二章~(1)里実の思い~
「里実、ちょっと待ってよ。里実?」
里実の目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれていた。
「・・・なんで・・・なんで・・・」
しょうがないなあ、と困惑した表情を浮かべた美咲だったが、里実が少し落ち着くのを待って、口を開いた。
「ちょっと調べたんだけど、あの先生、里実の叔父さんなんだよね?」
美咲の問いかけに、里実はコクリとうなずいた。
「あんたの親は自動車事故で死んだ。運転してたのがあいつだったとしても、事
故は事故。違う?」
「わかってる!!・・・でも・・・でも許せないの・・・」
「そっか・・・何があったか、聞いてもいい?」
少しの沈黙の後、里実が話し始めた。
「・・・あの人は、私のママの弟でうちの家にずっと居候してたの。私にとってお兄ちゃんみたいな存在だった。俊兄って呼んで慕ってた。」
「大切な人だったのね。」
「すごく優しくて、いつも私のこと助けてくれた。」
「5年前の事件で変わってしまったってこと?」
「あの時死んだ女子高生・・・」
「“榛原さくら”のことね。」
「家に俊兄が連れてきて、私も勉強見てもらったりしてたから、すごくショックで。俊兄もあんな事件起こして、それもショックで。そのこともすごく気にかけてくれてた。」
美咲はいつの間にか里実の俊平に対する呼び方が自然に“俊兄”になっているのに気がついた。
「でも、やっぱり俊兄自身もすごくショックだったんだと思う。前にはなかったような暗い顔、するようになったし。それでも少しずつだけど前みたいに戻ってきて、俊兄らしくなってきたの。」
「それで?」
「パパが、みんなで旅行に行こうって。パパは忙しくてあまり休みとれなかったのに、無理して休みとって、初めての家族旅行だった。私もパパもママも俊兄もみんな笑ってて、楽しい旅行だったのに・・・」
「事故が起こって、里実と俊平が助かった。」
「行きはパパがずっと運転してたから、帰りは俊兄がって。・・・トラックが飛び出してきてね。運転してた人、お酒飲んでたみたいで・・・」
「それじゃあやっぱりただの事故じゃん。それも完全に向こうが悪いし。」
「でも俊兄は、ハンドルを切ったのは自分だって・・・とっさに自分だけ助かろうとしてハンドル切って・・・そのせいでパパとママが死んだんだって・・・」
里実が続ける。
「でも、私はそれでもよかった。パパとママが死んじゃったのは悲しいけど、俊兄が助かってよかったって、そう思った。俊兄とこれから支え合って生きて行こうって・・・・それなのに・・・」
「あんたは伯母さんの家に預けられた。でもなんで?」
「俊兄は、事故の怪我が治って退院した後、私の前から逃げるように姿を消してしまったの。それで、施設にって話もあったんだけど、伯母さんが引きとるって。」
さらに里実が続ける。
「伯母さん、私のママが嫌いだったから、私をいじめるために引きとったみたい。ひどい扱いされて、こき使われて・・・。でも、伯母さんはスナックをやってたのもあって、世間体を気にする人だったから、中学や高校にはちゃんと行かせてくれて・・・。それに、スナックのお客さんだった大淀さんと付き合うようになって、だんだん私のことに構わなくなってきた。」
「じゃあよかったんじゃないの?」
「でも・・・そこからが本当の地獄だったの。」
「・・・どういうこと?」