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第9話 人形姫のヤンデレ疑惑

 鼻を()()()()フローラルの香りに包まれて、安心感が全身を駆け巡る。


 目の前にいる抱き枕のお腹に回してる両手に力を入れて、背中に顔をくっつけたら、「ひゃっ!」という可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。


「抱き枕が動いちゃダメ……」

「寝ぼけてるんですか!? 東雲くん!」


 昨日と同じ体勢で、人形姫に背中を俺に向けさせ、後ろから抱きしめる状態で俺と人形姫は眠っていた。

 目が覚めても、人形姫は丸くなって、俺に背中を向けたままだった。


「いや、もう起きてるよ」

「確信犯ですか!?」

「背中を触れられたからってそんなに動揺してたら抱き枕失格だぞ?」

「電動式抱き枕ということで―――」

「―――怖すぎる、今すぐ返品するわ」


 そんな言葉を投げかけたら、人形姫は寝返りを打ってこちらに向いて、俺をじっと見つめていた。その頬はぷくっと膨らんでいて、まるで何も食べていなくても頬が一際大きいロボロフスキーハムスターのようだ。


「クーリングオフ期間はもう終わりました」

「昨日の今日で終わるもんなのか……消費者センターに相談しないとね」

「それだけはやめてください!!」


 そう言って、人形姫と俺はクスクスと笑いあった。

 

 勢いよく寝返りを打ったせいか、人形姫の長い栗色の髪は何筋か俺の顔に貼り付いていて、少しくすぐったいけど、なぜかほっとする。

 こんなに近くで見ると、人形姫のまつ毛はとても長かった。


 様式美とも言えるラブコメ系の漫画やラノベでは、よく主人公がふとした瞬間に、ヒロインのまつ毛が長いことに気づく描写がされているが、そんなにいいものなのかと疑わしい気持ちで読んでいた。

 しかし、実際に人形のように美しい美少女の長いまつ毛を見ると、ほんとに綺麗だなとドキドキしてしまった。


 上向きで整っている人形姫のまつ毛は、紙よりも薄く感じて、『丁寧』という印象がなぜか真っ先に来るように神聖さすら感じさせる。

 二重の皺が艶めかしく、琥珀色の瞳はやや水気を孕んでいるためか、輝いているように見えた。

 

「じゃ、電話するね」

「どこにですか?」

「消費者センター」

「まだ相談しようと思ってるんですか!?」

「ああ、茶化されないから」

「そこは茶化されてくださいよ!!」


 必死に目で訴えてくる人形姫はことのほか愛らしかったので、止め時が分からなくなった。


「せいぜい返品されないように頑張ってね?」

「うぅっ……返品は受け付けません……」


 せめてもの抵抗か、悔しそうに唸ったあと、人形姫はそう宣言して、もじもじしながらちらちらと俺の表情を窺っている。

 それは小動物を彷彿とさせる雰囲気で、保護欲を掻き立てるのに十分に愛くるしかった。さすがに、今の人形姫を形容できる可愛い生き物が思い浮かばず、これは『人形姫』カテゴリーだと割り切ることにした。


「まあ、返品するつもりなんてないよ」


 あまりの可愛しさに、心臓が耐えきれず、一旦人形姫のその姿を意識から追い出して、なんとなく素直な気持ちを口に出すと、人形姫は驚いたように大きく目を見開いて、「……くんのばか」と半分聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

 



「今日の夕食はハンバーグです」


 昨日と同じように、いや、俺がベッドから立ち上がった瞬間、人形姫は問答無用で俺の裾を掴んで、一階のリビングに降りてソファーに座らせた。

 服装が服装なだけに、傍から見れば刑務官に強制連行されている囚人に見えるだろうというシュールな光景だ。


「俺、晩御飯は……」

「今日はハンバーグです」

「母さんが……」

「ハンバーグは嫌いですか?」

「……嫌いじゃない」

「あら、よかった〜」


 圧が強いというより、喋らせてすらくれない。


 仕方ないと俺はそのままソファーの背もたれに身を預けて、人形姫を眺めることにした。

 今日も晩御飯は人形姫の世話になることになった。


「東雲くん」

「うん?」


 キッチンで料理している美少女をソファーで静かに眺めていると、人形姫は思い出したように呼びかけてきた。


「明日は土曜日ですね」

「そうだね」

「今日()、親が帰ってこないです」

「そうか」

「だから、泊まって行きませんか?」

「……」


 明日は休日なのは知ってる。親が帰ってこないのは百歩譲って事情として分かった。なぜ恋人ではない俺を泊まらせようとするのかはイマイチ分からない。

 もう添い寝してしまっている関係だから、そこまで気にするのもおかしいと言われればそこまでだが、さすがに夜一緒に寝るのは心臓に悪いし、男としても我慢の限界がある。


「泊まって行きませんか?」

「……」

「泊まって……」

「あの、これってヤンデレというやつなのか?」

「私ヤンデレだと思われたんですか!?」


 壊れたラジオみたいに、途中からウグイス嬢の平坦な音程で延々と同じ言葉が繰り返されていたら、やはり思うところはある。


「いや、俺もヤンデレというものはよく分かっていないからなんとも……」

「分かってないのに、ヤンデレ呼ばわりしたんですか!?」

「……ありがとう」

「うん? どういたしまして」


 人形姫のおかげで、ヤンデレというものが分かってきた気がする……。


 RINEでお母さんに『今日も晩ご飯は友達の家で食べる。あとそのまま泊まるから』とメッセージを送ると、すぐさま『うふふ』と携帯を投げ飛ばしたくなるような意味深な承諾の返事が返ってきた。


「はぁ……」とため息をつくと、「そんなにハンバーグが待ちきれないのですか? もうすぐできますからね」と人形姫に、やれやれしょうがない子ですねというようなやや嬉しそうな空気でなだめられて、俺は八つ当たりに『母さんのせいだ』とお母さんにメッセージを送った。

 すると、『人のせいにしないで、責任はちゃんと取りなさい♡』という何を言ってるのか分からない返事が返ってきて、俺は携帯の電源を静かに切った。


 余談だが、人形姫のハンバーグの中に、俺の大好きなチーズがたっぷりと入っていて、いわゆるチーズINハンバーグというもので、口に含むと幸福感が込み上げてくる味だった。


「美味しい」


 素直に味の感想を口にすると、人形姫はまたひまわりのような屈託のない笑顔を浮かべた。

お読み頂き、ありがとうございます!


もし『この作品が面白い』、『栗花落さんにゾッとした!』と思って頂ければ、ブクマ登録と『☆』評価をして頂ければ、作者のモチベーションに繋がります!!


というわけで次回から、凪くんと栗花落さんの夜の話になります( *´꒳`* )

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