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二人きりの静かな寝室。
音もなく、二人の影が淡い白色の光の下で揺れる。
二人分の体重を支え、動く度に軋むベッド。
シーツの上に散らばる、艶のある髪。
淡い月明かりに溶けたその髪は、漆黒に染まっていた。
真正面から此方を見つめ、胸を貫く宝石のように大きな瞳。
シーツから舞い上がった埃っぽさを感じる空気が、この緊張感を更に高めている。
そして、何かを言おうとしているようで、けれども動かない唇。苦しそうに噛み締め、元々の綺麗な形が酷く歪んでいる。
それは決して、この状況を歓迎している訳ではなかった。
むしろ、拒んでいる。──誘ってきたのは、彼女からだというのに。
そんな姿を見下ろしていると、いつの間にか額に汗が浮かんだ。それが、雪のように真っ白い肌に落ちる。
それに反応した彼女の体。
決して綺麗とは言えない、うじ虫のように蠢くその体を見ていると、苦しそうだな、と思う。
でもそれはどこか甘く、はっきり言って、色っぽい。女性特有の、甘い雰囲気。一瞬で呑み込まれてしまいそうになるのはどうしてだろう。
その、異性を引きつけるような魅力は、いったいどこから来るのだろうか。これまで、一体何人の男を堕としてきたのだろう。そんなことを思う度、息が出来なくなるほどに胸が痛んだ。
途切れて聞こえる甘い息が耳から体内に侵入する度に、何度も気が狂いそうになる。
それもそうだ。
これは、何度も何度も夢に見た光景。
この時を何度も願って、願って。
何度も心に描いてきた。
はっきりとそう思っていた筈なのに、今思うと曖昧な妄想だった。
だってそれは、今の状況とは全く違う。
もっと、もっと計画を立てて。慎重にやるつもりだったのに。
なのに今。彼女に覆い被さりながら、自分は焦っている。彼女の瞳に、決断を迷っているその情けない顔が映る。
どうしよう。まんまと引っ掛かった。罠かもしれない。なのに、思わず、飛びついてしまった。
どうしたら、どうしたら──
でも、もしかしたら、このまま実行しても良いのだろうか。
だって今、目の前の彼女は怯えている。
だが、誘ってきたのは彼女だ。
この状況を作り出したのは、紛れもない彼女の方だ。
今やっても、良いのだろうか。
どうせ、決まっていたことなのだから。彼女がそれを知っているなら、尚更。
救いを求めて──いや、決断するためにもう一度彼女を見る。だが、当の本人は、怯えきった歪んだ瞳を此方に向けたままだ。
それを見下ろす自分は、右手に持ったナイフを首筋に降ろし、今にもその命を奪おうとしている。
「お嬢様」
いつものように名前を呼んで、自身の手元を見る。
そのナイフは、まるで命が宿っているように。自身の手の中で抵抗するかのように、小刻みに震えていた。
彼女は相変わらず唇を噛み締めながら、それ以上は抵抗もせず此方を見ている。
それを見て、ああ、と静かに思う。
確かに、誘ってきたのは彼女の方だ。
けれども、だが。
──そもそも何故、こんなことに。