三章~(3)約束のために~
里実は和樹の家に戻っていた。美咲は夕飯の買い出しに出てしまって家には里実一人。
里実は桜華の遺影に語りかけていた。
「私、絶対桜華ちゃんとの約束守るからね。」
ふと部屋の隅に目をやると、スポーツバッグが置いてあるのに気がつく。
(宮下君の・・・かな?)
中身を見た里実は満面の笑みを浮かべた。
玄関で扉を開ける音が聞こえる。和樹だ。
「宮下君、お帰り。」
「何だよ。うっせーな。」
里実は和樹のスポーツバッグを持っていた。
「これ、宮下君のでしょ?」
「だから何だよ。つか勝手に持ってきてんじゃねぇよ。」
「ごめんなさい。でもこれ・・・」
里実はスポーツバッグの中からグローブを取り出した。
「宮下君、野球を完全にやめたわけじゃなかったんだね。ほらこれ、最近付いた汚れだよね?」
「だったら何だよ。体がなまってるからたまに投げてるだけ。俺は野球なんかもうやめたんだよ。」
「どうして?何でそんなこと言うのよ。野球が体に染みついてて、投げたくてしょうがないんじゃないの?本当は野球部にだって戻りたいんじゃないの?」
里実が食い下がる。
「お前バカなのか?あんなことして戻れるわけねぇだろ。あいつらも俺となんかやりたくないだろうし。だいたい、妹が死んだぐらいで冷静さ欠いて打たれるようなピッチャー、必要ねぇよ。桜華のこと思い出したらまた同じようなことになるかもしれない。だから・・・」
「卑怯よ!桜華ちゃんのせいにしないでよ!あの試合負けたのは相手のほうが実力で勝ってたからでしょ。それは宮下君だってほんとはわかってるはずよ。今だって、また負けるのが怖いから逃げてるだけでしょ!」
「ふざけんな!」
和樹は里実の胸倉をつかむと壁に押しつけた。
「さっきから何なんだよ!!」
「そんな卑怯者の弱虫、桜華ちゃんの好きだったお兄ちゃんじゃない!」
「お前に・・・お前に桜華の何がわかるんだよ!」
和樹は里実の顔を殴りつけた。里実は涙を流していたが、それでも引き下がらない。
「・・・桜華ちゃんのために・・・」
「黙れ!!」
床に倒れた里実に馬乗りになって、和樹がもう一度殴ろうとしたその時、玄関の扉が開いた。美咲と耕作が一緒に帰ってきたのだ。
「お前、何やってるんだ!」
「和樹てめぇ!」
美咲が和樹に蹴りを入れ、里実から引き離す。
「出てけ!お前の顔なんか見たくねぇからさっさと消えろ!!」
和樹は里実に怒鳴ると、グローブを投げつけた。
「言われなくても出てくわよ!」
美咲は「大丈夫?」と里実の体を起こし、そのまま出ていってしまった。