、まるで天使のように。

 時々頭から浮かせる麦藁帽子には遊び心が見えるし、そこが可愛らしくて美しい。

 ──今から、何処かの誰かに会いに行くのだろう。

 両手で花束を抱えるその姿が、嫌でも目に付く。

 誰に渡すつもりなのか、或いは貰ったのか。

 考えても答えは出ない。いや、そもそも一つしか無いのである。

 細くて華奢な茎からは想像もできないくらい、大きくてきれいな花。真ん中が丸く盛り上がり、その周りにフリルのような愛らしい花びら。とても柔らかい。

 ふと、彼女の横顔が見えた。ふっくらとした白い頬には薄く紅色のチークが乗っている。

 はっと息を吸う。それ以上に出来ることなど無かった。

 彼女がそのまま白いスカートを翻したその時。

 花束から零れ落ちた花弁が軽やかに宙を舞った。

 それが頬を掠めて、擽ったいような焦れったいような気持ちが押し寄せて、思わず泣き出したくなってしまう。

 喉の奥に絡まった言葉が邪魔をして、本当に伝えたい意味を探せない。何と言うべきか分からない。話し掛けてもいいのかすら謎だった。

 意味を持たない声が掠れて零れ落ちる度に、これも駄目だと焦ってまた別の言葉を探す。

「あら」

 人々が込み合う大きな町中で、ただ一人の彼女と目が合った。

 黒髪が風に靡くその姿は、昔と全く変わらない。


「久し振りね」


 そうやって微笑んだ、気がした。

 

 

「スカビオサの花束」は、これにて完結となります。

ここまで読んでくださった皆様、ブックマークやいいねを押してくださった方、本当にありがとうごさいました。

またご縁がありましたら、次作もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一気に読みました。 面白かったです。 最後の一話が誰の目線なのか、エドワードなのか、アスターなのかわからなくて、終盤を何回も読み返してしまいました。どっちともとれる気がして。。 「これでい…
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