第42話 どっちも悪魔だった
「真白もやはり楽々浦のこと悪魔だと思ってるんだ」
「あら、人間と悪魔の契約だと思ってたの?」
「楽々浦は自分でも悪魔って言ったじゃん」
「ふふっ、私も悪魔だというパターンは考えなかったんですか♡」
放課後、いつもばらばらで下校して駅で待ち合わせるわけではなく、俺と真白が付き合ってるのが公然の事実になってから、真白が鞄に教科書やノートを入れ終わるのを待って、一緒に教室を出るようになった。
真白の家に向かう途中でそんなゾッとするようなことを言われて―――
「真白、パジャマの定義変わってるぞ!!」
「人妻はこれが正装なの!!」
「人妻にもパジャマにも謝れ!!」
―――部屋では心臓によろしくないパジャマに着替えられてしまった。
昼休みの会話を最後に、なぜか真白は浮気のことを追及してこなかったが、ここしばらくは彼女の部屋着とパジャマの変化に頭を抱えたくなる。
ほとんどセクシーランジェリーと言ってもいいほどのネグリジェやベビードールを、真白はパジャマとして着るようになった。
レースで透け透けな裾から覗ける真白の下着は日に日に面積が少なくなっていく。
しかも、いつも部屋の外で彼女が着替え終わるのを待つ俺だったが、あの日から、部屋で真白の生着替えを見てもいいと許可をもらってしまった。
見るだけならまだ心の平穏は保てるが、こっちとしても制服を脱いでパジャマに着替えないといけない。
下半身が一旦すーすーする感覚を味わったら、真白のその格好に当然抗えるわけもなく……。
「真白、今日してもいい……?」
ついベッドの上で後ろから彼女を抱きしめながら、後になったら悶えてしまいそうなことを聞いてしまった。
だって、今日の真白のパジャマはピンクをベースとした、胸の上と裾に黒のフリルが付いてるお姫様が着るようなベビードールだもん。
胸の真ん中には一際大きな黒のリボンがあしらわれていて、そんなに透明な生地でもないのに、胸と体の境界に縫い目があるせいか、女の子の可愛さがこれでもかと強調された、俺の心をしきりにくすぐってくるものになっている。
「……昨日したばかりじゃないですか?」
「そんなこと覚えなくていい……」
「忘れたくても、感覚がまだ残ってるもん♡」
「やめろ、パラシュートなしでエアボーンしたくなる……」
「凪くんはどこを襲撃したいのですか♡」
顔だけ振り向かせ、にんまりとした笑顔で俺の瞳を見つめる真白。
正直、可愛いを通り越して愛しくもあり憎くもある。
エアボーンという発想が出てきたのはおそらくかけるくんの影響なのだろう……やつは洋画が大好きだ。
たまに宣伝という名の布教をしてくるから、俺の中では着実に知識として蓄積されているだろう。
「……ここ」
「あら、ではそこをずっと触っててくださいね〜」
おずおずと真白の太ももに手を置いたら、彼女は自分の手を俺の手の上に重ねて、そのまま固定してしまった。
もどかしい。動かそうにも、真白は力強く押さえつけているから、手が彼女の太ももに沈むばかりだ。
「悪魔かよ」
「そう言いましたが?」
悪魔もかくありきという漫画でよく見かける邪悪な笑顔を浮かべながら、真白は俺の手を解放してくれない。
「いつも私から誘惑してるから、そんなにしたいなら、今度は凪くんが誘惑してみてください♡」
「さりげなく俺にセクシーランジェリーを着させようとするな!!」
「誘惑の発想が貧困すぎます!!」
「じゃ、どうしろと!?」
「そこは自分で考えてみてください」
「たまには私の苦労も知って欲しい」と呟いて、真白は頭の向きを元に戻した。
目の前に無造作に広がっている栗色の髪から漂ってくるフローラルの香りに、理性が緩んでしまう。
鼻を真白の首筋にくっつけると、シフォンケーキの香りが食欲をそそってくる。
「ひゃんっ!?」
とりあえず、息を吹きかけてみると、小さな悲鳴が聞こえてきた。
「真白って最近敏感になってないか?」
「誰のせいだと思ってるんですか!?」
「誰のせいだろう」
「きゃ」
もう一度真白の首筋に空気を当ててみると、またしても可愛い悲鳴が彼女の口から漏れてしまった。
「真白の太もも、肉付き良くなったよね」
「いやんっ! 手で確かめないでくださいっ!」
固定するはずの真白の手は俺の手をそち行けという感じで追い払った。
解放された俺の手が向かう先は最初から決まっている……。
「疲れました……」
「お疲れ」
「凪くんの……変態」
「いくじなしよりはマシかな」
「やはり男はみんな一度肉の味を覚えたら狼になってしまうのですね!」
「今それは生々しいからやめろ!!」
この状況で『肉の味』は別の意味に聞こえてしまうから……。
「添い寝のはずなのに……」
「これならほどよく眠たくなってきただろう?」
「それ……結果論ですぅ」
向かい合って、少し唇を尖らせる真白は歯が伸びすぎたニホンモモンガみたいになっている。
「え」
「なに?」
「こっちのセリフです!」
「キス待ちしてるみたいだから、応えてあげただけだよ?」
「私のキス待ち顔がこんなもんだと思われたんですか!?」
せっかく真白の唇が前傾姿勢になってくれたので、そっとそれに自分の唇を重ねたら、彼女は嬉しそうに不満を漏らした。
どうやら、真白のキス待ち顔は唇を尖らせないらしい。
「じゃ、ちゃんとした真白のキス待ち顔を見せてみて?」
「……見たいですか?」
「うん」
俺の言葉を合図に、真白はゆっくりと目を閉じて、少しだけ頭をあげた。
横になっているのに、俺の頭の位置は真白のそれよりやや高かった。
だから、自然と背伸びして、キスをねだっている可愛らしい女の子の像が出来上がった。
あまりにも可愛すぎたから、彼女の唇にゆっくりともう一度俺の唇を触れさせた。




