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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
芝ヶ崎内乱
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訣別

ーー成程、これが、葉山林檎の描いた青写真か。


巳嗣は、舌を巻く思いだった。


倉庫の共有。在庫の売買。これら二つの要素を組み合わせて、鳶崎物商を救う手立てを作り出した。


物を運ばずして、利益を発生させる。この物流崩壊時代において、一度しか使えない。まさに、多原の言っていた“魔法”であり、


「葉山の犬に成り下がった分際で」

「これを()けるのか、鳶崎の? 承ければ、貴様は我らの敵であるぞ」


“外法”である。芝ヶ崎の人間たちを、一気に殺気立たせるほどの。


芝ヶ崎の上位に位置する家の人間は知っている。コンティネンタル・ラインが誰の力を借りて、鳶崎物商の在庫を買い取ろうとしているかを。


客席の殺気は、多原が友人宣言をした時の比ではない。


彼らは、葉山が介入することに、殺気立っているのだ。


ーーだが、葉山の介入なら、一度あったはずだ。


鳶崎と楢崎の戦いにおいて、両者にもたらされた融資。これについて、とやかく言ってくる人間は誰もいなかった。それとの違いは。


ーーああ。


頭の中でパズルを完成させて、巳嗣は、軽く(かぶり)を振った。いけない、また、風景パズルの違和感を見逃して、違うピースをはめるところだった。


ーーあの連中が嫌っているのは、葉山じゃない。僕なんだ。


わざわざ、同胞を刺激するように、葉山の名前を出していること。“我らの敵”という言葉。


一度目の融資を彼らが黙って見ていたのは、巳嗣が破滅する手助けになると思ったから。今になって口を出してきたのは。


巳嗣は、ふと、客席を睨もうとして失敗している多原を見た。


ーー僕が、助かってしまうから。


彼らは別に、葉山の介入を嫌っているわけではない……いや、葉山など意にも介していない。だが、巳嗣が助かるとなると話は別。


この結婚式に参列した人間の葉山嫌いを煽り立て、味方にするつもりなのだ。だからこそ、葉山の名前を出した。


『俺は、別に強制したいわけじゃありません。決めるのは貴方だ』


画面の向こうの門脇社長は、厳しくも優しくも、巳嗣に判断を委ねた。


巳嗣は、多原を見。そして、令を見ようとしてーー()()()


