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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
多原とヒロイン
9/112

何か大きな力

秋の朝。爽やかな風が、開け放たれたバルコニーの扉から入ってくる。今日は快晴。しかし、葉山林檎の気持ちはすぐれない。


「父の名前を騙る何者かが、芝ヶ崎に接触したということですか?」

「ええ、その通りです」


林檎の右斜め後ろに立つ橿屋は、一歩前に出て、食後のコーヒーを机に置いた。また一歩下がる。


ある時は誘拐犯、ある時は警官、またある時は映画の撮影スタッフの役を務めるこの男の本業は、葉山家の、もっと言うならば、林檎の執事である。


「例の、芝ヶ崎傍流からの情報です。誤りはないかと」

「困りましたね」


林檎は眉を顰めて、コーヒーを一口飲んだ。橿屋の淹れるコーヒーは今日も美味。実に林檎好みだ。だが、話の内容のせいか、ほんの少し、苦く感じる。


「そんなことをされたら、芝ヶ崎が警戒してしまうでしょう」

「ええ。実際、芝ヶ崎内での彼の“利用価値”は、高まっているとの報告もありました。取るに足りない存在から、旦那様から一目置かれる存在へと。多原君に向けられる目は、確実に多くなっています」

「相手の狙いは、それでしょうね」


林檎は溜め息を吐いた。 


「偽の養子の話を出して、多原様への注目度を上げる。それが、好意であれ悪意であれ。芝ヶ崎ならば、後者でしょうが……多原様に注目する人間を増やすことで、私たちが容易に手を出せないようにした」


林檎の脳裏に浮かぶのは、黒髪の少女である。


多原に屋敷に来るのを断られた翌日、林檎は、多原の通う高校を訪れた。目的はもちろん、多原に会うためである。


だが、あの女が、目の前に立ち塞がった。


最初あの女は、他所行きの顔をしていたが、話をするにしたがって、化けの皮が剥がれてきた。真人間の皮を剥げば、中にあるのは醜く腐った欲望の肉である。あの女は、林檎を多原に会わせようとしなかった。


「芝ヶ崎令」


林檎は目を瞬いた。思ったよりも、その名を憎々しく呼んでしまったからだ。


「芝ヶ崎の嫡流ですか」

「ええ。今回のことは、彼女の仕業と見て良いでしょう。多原様を芝ヶ崎の外から手が出せないようにしても、彼女には何のデメリットもありませんから」


寧ろ、メリットだ。多原を芝ヶ崎内で囲ってしまえば、彼女にも機会が巡ってくる。もっとも、嫡流と傍流では、身分が違いすぎて、認められはしないだろうが。


「いずれにせよ、次の手を打たねばなりません。警視総監には?」

「はい。連絡済みです。じきに、()()()()が届くかと」

「さすがです」


林檎は薄く微笑んで、コーヒーに口をつけた。先ほど感じた苦味は消えていた。






「おかしい」


昼休み。多原は、スマホの画面をスクロールしまくっていた。


「何やってるんだ、さっきから?」


島崎が、呆れたような視線を送ってくる。多原はスマホから目を離した。


「ほら、この前みどり町で映画の撮影があったろ?」

「あー」

「その映画の情報、そろそろ上がってるかなーって思って見てたんだけど、検索しても何にもないんだよ。おかしいな、ボツになったのかな?」


結構楽しみにしていたクチなので、気が向いたときにスマホで検索してるのだが、なかなか情報が上がってこない。


「みどり町舞台っていうと、どんな映画になると思う?」

「少なくともファンタジーでないことは確かだな」

「恋愛、刑事ドラマ、医療ドラマ……いっそSFとか?」

「お前的には何が良い?」

「断然刑事ドラマだろ! なんかこう、スタイリッシュな主題歌で、どんでん返しがすごくて、バディもので……」




その、数日後。


多原が登校すると、教室が俄に騒がしかった。


「? どうしたんだ?」

「お前、予言者だったんだな……」


島崎が近くに寄ってきて、多原の肩をぽんと叩いた。ますます首を傾げる多原。 


「映画の撮影だよ! みどり町の公園に来てるんだってさ」

「まじで?」

「しかも、衣装見るに刑事ドラマらしいぞ。今日いっぱいやるらしいから、帰り見に行こうぜ!」

「おう!」


多原はわくわくした。映画の撮影なんて、ついぞお目にかかったことがない。


この映画の撮影は、前の映画と同じなのだろうか。昼休みにスマホで検索すると、なんとも早いことに、きちんとロケ地情報のページが出てきた。聞いたことがない名前のタイトルの映画だが、公開日になったら見に行こう。


「みどり町を選んでくれた人に感謝だなあ」


こんな、言ってはなんだが普通の町を撮影場所に選んでくれるなんて。何か大きな力が働いているに違いない。






「どういうことだ!?」


何か大きな力が働いているに違いない。俺は頭を抱えた。


「し、使用料がひーふーみー、ダメだ数えきれん。しばらく大きな数字と接していなかったから……」


売れない推理小説家、つまり俺こと水島(みずしま) 全哉(ぜんや)は、ついさっきあったことを思い出していた。



さっき、編集部から電話があった。いよいよ見放されるか、と思っていたら、電話の向こうの担当は、ついぞ聞いたことのないはしゃぎっぷりで、「映画化ですよ、映画化!」などと言い出した。


最初に考えたのは、ドッキリだった。こんな小説家、ドッキリにかけてもなにも面白くないと思うのだが、その時はそう思ったのだ。


そうこうしてるうちに、出版社に行くように言われて、数々の刑事ドラマを手掛ける有名監督が目の前にいて、ぜひとも俺の小説を映画化したいと頼み込んできた。


当然、俺は理由を聞いた。監督は、少しだけ目を逸らした後。


「私もわからないんです」


と、一言。


「あっ、でも、これは私にとってもチャンスだと考えていて。一回ボツになったんですけど、貴方の小説を、映像にしてみたいと思っていたんですよ」


とってつけたような言葉だ。俺は、担当編集を見た。


「あ、それは本当です」

「言えよ」


そうしたら、俺もここまで腐ることなかったってのに。


「いやあ、良かったですね水島先生! とうとう水島先生の作品が、陽の目を見る時が来たんですよ!」 


調子の良い編集は、俺の肩をばんばん叩いた。監督は、俺の腐りっぷりを見兼ねたらしく、俺の著作を挙げた上で、誉め殺しにしていた。


「でもまあ、どの作品も、採算が取れないのでボツになったんですけどね」

「じゃあ、なんで今頃……」

「何か大きな力が働いたとしか思えないです。ただ一つ、条件がありまして」

「なんでしょうか」

「とある町を、ロケ地にしなければいけないんです」






「うわあ、すげえ人混み」

「こんなに人がいたら見えないな」


多原と島崎は、放課後、みどり町の公園の前に来ていた。人の頭の間から辛うじて見えるのは、規制線の張られた公園の土だけ。


「にしても多いな」

「この時間はなー、みんな学校終わってから見に行ってんだろうし」


島崎の言う通り。ちらほらと、寄り道してる制服姿の学生の姿が見える。そろそろ息苦しくなってきた多原たちは、撮影の空気だけを堪能した後、人混みから抜け出して。


目の前に、一人の少女が立っていた。


帽子を目深に被っているが、一目で美人だとわかる。多原より背の高い少女は、多原をじっと見て。


「なぁんだ、期待したほどかっこよくないじゃん」

「へ?」

「フツーって感じ。あーあ、見に来て損しちゃった。じゃあね、多原くん」


ひらりと手を振って、背を向けた。

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