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翌日。
マリアンヌは珍しく早起きをして身支度を始めた。
「お早いですね……まだ時間は……」
「楽しみで眠れなかったのよ」
胸のリボンを整え、まだ時間はあるというのに完璧に身支度を終わらせてしまった。
「じゃあ、今日はとても可愛らしくしましょうか。時間も余裕がありますし」
アスターはそう言っていつものように、けれどもいつもより可愛らしく髪を纏めてくれたのだ。
なので、上機嫌で教室の扉を開くことが出来た。
マリアンヌが静かに席に着くと、周りの女子生徒たちは何故かマリアンヌの周りに集まって話し始めた。
「マリアンヌ様、私──」
「公爵様は──」
なんとも言えない悪い気分だ。媚を売られたり、親しいようなアピールを受けたり……
けれど、煩いと怒鳴ることも出来ない。
だが、スペンサー家の名に恥じぬよう、笑って誤魔化す。
社交界も面倒だが、学園も大変そうだ。
マリアンヌは唇を噛む。
ここにアスターが居ればいいのに……そんな事を思いながら。
「そうね」だなんて笑っていれば、大抵の事は流せる。
ふと、その中で庶民の女子生徒は頬を赤く染めて言った。
「あ、そうそう……マリアンヌ様の執事様、とっても格好良いですよね……入学式に偶然ぶつかっちゃって──で、」
アスターの、話だ。
そう。アスターは恐ろしいほど整った顔立ちで、それはそれは優秀なのだ。惚れるのも無理はない──が、
「マリアンヌ様?」
名前を呼ばれて我に返る。そうだ、返事をしないと。
ここは立場関係なく平等な学園。
庶民だから無視をしただなんて思われてはいけない。
「そうね、私もいつも助けてもらってばかりなの。とても優秀だわ」
仮面を着けるように笑顔を浮かべる。
アスターは、どうして貴方は此処に居ないのだろう……皆、こんなに彼の話をしているのに。
そんな事を思いながら女子生徒達と話していると、教師が扉を開けて入ってくる。
その教師は教室に入った途端、見下すような目で此方を見てくる。
「マリアンヌ・スペンサー。朝から呑気に話している暇があるなら、少しは真面目にやったらどうだ?」
マリアンヌはこの教師に言い返せない。何故なら、この教師は、マトゥスリー男爵、父の優秀な部下だから。皆からの信頼も得ていて、優秀。それに比べてマリアンヌの昔から変わらない我儘な性格は皆に知られている。
と、こんな風に見下されているのは、昔の行いのせい。
そして、今もそれを正せないせい。
この教師、マトゥスリー男爵がこんなに偉そうなのは、自分が教師と言う圧倒的有利な立場に居るからだ。そして、先ほど言ったようにマリアンヌは言い返せない。
何とかして良い成績を取って、ギャフンと言わせてやる……静かにそう誓った。やはり、頑固な性格は治せないようだ。
そんなこともあったが、アスターが居なくても学園生活は順調だった。友達と呼べる存在も少しは出来たと思うし、平和に毎日が過ぎていた──筈だった。
入学してから四ヶ月。とうとう事件は起こった。
いつも通り教室に入ったマリアンヌは、周りの他人行儀な態度に違和感を覚えた。
聞いた話だが、何故か
『公爵令嬢マリアンヌがとある女子生徒を虐めている』
と言う噂が広まっているらしい。
その、マリアンヌに虐められていたと言うのが
──同じクラスのフィリス・プテアと言う庶民の女子生徒だった。
実際、フィリス・プテアは周りから見て可哀想な女だった。
マリアンヌの前で転んだり、マリアンヌの近くで揉め事を起こしたり──何か失敗すると必ず、わざわざマリアンヌの前で泣いて、何故か謝られることも多い。
今日も、フィリス・プテアの教科書が破れていた。
フィリスは全く関係の無いマリアンヌの席までやって来て、必ず
「すみません、マリアンヌ様……!」
と破れた教科書を持ってくる。
皆に、マリアンヌがやったかのように見せている。
マリアンヌがやっていないと言っても、周りは何故かその噂を信じるし、フィリスを何度も慰めた。
勿論、マリアンヌは何もしていない。
「私は何もしていません」
と皆の前で無実を叫んでも、何故か皆フィリスを信じた。
そして、噂は校内をどんどん浸食していく。
『酷い』
『終わったな』
『放課後に呼び出して、罵声を浴びせたり水を掛けたりしたらしい』
マリアンヌの意志と関係無く広がっていく噂。
けれど、マリアンヌが我儘でどうしようもない女だと言うことは、皆知っている。
だから、誰もフィリスを疑わない。
マリアンヌはどうあっても、我儘で自分勝手で、意地悪な悪役なのだ。




