魔法使いのシンデレラ
はじめ、多原は、こう言ってはなんだけど、時間に余裕を持って結婚式に割り込むつもりだったのだ。
朝早く起きてお母さんの作ってくれた美味しい朝食を食べ、「やっぱりやめない? キョウ君の好きなドラマの再放送あるよ?」という父の甘い誘いを切って捨て。
むしろ結婚式が始まったすぐ後に「ちょっと待った」をするつもりだったのだ。こういうのは、早い方が良いので。
「別に、結婚式の最中じゃなくても良くないか? これは前に言われた時も思ったけどさ」
『相手の意表をつくことが大事なんだよ』
てくてくと結婚式場までの道を歩きながら、多原は島崎とスマホで会話をしていた。あくまでも結婚式が始まってからの突入なので、時間調整が大事なのである。ここから多原は近くのカフェで精神統一する予定。
「ていうかお前、どうして電話できてるの?」
島崎は、楢崎さんちに軟禁されている。楢崎さんちは闇の組織側なので、多原との電話を許可するはずないのだが。
『あー、それな。どうやら、俺を通してお前がどこにいるかを知りたいらしい』
「ダイナミックな盗聴だな」
『で、悲報なんだがね多原君』
「なんだい島崎君」
『今からお前に追っ手がかかるから、めちゃくちゃ走れ』
ぶつっ、と通話が切れる。多原は、ちらっ、と背後を見た。人混みの中。明らかに目的を持った人たちが、まっすぐ多原の方に向かってくる。
「いやいや、いやいやいや」
言葉が出てこない多原。「いやいやいや」を連呼しながら、人混みを掻き分ける。だが、人混みが終わったらすぐに捕まってしまうだろう。
「俺ここの土地勘はないんだけど!?」
情けないことを口にしてしまう。まじでそうなのだ、多原はここの土地勘は、まったくと言っていいほどない。みどり町ならギリわかるが、みどり町にチャペルという上等なものは存在しない。
「地図……っを見る余裕もない!」
走りながら地図を見ることは不可能だ。チャペルまでの行き方は覚えているけれど、追手を撒くための道順なんかは考えていなかった!
「なんか無線みたいなの持ってるし、あれで連絡取り合ってるんだぁ!」
だめだ、声まで情けなくなってしまった。多原は長距離走が得意なタイプだが、それはあくまで短距離走と比べたらである。体力はあまりないタイプ。
相手は無線を持っていることからして、人海戦術を使っている。走ったところで捕まってしまうだろう。
「どどど、どうしよう、イチかバチか、駅の方に戻って交番まで駆け込もうか……」
多原がぐるぐる目で、ヤケクソなことを考えていた時だった。
「ーー困ってるみたいですね、多原君」
「……?」
多原の名前を呼ぶ、おそらく女の子が、いつのまにか多原と並走していた。その子はフードの下にヘッドフォンをしていて、スマホを持っていた。
そしてその声に、多原は、聞き覚えがあった。
凛とした声。生徒会長戦という激戦を勝ち抜いた天上人。レイ姉ちゃんの後継者である。
「樋口、生徒会長!?」
「しーっ。私は通りすがりの魔法使いです」
興奮する多原を宥めるように、樋口生徒会長は、唇に人差し指を寄せた。
「多原貴陽君、貴方に魔法をかけてあげましょう。あの人たちから、貴方を見えなくする魔法です」
「そ、そんなことが可能なんですか!?」
「ええ。私はすごい魔法使いなので。えっへん」
凛とした生徒会長は、キャラ崩壊を起こしていたが、たぶんそのキャラ崩壊は、多原を落ち着かせるための計算なのだろう。
「で、でもなんで、会長が俺を助けてくれるんですか!?」
「その昔、私に魔法をかけてくれた方がいたんです。その人に恩を返したくて」
「じゃ、じゃあその人に感謝ですね! ありがとう会長に魔法をかけてくれた人!」
多原が感極まって、魔法掛け・掛けられの輪に感謝すれば、生徒会長は、くすりと笑った。
