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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
初恋と失恋と
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離島

ーーそれにしても。


名探偵(自称)多原は考える。


多原本体を林檎さんが愛していないことはわかった。それは、致死量の好意を受け止められないヘタレな多原にとって朗報だ。


だけど、どうしてその人の代わりが要るのだろうか。その人自身を愛せない理由が、何か、あるのだろうか。


多原がそんな疑問を抱いていると、林檎さんは、よく整頓された机のそばに歩いて行く。質素な写真立てに手を伸ばし、多原にそれを見せてくれた。


写真の中では、たぶん、幼い頃の林檎さんと、知らない少年が、二人で並んで立っていた。どこかの海なのだろうか、きらきらと水面が光っていて綺麗だ。


「これは?」

「私の初恋の人と撮った写真です。初恋だと気付いたのは、失った後でしたが」


林檎さんは、自嘲気味にそう言った。それだけで、バッドエンドの匂いがプンプンしてくる。この麦わら帽子を深く被った少年は、一体、どうなってしまったのだろうか。


「私は、失ってしまったものを、取り戻そうとしていたのかもしれません……多原様、聞いていただけますか? 私の、初恋の話を」


多原は重い気持ちで頷いた。自分関連のグッズとポスター大に引き伸ばされた写真に混乱していたけれど、林檎さんの表情を見たら、首を横に振れなかったのだ。




「ええと、これから、私は初恋の話をしたいと思うのですが」


応接室に戻って。多原をソファに座らせた林檎さんは、なぜか咳払い。なぜか、片目で多原のことをちらちらと窺うようにして見てくる。


「あの時の私は、とても礼儀知らずで……有り体に言ってしまえば、性格が悪かったのです。それだけは、注釈しておきますね」


多原は意外に思った。そんな林檎さんは、想像できなかった。頷くと、林檎さんは微笑んだ。


「ことの始まりは、小学校の時の夏季休暇でしたーー」











「林檎、今年の夏は、島に行こうか」


林檎が小学校の頃、長期休暇に入ると、決まって父は、林檎とどこかに行きたがった。

葉山は、日本各地に別荘を有していて、それらは避暑地や避寒地として使われていた。


父が、林檎のことを特別大切にしていたかというと、そうでもないと思う。ただ、ここまで育ててくれたということは、不器用な父なりには大切にしてくれているのだろう。


けれど、父が林檎と一緒にどこかに行きたがるのは、娘と親子愛を育む目的だけではないのだと、幼い林檎は理解していた。


葉山の家に生まれながら、経営者として成功した父の元には、政界で何かがあるたびに、よく人が訪ねてきていた。力になれないと伝えても、父の元にやってくる人は途絶えない。

たぶん父は、それが煩わしくて、林檎への家族サービスを言い訳に、家から離れていたのではないだろうか。




それにしても、「島」とは。とうとう、本土をも離れてしまうのだろうか?


