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第68話 イルカショー

 それから館内を回って、イルカショーがそろそろ始まる時間に、俺らはプールから少し離れた席に座った。

 さすがは水族館の目玉とも言うべきか、イルカショーの会場は人でごった返しになっている。


「葉月ちゃん見て! イルカだよ!」

「わー、すごい……」


 水無瀬は興奮しているのか、しきりに乙羽に話しかけていた。

 乙羽は乙羽で、イルカのほうに見入っていた。


「楽しみですね、凪くん」

「そうだね」


 水無瀬の熱気に当てられたのか、言葉とは裏腹に、俺も内心ドキドキしていた。


「先輩! 知ってた? イルカは魚じゃなくて哺乳類なんだってぇ!」

「おい、お前……俺が言おうとしてたのに」


 乙羽と真白が真ん中で、その左右を水無瀬と俺が囲んでいる。

 距離的に一番遠いはずなのに、水無瀬は前のめりになって俺にも話しかけてくる。


 もちろん、イルカが哺乳動物なのは、昔テレビを見て知っていた。

 別にそれを披露するつもりはないが、こう言ったほうが盛り上がるだろうと、負け惜しみ風に返しといた。


「そうなんだ……イルカさんは魚じゃなかったんだ……」


 ただ、真白はというと、そのことを知らなかったらしく、独りごちるようにびっくりしていた。

 その様子はとても愛しく思えた。


 いつも新しい発見を見せてくれる凛とした真白も素敵だが、こういうところは年相応の女の子みたいで愛らしい。


「美味しい」


 イルカショーに来る前に買ったココアに口をつけて、乙羽はうっとりしていた。

 その様子だと、彼女も心から今日を楽しめているようだ。


「それでは、イルカショーを始めます!」


 俺もココアを飲んでいると、飼育員のお姉さんはプールの真ん中の台に立ってこちらに手を振っていた。

 すると七匹のイルカが一斉に水面を飛び出し、水しぶきを盛大に撒き散らした。


「うわぁー、びしょびしょだよぉ……」


 水無瀬は濡れた服を掴んでパシャパシャさせているが、乙羽は相変わらずうっとりした目でイルカのほうを見ていた。

 

「凪くん、濡れちゃいました……」

「……その言い方はやめろ」


 こういうふうに水が飛んでくることを予想していなかったのか、真白は涙目で俺を見てくる。

 ただ、彼氏として、思春期男子として、その言い方は別のことを連想してしまうから、やめて欲しい。


「風邪引くから、これでも羽織ってて」


 自分の上着を脱いで、真白にかける。

 すると、真白は頭を傾げて、服をかけるために襟を掴んでいる俺の手にもたれかかる。


「ありがとうございます」


 俺の手の温度を確かめるように目を閉じて真白は静かにお礼を言ってくれた。




「楽しかったなぁ!」


 水族館を出て、水無瀬は俺らの前を満足げに歩いていた。

 

「みんなおそろいだね!」


 振り返って水無瀬は自分のTシャツを指さしてマリーゴールドのような笑顔を浮かべた。


 おそろいというのは、あれからイルカたちの演出によって、俺らはまた何度も水浸しになっていたから、売店で着替えのTシャツを買ったのだ。

 たまたまなのか、それともずぶ濡れになったイルカショーの観客達が買っていったのか、クジラがプリントされているTシャツしか残っていなかった。


 それで四人そろって同じプリントのTシャツを着ているわけだが、周りから視線が集まってしまっているから、俺としては少しいたたまれない。


「おそろいですね、凪くん」

「……」


 隣を歩いている真白にそう言われると、なぜか無性に恥ずかしくなったから、俺は俯いて黙っていた。


「先輩、栗花落さん、雪葉ちゃん、今日はほんとにありがとうございました!」


 急に乙羽が前へ走り出ていたと思ったら、こっちに向き直して頭を下げた。


「これ……」

「え?」


 お礼なんて、ほんとに律儀な子だな、乙羽は。

 ただ、それなら俺も感謝しなくちゃいけない。


 胸のほうにプリントされているクジラを掴んでみせると、乙羽は小さく首を傾げた。


「四人そろって同じプリントなのって恥ずかしいけど、俺にとってもいい思い出になったよ、ありがとうな、乙羽」

「はい!」


 俺の言葉に安心したのか、乙羽は満面の笑みを浮かべた。

 それだけで、今日水族館に来た甲斐はあった。


「私からもお礼を言わせてください、一足早くお母さんの気分を味わえたので」


 そう言って、真白はゆっくり恐る恐る水無瀬と乙羽の頭に手を置いた。

 そして、母親がするような優しさ溢れる感じでゆっくり二人の頭を撫でていた。


 正直、驚いた。


 他人とのスキンシップを嫌がっていた真白からは想像もできないような行為だった。

 ただ、それと同じくらい、その仕草は自然で違和感がなかった。


「えへへ、栗花落先輩の子供になっちゃいましたぁ」

「私もです」


 さすがは真白というべきだろう。

 二人は真白に撫でられて目を細めてしまった。


 もしいつか俺が真白と結婚して、二人の子供を授かったら、きっと今と同じ光景になるような、そんな気がした。

 そう思うと待ち遠しいような、もどかしいような、自分でもよく分からない気持ちになった。


 ただ、一つ言えることがある。

 それは、きっと幸福と似た気持ちなのだろう。


「凪くん……?」


 今までも何度か真白の頭を撫でたことがあった。

 でも、今は無意識ではなく、自分の意思で撫でてみたい。


「これからさ、たくさん撫でてもいい?」


 なんとなく、というわけではなく、これからはちゃんと()()だと認識した上で、彼女の頭を撫でたい。

 そう決心したゆえの質問だ。


「はい」


 だから、真白のその返事を聞いた時、俺の胸はじーんとなったのだった。

あけましておめでとうございます!


今年も、真白と凪くんのことをよろしくお願いしますね!笑

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