「多原君は、とても面白いですね。このまま二人っきりで話していたいところですが。貴方には、することがあるんでしょう?」
すべてをお見通しの生徒会長あらため魔法使いさんの言葉に、多原は頷いた。
そうだ、多原には、やらなきゃいけないことがある。
多原の頷きに微笑んで、魔法使いな生徒会長は、「それでは」と、スマホをタップした。
「御照覧あれ。人を透明にする魔法です」
『そうです、多原貴陽は、そこの路地裏に入りました』
「報告ご苦労」
無線を切って、此度のことに駆り出されている隊長は、「もうすぐだな」と心の中で思った。
もうすぐで、多原貴陽を捕まえることができる。かわいそうなことだが、これは本家の決定だ。自分達は粛々と従うしかない。
部下が無線で報告してきた路地裏に着く。すでに路地裏の出口は、両方とも塞いである。
「各位に連絡。発見次第、傷つけないように捕獲しろ」
野生動物のような扱いである。傷つけないように、というのは、本家の温情だろうか。
隊長自らも、部下の示した路地裏に入ろうとし、
『あ、あのっ』
その時だった。暗がりに足を踏み入れた隊長の耳に、信じられない声が聞こえてきたのは。
『自分は、今、隊長に別の場所を見張るようにと指示されていたのですが……』
「別の場所とは何だ」
無線の向こうにいる部下は、今、隊長達がいる地点とは違う場所を口にした。
そして、別の班から通信が入る。
『B班より連絡します、隊長がご命令された場所に、多原貴陽はいませんでした』
「……お前が命令された場所は?」
ここまで来れば、隊長もわかってきた。
ーー撹乱だ。
「何者かが、俺たちの無線を傍受し、割り込んできている。そして、俺の振りをし、お前達の振りをしているんだ。各自、一旦俺のところに集まるように」
「やっぱりそうなるよね」
会長は、小さく笑った。
「でも残念。それは想定済みだから、その命令を使ってと」
「楽しそうですね会長、あっ、助けてもらってるのにすみません」
「本当に楽しいから良いですよ。それよりも多原君、後ろを見てみてください。追手はいますか?」
言われて、多原は後ろを恐々振り向いた。そして、目を見開いた。
「いない、いないです! やったぁ!」
「油断するには早いですよ。申し訳ありませんが、私ができるのはここまでです」
本当に申し訳なさそうな会長に、多原は、ぶんぶんと首を横に振る。
「そんなことないです! すごく助かりました! この御恩は一生忘れません! 好きなものとかありますか!」
「多原君」
「はいっ」
「生徒を守るのは、生徒会長の役目です。ですから、お礼などはいりませんよ」
フードの下で、会長はウインク。多原は、この人が生徒会長になって良かったと思った。さすがは、激戦の生徒会長選挙を勝ち抜いた強者である。
「がんばってね、キョウ君」
小さくなる背中に、エールを送る。
言い慣れない「多原君」をたくさん言って、なんだか口がむずむずしていた。
ーー隊長さんたちの近くにいないと、ジャミングができないんだよね。
スマホの画面をタップ。そこには、私の分身である、二頭身の木通しをんが、意地悪い顔をして笑っていた。私もその顔を真似した。
ーー合流なんてさせないよ。私だって、結婚式を邪魔したいんだから。
鳶崎巳嗣は許せない。だけど、もう一人の恩人が、芝ヶ崎令が、鳶崎巳嗣と誓いのキスをすることも、私は許せなかった。
彼女のファーストキスは、キョウ君に決まってるんだから。
いくら鳶崎巳嗣を陥れるためっていったって、そんなの許せない。
これは、生まれの差なのかもしれないけど、女の子の唇って、そんなに安い物じゃないと思うんだ。
ライバルで憧れで恩人の彼女に、私は至極軽い口調でひとりごちる。
「だから、ごめんねレイにゃん♪」




