第65話 中間報告
「乙羽さんの勉強はどう?」
「順調だよ」
「俺が教えているから?」
「誰もそんなこと言ってないだろう!!」
乙羽に勉強を教えてから一週間。
その中間報告として、放課後俺は真白と生徒会室に来ていた。
楽々浦は真白のようにからかってくるから、最初こそ戸惑った。
でも、俺と楽々浦の間にあったことを踏まえたら、意外と今が楽々浦の素なのだろう。
特別になりたいと肩肘を張っていた時の彼女はもういない。
今の楽々浦もどこにでもいる普通で特別な女の子になっている。
人間は誰もが誰かの特別である。
気付こうが気づくまいが、それは変わらない。
当たり前すぎて見えていなかった渚紗の想い。目を逸らして直視しなかった真白の想い。
俺が気づく前からそこには確かにあった。
楽々浦もきっと桜小路先輩と同じ傘の中で、それが見えていなかったのだろう。
彼女たちは一本の傘を共有しているようなものに思えた。
雨が降り頻る中、見えているのは常に隣にいる姉。
だから、楽々浦が俺ら友人の想いに気づかなかったのは責められることではない。
今のように、雨が止んで傘をしまうと、今まで見えていなかった景色が視界の中に入ってくるのだから。
「水無瀬さんは?」
「水無瀬は先に乙羽の家に行ったよ」
「つまり、東雲くんは振られたと?」
「誰も実家に帰ったとは言ってないだろう!!」
ここで特筆すべき点は、水無瀬の行動だ。
からかってはいるものの、水無瀬は俺と真白が帰ったあとも、乙羽の家に残った。
それはなんのためか、容易に想像がつく。
なぜなら、水無瀬は終始乙羽を見守っていた。
水無瀬が言うには、彼女の成績は可もなく不可もなくという程度だった。
しかし、決して何も出来ないというわけではない。
むしろ、水無瀬にしかできないことがある。
それは友達のそばにいてあげることだ。
一見、簡単なことに思えるが、実はそうではない。
俺と真白は勉強を教えていたし、乙羽は勉強を頑張っていた。
それはとても簡単なことだ。
人間は退屈するもの。
もちろん水無瀬も例外ではない。
なにかに打ち込んでいる俺らよりも、水無瀬はずっと退屈していたに違いない。
それでも、彼女はやめなかった。むしろ、俺と真白が帰ったあとでも友達のそばにいた。
それは立派な行動であり、見上げた根性でもある。
そんな水無瀬のことを俺はほんとにすごいと思った。
「凪くん」
「なんだ?」
「実家に帰らせて頂きますね」
「待って! 俺が悪かった!」
「だめです♡」
先程俺のそばで控えていた真白は、俺と楽々浦の会話を聞いて嫉妬したのか、いつものようにからかってくる。
ただ、その嫉妬の対象が楽々浦ではなく、水無瀬のほうだ。
理由は分からないが、真白は水無瀬のことを特別視している。
他人とのスキンシップを嫌う真白が、こと水無瀬においては自分から触れようとしている。
それがなぜなのかは今の俺には分からない。
聞くつもりもない。
俺の役目はいつか真白が話してくれる時に静かに耳を傾けることだ。
「東雲くん、家庭教師になって乙羽さんの成績を上げるのはもちろんいいけど、一つだけ間違っているよ」
「え?」
「勉強にコン詰めでは、やがて効率が悪くなるだけだ」
「……一理はある」
「というわけで遊んでこい!」
聞き間違いだろうか。
楽々浦は今遊んでこいと言わなかったか。
「腑に落ちない顔してるね。簡単なことだよ、勉強の反対をしてきたらいいんだ」
「それが遊びだと?」
「その通り!」
確かに、乙羽はこの一週間毎日勉強していた。
その責任は俺にある。
期末テストで上位の成績を収めれば、それを材料に各部の部長と話して、部費から乙羽の学費を捻出できると考えていた。
そのために、俺に出来るのは家庭教師になるくらいかと思っていたが、気分転換を挟むのをすっかり忘れていた。
楽々浦に言われるまで気が付かなかった。
青春を謳歌していないと乙羽のことを同情して、それなのに俺は彼女から青春をさらに奪っている。
そう思うと、少し申し訳なくなった。
「凪くんは悪くないよ」
俺の気持ちを察したのか、真白は俺の袖を掴んだ。
それだけで安心感を覚えてしまうのは、真白だからなのだろう。
「乙羽に聞いてみる」
「うん、それがいい」
いつの間にか迷いが消え、俺はこれからのことについて考えた。
「真白は行きたいところとかある?」
真白に質問を振ったのは、俺より同じ女の子である真白のほうが、女の子が喜ぶ場所を知っていると思ったから。
「すい……」
「うん?」
「水族館に行きたいです……」
なぜだか、真白の声はいつもより小さくなっている。
少し俯いて、俺の袖を掴んでくる真白は期待しているように思えた。
「いいよ」
去年、また一緒にアイスを食べてくれますかと聞いてくる真白の顔が浮かぶ。
そんなふうに言われたらもちろん断ることが出来ない。
水族館なら、乙羽もはしゃげるだろうし、なによりいい気分転換になるだろう。
ただ―――
「伸びちゃうよ?」
「ラーメンじゃないんですか!?」
良かった。
いつもの真白に戻った。
彼女には笑顔が一番似合っている。
それに、俺は真白の不安な顔を笑顔に変えたいから。
というわけで、いつか書籍化の際に取っておこうと思っている
・添い寝が始まった最初の土日のショッピング
・凪くんと真白のファーストキス
・ゴールデンウィークの遊園地デート
の三つのエピソードに先行して、待望の水族館デートが始まります!
楽しみにして頂ければと嬉しいです笑
※これに伴い、第40.5話真白サイドの話を修正しました。




