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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
芝ヶ崎内乱
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葉山林檎のしたこと

『良いか多原。お前は、誰の味方にもなっちゃいけない』


これは、イセマツヤの貸し会議室で、島崎が真剣な目で多原に言った言葉である。


『お前は結婚式で鳶崎巳嗣を救うが、それだけだ。お前は、鳶崎派でも、もちろん他の御三家派でもない。とにかく、鳶崎巳嗣と、必要以上に関わるなよ』


でもまあそれは杞憂か、と、あの時の島崎は、ふっと頬を緩めていた。


『鳶崎巳嗣は性格悪いから、助けられたとしても、お前に敵意を向けてくるだろうから』






ーー敵意を向けてくるどころか、事故ビンタで友人にまで昇格されたぞ!


スマホを掲げながら、多原は、内心冷や汗ダラダラだった。やってしまった。友人になるなんて、鳶崎さん……巳嗣さんの味方になるって言ってるようなもの。絶対に断らなければいけなかったのに、多原は「はい」と返事をしてしまった。


それもこれも、巳嗣さんがあんな顔してるからだ。さわやかな笑顔で、諦めた顔をして。そんなんで、友人を断れる奴がいるだろうか。


と。


多原は、自分の背中に突き刺さる視線を感じて、思い直した。いやいるな、すごくいる。芝ヶ崎関係者の皆さんは割とそういうことをする。


「多原……」


巳嗣さんは、多原と向き合ってるから、多原の背後の皆さんがどういう表情をしているかわかっているのだろう。驚いた表情から、不安そうな表情になる。


「やっぱり、友人になるというのは、」

「なしっていうのはなしです」


多原は、力強く言い切った。


「大丈夫です。俺、ゴミを見るような目には慣れてるんで」


多原は、巳嗣さんには、かっこよさでも、頭の良さでも及ばない。だけど、烏滸がましくもひとつだけ勝てるものがあるとすれば、それは、“耐性”である。


「あと、すごい悪口にも慣れてるので。今更ってやつですよ」

「多原……」



『あー、青春してるとこ悪いんだけどよ、おじさんの話も聞いちゃくれねえか?』



と、聞こえてきた声は、多原のスマホから。多原が「よろしくお願いしますーー社長!」と言ってから、ずっと繋がっていたビデオ通話だ。


そこでは、門脇社長が、苦笑しながら髪をぼりぼりと掻いていた。


『盗み聞きしちまったけどよ、やっぱり君は変だよ多原君。率直に言って、頭おかしい。どうして鳶崎の社長さんと和解どころかダチになってんだ? 疑問は尽きねえが、まあ良い。多原君、そこ、結婚式場だろ? スクリーンはあるよな?』




大画面に映し出されたのは、門脇社長である。


門脇社長は、相変わらずいかつい顔で、笑顔を浮かべていた。


『はじめまして、鳶崎巳嗣社長。俺は、門脇芹人。貴方のお父上が社長を務めていた頃に、事業廃止になった子会社の元社長です』

「鳶崎ロジスティクス……」


巳嗣さんが呟く。多原は、巳嗣さんの手に、スマホを渡してあげた。あとはもう、巳嗣さん次第だから。










……。


門脇社長は、多原から借りた二枚のICカードを、それぞれ机の上に置いた。


「こいつが鳶崎物商で」


メロンカードを右手で示し、


「こいつがコンティネンタル・ラインだとする」


ご当地ICカードを左手で示す。


どうやら、二つの会社をICカードに見立てているみたいだ。


「さて多原君。コンティネンタル・ラインと鳶崎物商は、今のところどっちが金を持ってると思う?」


多原は、おずおずと「鳶崎物商ですか?」と答えた。門脇社長は頷いた。


「悔しいことにな。だから、葉山は、コンティネンタル・ラインを買収するつもりなんだよ。鳶崎と同等……もしくはそれ以上の金額を、チャージさせるわけだ。葉山の資本力を与え、物流能力を底上げするための買収だ」


門脇社長は、本当に悔しそうだった。ずっとずっと、鳶崎を、芝ヶ崎を越えたいと思ってきたんだろうから。


「それから、買収されたコンティネンタル・ラインの物流網を使って、鳶崎物商を手助けする。だがこれは、焼け石に水の戦法だ。ICカードもそうだろ? 金額には上限がある。二万円。合わせて四万以上の物流能力が必要だとしたら、もうお手上げだーー芝ヶ崎の本家とやらは、それを見越して、結婚の条件を整えた。つまり、俺の会社が荷物を死ぬほど運んでも、鳶崎物商の在庫は捌ききれずゲームオーバーってわけだ。


……そう考えるだろうと、葉山のお嬢様は仰っていた」


とん、とん、と。門脇社長は、机の上の二枚のICカードを軽く指で叩く。


「俺が君と最初に会った時、お手上げだと言ったのは、君が葉山のお嬢様の言ったことを体現していたからだ。二枚のICカードを重ねること、それは、物流シェアリングを示していると思っていた」

「物流、シェアリング?」











「物流コストを下げるため、倉庫や運送手段を共有することですね」


多原のスマホを持ちながら、巳嗣さんはそう言った。そう言ったが、なぜそのような話が出てくるのかわからないといった風だった。


スクリーンに映し出されている門脇社長は、うんうんと頷く。


『そうです。御社には、まずは、うちと倉庫共有をしていただきたい。確か、そちらの倉庫は、鳶崎グループの傘下にあるのでしたよね?』

「え、ええ……」

『でしたら、契約などは如何(いかん)ともできるはずです』

「不躾な質問ですが」


巳嗣さんは、硬い表情でこう言った。


「それをして、御社にどんなメリットが?」

『拠点作りとでも思ってください。私は現在、片田舎とも言って良い県で物流業を営んでいますが、近々、そちらに進出する予定でして……芝ヶ崎の地縁が強いそちらにね』


悪どい笑みで、門脇社長はそう言った。多原でもわかるあからさまな挑発に、客席にいる芝ヶ崎の皆さんはぷっつんと行きそうだった。巳嗣さんは、顔を引き攣らせて笑っていた。


ーーあんな表情するんだなぁ。


と、多原はしみじみと思った。


客席の反応など見えないはずの門脇社長は、満足げな笑顔を浮かべている。かちゃりとメガネの真ん中のアレを上げて。


『けど、先立つもんがないんでーーどうでしょう。御社が抱えてる在庫を、ウチに譲っちゃくれませんか』










……。


「これで、着荷基準はクリア。なにせ、送ろうと思った瞬間に、商品は倉庫の中にあるわけだからな」


唖然とする多原に、「つまり」と門脇社長は説明してくれた。


「葉山のお嬢様がしたことは、金額をチャージすることじゃなくて、相互利用性のあるご当地ICカードを作ること。メロンをもう一枚作ったんじゃダメだったんだ。あくまでも他社でなければ、鳶崎に利益は発生しない」


机の上のカードを二枚。門脇社長は、そっと重ねた。


「鳶崎の坊ちゃんがいくら在庫を増やそうとも、むしろそれを買い取ってやれば良い。なにせ、おんなじ倉庫内にあるんだから」


むしろ、在庫を増やしてくれた方が、鳶崎の利益になるってわけだ。


末恐ろしいお嬢様だね、まったく。

 

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