一章~(5)最凶の女子高生~
優梨の視線を気にしつつ、里実は美咲の後をついていった。
「ありがとう。」
「勘違いしないでよ。」
里実に背を向けたまま、美咲が言った。
「別にあんたを助けたわけじゃないわよ。あたしはあいつの邪魔がしたかっただけ。」
「うん。」
「それに・・・このお金、あんたに返すつもりないわよ。」
「えっ・・・」
美咲が振り返る。美咲は少し怒っているように見えるぐらいの真剣な表情だった。
「返して欲しかったら、このお金どうしたのか説明して。」
「それは・・・」
「10万なんて、バイトもしてない高校生がすぐに用意できる額じゃないでしょ。」
「・・・貯金が・・あったから。」
里実はうつむいたまま小さくそう答えた。
「ふ~ん、貯金ねえ。まあいいわ。」
美咲は明らかに不審な顔をしたが、里実に金を返した。
「じゃあさ、今からちょっと遊びに行かない?」
美咲は急に柔らかい優しい表情になると、里実を強引に引っ張っていった。
繁華街には、二人で歩く俊平と香代の姿があった。清条学園では、放課後に教師が交代で繁華街の見回りをすることになっていた。
「よりによってなんであなたなんかと。」
「嫌なら帰ってもらってもいいですよ。一人でやりますから。」
「そういうわけにはいかないんです!あなた一人放っておいて何か問題起こされたら、私だって責任とらされるんだから。」
美咲がこの口うるさい女の妹とはな思えないな、と俊平は感じていた。
「ねえ君たち可愛いねえ。これからどこ行くの?」
里実と美咲に男達が声をかけてきた。
「あ・・あの。」
反応した里実に男達は矢継ぎ早に続ける。
「俺らと一緒に遊ばない?」
「お兄さん達と楽しいことしようぜ。」
美咲が“ほっといて行くよ”と里実に目で合図する。
そのまま行こうとすると、一人の男が後ろから里実の腕をつかんだ。
「いやっ!」
「無視してんじゃねぇよ。」
「何も怖がることないじゃん。楽しいことするだけなんだから。」
すると美咲が冷静な口調で言った。
「ねえ、その子の腕離してくれない?」
「ああ?なんだてめぇは。」
「聞こえなかったかなあ?その子に汚い手で触んなっつってんの!」
そう言うと美咲は男の手首をグッとつかむと、無理やり引き剥がした。
「何だよテメエ!俺らのことナメてんのか。俺らはこう見えても黒滝組だぞ。」
男が声を荒げた。
「ああうっとうしい。黒滝組がなんなのよ!」
美咲は男の頬を引っ叩いた。
「ふざけんな!女だろうと調子こいてると容赦しねぇぞ!」
里実はどうしようという怯えた表情をしているが、美咲の顔は怯える様子はまるでない。
そのとき、さらに背後から男の声がした。
「おい。お前ら何やってるんだ?」
「ア・・・アニキ。」
「お、美咲じゃねえか。」
「久しぶりね。」
美咲が答える。
「え?このガキいったい・・・」
まさかの展開に男達は動揺した。
「オヤジとちょっとな。て、お前らまさか美咲にちょっかい出してんじゃないだろうなあ?」
アニキと呼ばれた男が問い詰める。
「ちょっとね。でもたいしたことないから大丈夫よ。まあちょっと頭足りないみたいだから、ちゃんと教育してあげてよね。」
男達に代わって美咲が答え、そのまま里実と二人で歩いていった。
「美咲って、何者なんすか?」
先ほど里実たちをナンパした男の一人が聞いた。
「お前ら本当に知らないのか?まあお前ら最近こっちに来たばっかだから無理ないか。何でかはわかんねえが、美咲はここいらの厄介事を解決して回っててな。前に一度、うちのバカが悪さして、そのことで組事務所に乗り込んできたことがあんのよ。」
男達はますます動揺した。
「女子高生が一人でヤクザ事務所に殴り込みだぜ。そんときの立ち回りがすごくてよ。喧嘩なんかめちゃくちゃ強いんだぜ、あいつ。」
「アニキよりも?」
「ああ、俺なんか一撃でのされちまったよ。それで、オヤジが気に入っちまってさあ。」
「組長の女に?」
「いや、そこまでは。まああの人は男女関係なく、単純に強いやつが好きだからな。」
「あの、俺達・・・」
「心配すんな。オヤジには黙っといてやるよ。それよりお前ら、怪我しなくてよかったな。」
さっきまで威勢のよかった男達が、嘘のように縮みあがっていた。