父は……これは今でも変わらないが、事務的な口調で言う。


「場所は静かな離島だ。派手さはないが、景色が美しい。宿題も捗るだろう」


それを聞いた林檎は眉を顰めてしまった。小学生にむかって、「宿題も捗るだろう」とは。何のために、一般生徒が通う公立小学校に入れたのだか。


だが、林檎もまた、家から離れたい理由があったので、「楽しみです」と笑って見せた。その頃の林檎は、父と、とある理由でぎくしゃくしていたからだ。


旅行という特別なイベントならば、話す内容も絞り出さなくて良い。あそこが綺麗とか、あれが楽しかったとか、当たり障りない感想を言っていれば良いからだ。


かくして、林檎は、夏休みの間、離島で過ごすことになったのだ。




高速船の室内で。林檎は、これから行く島について、父からレクチャーを受けた。


人口は百人にも満たない。ほぼ自給自足の生活で、一次産業が発達しているが、林業は底打ちになっている。今は、定期船で本土の店に農作物を卸している……などなど。


「わざわざそんなところを選ばなくても……」


椅子に座りながら、林檎は、今度こそ反論してしまった。


だが、父は眉一つ動かさずに。


「人が少ない方が、自然に触れやすいだろう」


などと言う。


本心としては、人口の少ない、辺鄙な島に行くことで、“追手”の目から逃れたいというところだろうか。


「人が少ないとなれば、治安の面が心配です」

「心配するな。今から行く島は、すこぶる治安が良い」

「?」


林檎は首を傾げた。父は、眼鏡のブリッジを押し上げる。


「なにせ、国の目が光っているからな」




国の目が光っているのなら、尚更、ここに来てはいけなかったのではないだろうか。


桟橋を歩きながら、林檎はそう思う。「国」というからには、政治が関わってくるわけで。父が煩わしいと思っている人々も、その中に入ってくるのではないだろうか。


せっかく逃避をしているのに、見つかるような真似を。




こじんまりとした離島にふさわしくない、コテージに来ても、その気持ちは変わらなかった。


どうやら、この離島は、観光に力を入れ始めているらしい。助成金も出して、離島に住む人も募集しており、「国」も特に、この離島を存続させることに力を入れているのだとか。


最低限の荷物を置いて、林檎は父に問う。


「どうして、存続させようとするのですか?」


聞いた限り、この島に、存続させるような価値はない。どこにでもありふれている島だ。


ひとつ、違うとすれば……。


林檎は、窓から見える、白い塔を見遣った。そう、あれは、塔だ。


林檎の視線を追って、父が頷く。


「悲劇を忘れてはならないからだよ」











橿屋さんが、扉を開けて入ってきて、多原の前に皿に載ったシュークリームを置いてくれる。

クッキー生地で、さくさくしてて美味しそうだが、多原はまだ出してもらったケーキを食べている。


「多原様、たくさん、たくさん召し上がってくださいね」


林檎さんは上機嫌。多原はお礼を言ってケーキを食べるが、林檎さんの目線が気になって仕方がない。


「あ、あの」

「申し訳ありません。多原様があまりにも美味しそうに召し上がるので、つい」


林檎さんは、ニコニコニコニコと。多原でもわかる、ちょっと声が高くなっていた。


「本当に、多原様は、あの子に似ている……食べ物を美味しそうに召し上がるのも、そっくりですね」


多原は、何と言っていいかわからなかったが、林檎さんがスマホを持ち出して、はあはあ言い出した時からシリアスな雰囲気は吹き飛んだ。自分の間抜けヅラを高貴なるスマホに撮らせるわけにはいかない!


「……むぅ、手強いですね」


林檎さんは、「肖像権がありますし」と言って、スマホをしまった。そのあっさりとした引きように、多原は気付いた。

これは、林檎さんなりの気遣いなのだと。重くなってしまいがちな話を、少しでも軽くしようとしてくれているのだ。


「多原君、たぶん良い方に捉えてるんだろうけど違うと思……」


何かを言おうとした橿屋さんの方を多原が見ると、ちょうど橿屋さんが口を噤んで「なんでもないです」と言った。橿屋さんは、林檎さんの方を見ていた。


「話を戻しますね。と言っても、これと関係のある話なのですが……」











「嫌い、お父様なんて、大っ嫌い」


島に来て数日。林檎は、拗ねながら、海岸沿いの道を歩いていた。我ながら子供っぽいが、衝動を抑えることはできず、父の静止を振り切って、飛び出してきてしまったのだ。


地面を見ながら歩いていた林檎は、ふと、目線を上げた。美味しそうな匂いがしたからだ。


「なに、食べてるんですか」


不機嫌な声が出る。


「えっ、コロッケだけど……」


ガードレールに座りながら、その少年は、戸惑ったように言った。


それが、林檎と少年の出会い。忘れたくても忘れられない、一夏の思い出の始まりである。

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