第41話 浮気疑惑は突如やってくる
「そこの君! その制服は古坂高校の生徒だよね!」
後ろから呼び止められて、振り返ったら不覚にも泣きそうになった。
そこに立っているのは―――内巻きの明るいオレンジ色の髪に少しあどけない顔つき。初対面の俺に話しかけてるにもかかわらず、口角を上げてなぜか自慢げにしている女の子。
渚紗が生きてたら、今頃はこんな感じなのだろうと、渚紗にそっくりな女の子。
そんな初対面の女の子に涙を見せるわけにもいかず、俺は平静を装って淡々と返事を紡ぐ。
「俺は古坂高校の生徒だけど、この制服は違う」
「凪くんは浮気してます」
「いきなり疑いの段階を飛ばして確信に変わるな!!」
桜の木がすっかり桃色から緑色に変わった高校二年生初の始業式を少し過ぎた頃、二階の新しい教室にて、真白は振り返って俺の心臓によろしくない発言を投げかけてきた。
クラス替えで、真白とは別々のクラスになる覚悟をしていたというのに、なぜか新しい教室では真白が俺の前の席になったという予想の斜め上を行く現実。
しかも教室の真ん中の一番後ろの俺の席の左右はそれぞれ楽々浦と三宮が陣取っていて、楽々浦の前の席はかけるくんが座っている。
ため息を吐きたくなるくらいには、苦労が予想されるような配置だ。
教師陣の思惑すら感じ取れる人工的めいた産物。
まさかあれか? お前は一人ぼっちにはさせないぞ、と前の担任が瞳を潤ませながら職員会議でいままで周りに関心のなかった俺がやっとクラスで人と会話を交わしたエピソードでも吹聴していたのではなかろうな……。
百歩譲って、かけるくんと三宮さんは良いとして、楽々浦は違うだろう!! 楽々浦は!!
普通にありがた迷惑だよ!!
いや、一色先輩のことはすごく感謝しているけど……楽々浦が左の席に座ってると思うと、胃もたれしそう。
俺はこう見えても、静かな生活が好きなのだ……。
まあ、普通に考えて、同じクラスにこのメンツがこうやって揃ったのもただの偶然だろう。
「あはは、真白ちゃん、東雲くんは浮気でもしたのか」
「楽々浦さん、やはりその『真白ちゃん』って呼び方はくすぐったいです……」
「私に頼み事をした代価だよ? 悪魔と取引する時の常識だろう?」
「そ、そうですけど……」
真白が楽々浦に、一色先輩の件で助力を求める代わりに、楽々浦に『真白ちゃん』と呼ぶことを許可したらしい。
その時の勢いに任せたのもあるから、楽々浦に『真白ちゃん』と呼ばれる度に、少し照れている。うん、すごく可愛い。
にしても、自分が悪魔である自覚はあるんだ……偉いぞ、楽々浦。
俺と真白が付き合ったからと言って、特に妬みややっかみは飛んでこなかった。
あの日、みんなに向けているかに見えた真白のひまわりのような笑顔は、たった一人だけに向けていることを、『ベーカー』の観客は真白のその眩しく恋している姿を見て、誰でも分かってしまった。
今まで彼女を『人形姫』として慕っていた男子たちはそれで心を痛めたらしい。
彼女にそんな普通の恋する乙女みたいな顔をさせることなんて、自分らには無理だって悟ったとか。
あんな真白の顔を見てしまったら、もはや嫉妬よりも、素直に祝福したくなるのが人間の性―――『心』なのだろう。
自分らが完成された『人形姫』にうつつを抜かしている間に、その『人形姫』の殻をぶち破って、一人の普通の女の子に育て上げた男の子がいたことに、誰もが後ろめたさを感じたのだろう。
だから、俺が真白を避けていたあの二週間も、みんなには初々しい照れ隠しとして認識されているらしい。
改めて真白と付き合った高一の三学期も、みんなも『やっと普通にいちゃいちゃするようになったか』と温かい目で見守ってくれた。
だから、『浮気』という言葉に、教室の視線が一斉に俺に刺さってくる。
「まあまあ、栗花落さん〜、東雲くんもきっと一時の気の迷いだよ、たぶん〜」
「俺が潔白である確率を徐々に減らすな!!」
「そうだぞ? 少尉だって戦から生きて戻ってきたんだから、そんな軍法会議にかけられるようなヘマはしないさ」
「浮気する度に軍法会議にかけるとか、大統領は奥さん方に優しすぎないか!?」
「しゃーないよ、少尉。戦場ではいくら活躍しても、家では奥さんのエプロンが一番偉いさ」
「食事抜きは辛いよね……って、まだ結婚してないし、エプロンを崇め奉らせるな!!」
「私を奥さんって認めないってことは……やはり凪くんは浮気してます!!」
だからこの席は嫌なんだ……。
真白との会話がちょくちょく茶々を入れられて、一向に進展する気配がない。その真白とも会話が噛み合わない気がする……。
「裸エプロンは神だぞ?」
「翔は黙ってろ」
エプロンが偉い原因をさりげなく仄めかしてくるかけるくんに、楽々浦は容赦なく畳みかける。
この二人のほうが夫婦に見えるのは俺だけだろうか。
「真白、なんで俺が浮気したと思ったか、その理由を聞かせてくれないか?」
今更、当事者ではないこの三人が周りにいることを気にしても疲れるだけだから、俺は言われのない疑いを掛けられた理由を真白に素直に聞くことにした。
「凪くんが……私をお家に入れようとしてくれませんから……!!」
一瞬、始業式の前日に出会ったあの女の子とは関係がないと分かってほっとしたが、これはこれで困ったと思ったのだった。
これにて、第2章最初の話―――『真白、凪くんちに進撃する』編、開幕です!!
『進出』と『進撃』どっちがいいか迷うので、よかったら感想で意見をくれたらと思います〜
第2章に期待を馳せて、ぜひブクマ登録と『☆』評価をしてくれたら作者は第3章を書きたくなります!!
 