深々と、門脇社長に頭を下げる。


「物流シェアリングのご提案、感謝いたします。よろしく、お願いいたします」


次に頭を上げた時。巳嗣は、彼らの表情を見て自嘲してしまった。


これは、芝ヶ崎一族との訣別である。




鳶崎巳嗣は、葉山の犬に成り下がった。


会場中の人間の認識は、そのようなものだろう。


鳶崎物商は潰れない。それはたしかにその通り。在庫過多による黒字倒産は免れるだろう、が。


「社長。私は、葉山と手を組むなど反対です」


参列していた社員が口を開く。


「そうです。社が潰れるというのなら、葉山ではなく、別の人間に救ってもらうべきです」


社員による、葉山への反発は免れない。そうだ、そのために、巳嗣を嫌いな人々は、わざわざ葉山の名前を口にした。


ーー物流シェアリングをしたとして、社内にそれを肯定してくれる人間がいるとは……。


有嵜紳悟は会社を去った。肝心の物流部。染先執行役員は……。


巳嗣が、これからの未来に、頭を悩ませていた時だった。


『そのようなわけでございまして、社長。物流シェアリングの件、率先して進めさせていただきますので、よろしくお願いします』

「……!?」


巳嗣は、唖然とするしかなかった。


「ど、どど、どうして……!?」

「あ、桜一郎さんだ」


多原がさも知り合いかのように呟いた。それが、何よりもの証拠だったのだ。


ーーやられた。


まさか、自分が凡庸だと評価していた染先に、裏をかかれていたとは。いや、染先だけではない、巳嗣は、有嵜にも騙されていたというわけだ。


画面の向こうにいる染先執行役員は、門脇社長に肩を叩かれて苦笑いしている。


『今頃、芝ヶ崎内では非難轟々といったところでしょうか。私も葉山に寝返った人間として(そし)られているのでしょうね』


膿は出したと思っていた社員たちが黙っているのをいいことに(あちらには聞こえないだろうが)、ぺらぺらと喋る染先。


『ですが、とある噂を聞いて、葉山の介入を許した方が良いと思いました。噂というのは……多原君なら、知っているだろう?』


巳嗣は舌打ちしそうになった。巳嗣の立場から言うことではないが、どうして多原の名前を出してしまうのだろうか。


おかげで、今まで路傍の石同然に見られていた多原が、表舞台に引き上げられてしまった。


ーー僕を潰すより、多原を潰す方が早い。


少なくとも、巳嗣ならそう思った。以前の、巳嗣ならば。


予想通り、多原はオロオロしていた。が、それに構わず(なにせ染先の視界にいるのは巳嗣だ)染先は多原に言う。


『そちらにおられる本家のご令嬢が、白川の手の者と恋仲であるということを』


……瞬間、巳嗣の全身が粟立つ。


客席にいる有象無象の比ではない()()が、画面の向こうの染先に向けられている。


『だからこそ、この結婚式を邪魔しに来たんだろう。君は、令様のことが大好きだからね』

「あっ、そ、そうです! 俺は、令様に、好きな人と結婚してほしくて、結婚式を邪魔しにきたんです!」


多原が思い出したようにそう言うと、客席の人間からは、「あの噂か」などという言葉が飛んだ。


あの噂。白川の子会社であるクリアテックとEC事業で提携したイセマツヤの御曹子と、令が恋仲であるという噂である。


だがそれは、白昼堂々、令に絡みに行き、すげなく扱われる伊勢隼斗の姿で否定されていたはず。


勿論巳嗣は、不用意にそれを言わなかった。染先の意図がわかってきたからだ。


ーー染先は、多原を善意のある無知な人間として仕立て上げようとしている。


表面上は、鳶崎物商と、コンティネンタル・ラインの取引の正当性の主張。陰の主題は、多原を標的にされないように誘導しているのだ。陰謀論に踊らされた可哀想な人間として。


『多原君、それは、どこから入手した情報かな?』

「ネットです!」


「アホかこいつ」という空気が、客席に醸成されていく。あまりにも知能の低さがうかがえる回答に、怒りではなく、嘲笑が広がっていく。


うんうんと頷いていた染先は、その嘲笑する人間を、さらに嘲笑するような笑みを浮かべた。


『けれども、皆さん。それを陰謀論と一蹴することはできないのです。なぜならそれは、私のような、芝ヶ崎の中間層にまで広がっているのですから……こうは考えられませんか? 白川の魔の手は、本当に迫っているのだと』


染先は語る。


『噂は噂。ですが、その噂を広めることを良しとした人間が、芝ヶ崎内にいるのです……本来なら下層で留まる噂を広めた人間がーーそうですね、裏切り者とでも、呼びましょうか?』


小首をかしげるかわいらしくない動作。それは、芝ヶ崎の一族の、細い血管を破るには十分な動作だった。


「ふざけるな!!」

「弱小風情が、知ったような口を!」


ーーこれは、染先執行役員が、流れを変えようとしているからこそ出る言葉だ。


巳嗣は、冷静に分析した。


染先は、伊勢隼斗と令の噂を嘘と認めながら、その広がりの過程に疑問を呈した。次に、発せられる言葉はーー。


『その裏切り者は、鳶崎物商にいるかもしれない』


一気に、鳶崎物商の葉山嫌いたちを、こちら側に引きずり落とす。


『まあ、取るに足りない陰謀論かもしれませんが、信憑性はあるでしょう? 電子の海に漂っていたボトルメールのようなものが、一気に衆目に晒された。これに作為を感じない方が、節穴というものだ。だからこそ、葉山を入れて監視するのです。社内の白川派が、好き勝手できないように』


「……白川の監視になるのなら」

「そのような意図があるのなら、私は」


驚いたことに。先程の葉山嫌いの社員たちは、物流シェアリングに、賛成の意を示し始めた。


葉山嫌いということは、白川嫌いという単純なことではない。ここで言っておかないと、あらぬ疑いをかけられるからだ。


すなわち、「先ほど反対したのは、白川の手先だからだろう」と。


実際、白川の手先でもない彼らは、賛成して保身することと、白川の手先と疑われることのリスクを天秤にかけたのである。


巳嗣は、頷いて。式場にいる社員に向けて、言った。


「ーーならば私は、令さんのとの婚姻をとりやめようと思う」











謝罪周りをした後、巳嗣は、チャペルの階段に腰掛けた。行儀は悪いが、そうしたい気分だった。


表向きは、御三家の争いから、令を守るため。


鳶崎物商は緩衝地帯、ということになっている。その緩衝地帯に、本家の長女を連れて行き、戦死させるわけにはいかない。


本音はーー。


太陽が目に入って、巳嗣は、目を閉じる。その間に、誰かが、言うまでもなく、巳嗣の愛した人が、隣に座った気配がした。


「染先執行役員は、一番嫌な役回りを引き受けてくれました。多原を唆したのは自分だと、各家に言ってくれたのです」

「彼には感謝しなければいけませんね」


ウェディングドレスが汚れるのもいとわず、階段に腰掛けた令は、微笑んでいた。巳嗣も微笑み返す。


「令さん」

「なんでしょうか?」

「私は……僕は、貴方と訣別しようと思うのです」


令が押し黙る。巳嗣は、「振られたからじゃありませんよ」と急いで付け加える。


「そうでないと、いつまで経っても答えが聞けないままですから」

「…………」


あんなに眩しかった太陽は、雲に隠れてしまった。地上には、冬の寒々しさだけが残る。その様子を見ながら、巳嗣は、令に問う。




「初めて会った時、どうして貴方は、私のことを、自分と似ていると……そう、言ったのですか?」

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