第33話 バニラアイスに、俺から謝っておく
真白と付き合ってから三ヶ月が経ち、春休みがやってきた。
少し前に、真白の家へ向かう際に通る川沿いの桜並木の枝に姿を現した蕾は、今はすっかり綻んで、白みのかかったピンクの花びらになっていた。
風が吹けば、桜色の雨でも降っているかのような儚くも美しい光景を、一枚一枚の花びらが紡いでいく。
ただ、それは雨という表現に相反して、 暖かくて、体に当たっても重さを感じさせない。
緑が代名詞の春に物申す勢いで、世界は優しい色に染まりきっていた。
まあ、桜の話は置いといて、一つ言ってもいいか?
俺の彼女が可愛い……。
可愛すぎる……。
天使と喩えたいけど、そんな高尚な感じではない。むしろ真白は―――
「まだ決まらないのか?」
「うーん、いっぱい種類があって迷いますね……」
「いつものバニラアイスじゃだめなのか?」
「それ、なんかつまんないです……」
「どういうこと?」
「バニラアイスって特徴がないというか、アイス食べるならとりあえずバニラ味っていうのがひねりがありませんね……あっ、このあずきがアイスの上に乗ってるやつとか美味しそうですね」
「それ、あずきが乗ってるだけで、下は普通のバニラだけど!?」
「これがいいのです!」
―――すごくわがままになっていた。
よく分からないことを口走りながら、結局バニラが大半を占めるアイスを取って、二人してレジに向かう。
真白の感性がやや人間離れしてきたという謎の感覚に襲われる毎日だ。
―― 飽きません……から。
普通に飽きてんじゃないか!! バニラアイスに!!
いや、普通の女の子みたいに色々と、お菓子やアイスを一緒に食べようとねだってくるようになったのは嬉しいが、少しめんどくさい……。
バニラの上にあずきが乗っているだけで、結局バニラなんじゃないのか?
でも、そのバニラアイスもどきを大切そうに胸に抱えてひまわりのような微笑を浮かべている真白のことを、俺はただただ可愛いと思ってしまった。
やはり、真白は天使だ。
たぶん、わがままな天使もいるだろう。
春休みになってから、俺は真白の家に泊まったり、渚紗のマーガレットに水をやるために家に帰っても、次の日は真白の家にお邪魔して二人で一緒に過ごしている。
毎晩、こうやって散歩のついでに、コンビニに寄ってアイスを買って帰る。
たくさん買い貯めて、冷蔵庫に放り込むのもいいが、真白は夜の散歩を気に入ったらしく、また、日によってアイスの種類が微妙に変わるから、その案は却下された。なんでも、新作のアイスを買い逃すことがあってはならないとのこと。
半年くらい前におそらくアイスを初めて口にした女の子が、ここまでアイスにうるさくなるのは正直想定外。
これが女の子という生き物なのか。
それとも真白だけなのか。
そもそも、渚紗は俺と同じく抹茶味が好きだから、参考にならない。
「それ、胸に挟んだら溶けちゃうよ? もう春だし」
「凪くんの……えっち」
「ちが―――」
―――くはないか。最近の俺はそういう目で真白を見ているのは事実だ。
彼女を抱きしめて寝ている時も、正直辛い。
でも、今まで散々彼女からの誘いをかっこよく断っておいて、今更自分から行動は起こせないのだ。
自業自得ってわけじゃないが、少し後悔はしている。
真白の誘いに乗ってそのまま襲うのはもちろん論外だが、おっ……胸くらいは揉んでも良かったのではないだろうか。
「それに、挟むってなんですか!? 凪くんの表現がオヤジ臭い!!」
「男子高校生の夢を経年劣化させるな!!」
「夢って……具体的にどんなものなんですか?」
にんまりとした微笑みをたたえて、真白は俺の顔を下から覗き込んでくる。
今ほど、俺と真白の身長差が恨めしいと思ったことはない。この意図しない上目遣いははっきり言って兵器でしかない。それも俺の心臓に特化したやつだ。
天使の羽が徐々に黒く染まり、邪悪な笑顔を浮かべはじめる堕天のワンシーンが脳裏を過ぎって、それでも可愛いという感想しか出てこないのは、俺が真白に中毒したからなのだろう。
真白は依存性のある女の子だ。間違いなく。
「そこは言葉のあやというか、忘れてくれ」
「忘れませんよ? 凪くんが私の胸を見る度に思い出して差し上げます」
「悪魔か!?」
「人の胸を良からぬ使い方で想像した凪くんが悪いのでは?」
ごもっともである。
悪いのは俺、いや、男の性なのだ。
そう、全部男が悪いのだ。俺は悪くない。
しかし、なぜ『挟む』って表現だけで、『良からぬ使い方』だと、真白には分かったのだろう。
もしかして……。
「……真白」
「なんですか?」
呼びかけると、真白は上機嫌に鈴を振るような声で返事をする。
可愛い。
「真白は胸で何を挟めると思ったの?」
「あぁっ……えっと……そ、その……」
だが、俺の問いかけに、真白はすぐに狼狽えてしどろもどろになった。
可愛すぎる。
「正直に話してごらん? 引かないから」
「……凪くんの際どいとこ」
「……それは引く」
「結局引いたんじゃないですか!?」
手に持ったバニラアイスもどきで俺を叩いてくる真白は顔を薄紅に染めあげて、ゴールデンハムスターがご飯を頬張るようにほっぺを膨らませた。
体を巡る血流が加速していくのを感じながら、とりあえず早く家に帰って、アイスでも食べて冷やそうと思った。
「いや……なんで真白がそんなの知ってるのかってちょっと不思議なんだよね」
「普通の女の子はみんな知ってると思うけど?」
「お前を普通の女の子にしたいってのはそういう意味じゃないよ!!」
「えっ!? えっちな意味で私を普通の女の子に開発したいってことじゃなかったの!?」
「俺を性欲をこじらせたマッドサイエンティストみたいに言うな!!」
こんな会話をしているのに、実のところ、俺はまだ真白と……そんなことをしていない。
大切だと思えば思うほど、たまに性的な目で真白を見てしまうが、それも愛しさに書き換えられていく。
真白は俺の大切な恋人だ。
だから、まだしなくてもいい。
すくなくとも、次の日の夜まで、俺はそう思っていた。
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