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第7話 怒る人形姫

 たまげたのはこっちである。


 五分もの間を覗かれてるのに、気づかなかったもんだから。

 人形姫は終始たじたじして俯き気味だったので、気づかないのも不思議ではないが、一色先輩が周りをまったく気にしない様子でしつこく口説いてるのには正直驚いた。


 最初はここでじっと一色先輩を見つめて、気づかれた時に、「ごめんなさい、つい気になっちゃって……」と言って、この告白を終わらせるつもりだったのだが、ここまで来ると、俺のやるべきことも変わる。


 一色先輩に興味を持っていなかったから、普通の人間と思っていただけに、この男の執着心には呆れのような感情を抱く。

 恐らく、人形姫がこの男に告白されたのは今回が初めてではないだろう。振られてからが本番と言うが、それはあくまでまともな人間に当てはまる言葉である。


 はっきり言って、一色先輩のはただの執着であり、()()()を手に入れたい見栄である。

 この男と人形姫のやり取りを聞いて、愛情だの恋だのなど初々しい気持ちなど感じ取れなかった。


 このままにすると、一色先輩が人形姫にずっと付きまとって、最悪、酷いことをするかもしれない。なぜかそう直感めいたものを覚えた。

 だから、俺に出来るのは、一色先輩の執着心を自分に向けさせることだけだ。人形姫にちょっかいを出す考えすら浮かばなくなるくらい、俺にヘイトを向けさせること。


 怖いけど、俺は……どうなってもいいから。


「そんなに驚くことかな? 一色先輩はわりと目立ちますよ?」

「目立つからって、告白を覗くかよ!?」

「えっ? 告白だったのですか? 脅迫に見えましたから、つい通報しそうになりました」

「てめぇ……!」


 惚けている人形姫に視線を向けないように気をつけつつ、俺は犬のように唸っている一色先輩の目をじっと見据えた。

 もちろん、通報なんてするつもりないし。警察だってこんな事件とも呼べないことに時間を割く余裕なんてない。来たとしても、一色先輩とこんなことで通報する俺を注意するくらいだろう。

 第一、そうすると人形姫が悪目立ちしてしまうから、まずしない。


「なんですか?」

「そんなことしてただで済むと思ってるのか!?」


 おどけた返事をすると、一色先輩は威嚇してきた。

 どうやら、一色先輩にとって警察を呼ばれるのはまずいことみたい。それだけ、後ろめたいことがあるのだろう。


 それを聞いて、俺はますます確信した。このままにしておくのはまずい。人形姫への執着を全部俺へのヘイトに塗りつぶさないと。


「ただで済むなんて思ってませんよ。あとで一色先輩に缶ジュースでも奢ろうかと」

「てめぇ、おちょくってんのか!?」

「大真面目に言ってますよ? 『ただほど怖いものはない』って言うじゃないですか? だから110円の缶ジュースで、一色先輩に怒りを鎮めて貰えればと思います」

「俺の怒りがただの110円だと……?」


 ガチギレしたのか、一色先輩の声色が低くなっていく。


「ええ、一色先輩自身の価値は300円くらいと仮定したら、そのくらいかなって」

「……お前、何組だ? 名前は?」

「今度は俺に告白するんですか? それはちょっと遠慮したいというか……」

「いいから、答えろ」

「仕方ないですね。1年C組の東雲凪って言います」

「……覚えたから、覚えてろよ」


 俺を制止しようとこっちに歩み寄ろうとする人形姫を、目配せして踏みとどまらせて、俺は自分のクラスと名前を一色先輩に告げた。

 「栗花落と同じクラスだな」って言葉が出ていないあたり、今の一色先輩の興味は俺に集中しているのが分かるし、この男が人形姫に持っている感情が恋愛感情とは程遠いものである裏付けも取れた。


「はあ……俺は何を覚えなきゃいけないんですか? 自分のクラスと名前はさすがに覚えてます。こんなふうに念押しされるとバカだと思われてるみたいで、ちょっとショックです」

「いい度胸してんじゃないか、あん!?」


 突然、高低差を無視して俺の胸ぐらを掴んできた一色先輩に、人形姫は慌てて助けに入ろうとして、俺は間髪入れず人形姫の手を振り払った。

 ここで彼女がなにかすると、ここまでしたことの意味がなくなる。俺は一色先輩の中の人形姫への執着心をすべて忘れさせなきゃいけない。


「胸は大きいほうじゃないと思いますが、一色先輩は男子の貧乳がお好みですか?」

「きさまぁ!!」


 振り上げる拳を、一色先輩は躊躇いながら下ろして、俺の胸ぐらを掴んだ手も離した。

 放課後のこの時間、人通りは少ないとはいえ、無いわけじゃない。


 一色先輩の大きな声に、一年生の廊下にいる生徒と教師の視線が彼に集まっているのは、自分でも気づいたのか、一色先輩はそのまま音を立てずに校舎裏を去っていった。


 目論見通り、ミッションクリアと言ったところか。




 一色先輩が去って、廊下にいる人たちも興味を失ってそれぞれ本来の目的に戻ったのを見て、人形姫は俺を怒りを滲ませた目で見上げる。


「東雲くん、何してるの?」

「うん? 帰宅しようと」

「帰宅……? 私との約束はどうしたんですか?」

「あっ」


 ナチュラルに忘れてた。俺は毎日放課後に添い寝すると、昨日人形姫と約束したばっかりだった。

 ついいつもの癖で家に帰ろうとしてた。習慣というのは恐ろしいものである。


「忘れてたんですか……?」


 何故だろう。ニコニコな笑顔になったというのに、背筋がぞっとする寒気を感じる。


「いやいや、栗花落の家に帰ろうとしてるだけだって!」

「そうなんですか」


 苦し紛れに言い訳を口にすると、人形姫は安心したようにほっと胸を撫で下ろす。

 昨日、人形姫の家は他人の家じゃないと言わされたから、押し通せたのだろう。


 だが、安心できるのもつかの間、次の瞬間、人形姫はキリッとした目で俺を睨みつける。


「それはそうと……私が聞きたいのは、なんでそんな無茶を平気でするのかってことです!」

「あはは、すまん」

「もう、笑い事じゃないですからね!!」


 睨みつけてきたと思ったら、今度は頬を膨らませて、餌をいっぱい口に含んだハムスターのようになっている。

 ほんと、人形姫はげっ歯類みたいだなと再確認できた瞬間である。


「にしても、学校でもこんなに色んな表情が出来るんだね、お前」

「からかわないでください!!」


 かぁっと顔を朱に染めた人形姫の頬は、肌が新雪のように白いせいか、コントラストがとてつもなく鮮やかなものになっている。

 ちょっと可愛い。


「……ありがとう」


 そのあと、零れた呟きは、消え入りそうなくらい小さく、俺の胸を締め付けた。

お読み頂き、ありがとうございます!


もし『この作品が面白い』、『栗花落さんに怒られたい!』と思って頂ければ、ブクマ登録と『☆』評価をして頂ければ、作者のモチベーションに繋がります!!


よろしくお願い致します!

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