表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】スカビオサの花束  作者: 白川雪道
スカビオサ
19/22

3     



「エドワード、様」

 そうだ。寝室に現れたのは、お嬢様の弟であるエドワード。

 お嬢様の上に覆い被さるアスターを捉えた彼は、瞬時にアスターをベッドから引きずり下ろして床に押さえ付けた。

「姉様、首に傷が……!!どうしてこうなるまで合図をくださらなかったんですか!!」

 合図……まさか、

「いいじゃない。深くはないし、すぐに治るわ」

 お嬢様はその目を細めてベッドの上からアスターを見下ろす。

「感情を抑えきれず手を出したからかしら。見事に掛かったわね」

 罠、だったのだろう。

『ベル……雷が鳴っているから、私が眠るまで部屋に居てくれないかしら……』

 そう微笑む薄ピンクの唇。微かに震えていたのは、恐怖からではなかったのか。

 あの時から、既に。


「私は、嵌められたんですね」

 意外にも冷静に、そう理解できた。

 お嬢様は小さく咳き込むと、それを待っていたかのように冷たく息を洩らす。

「別に、エドワードにベッドの下で待機してもらっただけよ?貴方がこんなことをするだなんて、本当に思っていなかったから」

 そうやって、自身の血液が付着したナイフを拾う。


「何故……。何故、私がマリア様を殺そうとしていると?」

 それだけが、疑問だった。

 いつから知っていたのか。

「それは……貴方は知らなくていいことよ」

 何故かそこだけ、そうやって目を伏せた。

「……姉様! 屋敷の牢屋へ入れておきましょう」

 エドワードはしっかりとアスターの腕を捉えていて、年下の力と言えど、とても立ち上がれそうにない。

 そうか、公爵家の者に手を出したのだから、どんな理由があったとしても──“極刑”は免れないだろう。

 けれど、お嬢様は可愛らしいネグリジェのスカートを翻して言った。


「そうね。“彼”は、荷物と一緒に、屋敷の外へ放り出しておきなさい」


 一瞬、息が出来なかった。

「は?」

 エドワードの思わず、と言った声。

「え……?」

 アスターも声を漏らす。

今、お嬢様は屋敷の外へ放り出しておけと言った。

 ──罪としては、あまりにも軽すぎる。

 いや、そもそも罪人を逃がしては駄目なのでは。

「ほ、本気ですか……!? 姉様、流石にそれは……。此奴は、牢へ入れておくべきですよ!!」

 エドワードははっきりとアスターを睨んだ。 そうだ。自分でも、エドワードの言うとおりだと思う。エドワードの言うように、アスターを牢へ入れておくべきだろうに。


 だが、お嬢様ははっきりと言ったのだ。

「……エドワード。早くして。私がそう言っているのだから。解雇も立派な罰よ」

「姉様!」

 本当に何を言っているのだろう。

 自分を殺そうとしていた相手を逃がすなど。こんなの、馬鹿のすることである。


 我慢できなくなったアスターは、二人の間に入り込み、はっきりと言った。

「お嬢様、私を牢へ入れてください」

 復讐に失敗して、更には憎い相手に借りを作るなど、中途半端であまりにも惨めではないか。

 逃がされるよりは、大人しく処刑された方がまだましだ。

 なのに、お嬢様はアスターを見下ろして叫んだ。

「いいえ、貴方は今解雇されたの。……今すぐ、貴方はこの屋敷から出ていきなさい!」

「姉様、可笑しいですよ……。可笑しすぎますよ!!」

 そんなエドワードの声を無視して、お嬢様は廊下へ出る。

 数秒間のその間が、何分にも何時間にも感じられた。

 バタバタした足音が近づき、扉の隙間から漏れた光が途切れる。

「お嬢様……彼は?」

 それは──何処からか連れてきた使用人に対し、お嬢様は淡々と話し続ける。

「そうよ。この愚か者を追い出しなさい」

 と此方を冷たく見下ろし、冷たい息を吐いた。

「お嬢様。ですが、旦那様には──」

 何も知らない使用人は、お嬢様の首の傷、エドワードに押さえ付けられたアスターを見て戸惑っているようだった。


「──いいわ。お父様には私から言っておくから、早くしなさい」

「お嬢様っ、そんなのっ……。早く私を、牢へ」

 何故、そんなにも──

「分かりました」

 何も知らない使用人は、アスターがどんなに拒否しようとお嬢様に従った。

 二の腕を掴まれ、引き摺られる。

「やめっ、牢へ入れてください……!」

 アスターが叫んでも、お嬢様は決して『牢へ入れろ』とは言わなかった。使用人も、アスターを半ば強引に引きずって行く。


 廊下で更に二人に捕まり、もう戻れないという所で、お嬢様の姿が見えた。

 その姿さえ、もう遠くなっていく。

 頬に流れた涙が、淡い光を反射して美しく輝いていた。


「さようなら、アスター」

 静かな、けれども震えた声。

 最後に、そう聞こえた気がした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