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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
芝ヶ崎内乱
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俺たちのろくでもねえ会社

なんかやべえもん出てきちゃったなぁ…

「こんにちは、有嵜(ありさき)紳悟(しんご)さん。本日は、お忙しい中ありがとうございます」


慇懃無礼とは、まさにこのことだと、有嵜は思った。


それは鳶崎物商の会議室である。ずらりと並ぶ顔ぶれは、鳶崎物商の人間のものではないが、有嵜がよく知る顔だった。


ーー納戸崎(のとざき)河原崎(かわらさき)、それに円佐木(えんざき)の坊ちゃんまで。うへぇ。


中でもこの三人は、芝ヶ崎の中でも一流と称して良い家柄の人間である。今代の有嵜(つまり自分)が、並々ならぬ成功を収めたとしても、彼らには及ばないほどの。


有嵜は、笑ってしまいそうになる口元と膝を叱咤して、言われた通り席に座った。


「ーーさて、有嵜さん。賢明な貴方ならお気付きのことでしょうが、これは、昇進や降格に影響する面談ではありません」


さっきから敬語を使ってくるこの男。たしか名前は納戸崎松依(しょうい)だ。


年齢は四十前半。整った顔に柔和な笑みを浮かべながら、この場を取り仕切る芝ヶ崎のフィクサーである。


なぜフィクサーなのかは、十七年前のとある事件を振り返ってみればわかる。こいつは、自死した芝ヶ崎格と同じ高校で同級生で、例の事件も、実はコイツが仕組んだんじゃないかと噂になっているからだ。けれど、証拠がないから、警察も野放しにしているのだと、まことしやかに囁かれている。


そんな危険な人物を筆頭に、芝ヶ崎の偉い人間が、有嵜に接触をしてきたのは、なぜかといえば。


ーーと、その前に。


納戸崎が口を開いたと同時、有嵜はそれを遮った。


「いーや、これは、昇進や降格に影響する面談ですよね? なんてったって、俺から情報を得たいんだから。それなりのものは、アンタらで工面してもらわないと」

「どうやら、賢明という言葉は、取り消さなければならないらしいな」


河原崎克長(よしたけ)が口を開く。渋い声に見合う口髭を蓄えたその男は、片頬を持ち上げて、有嵜を見た。


「取り潰されたいか、家を?」


権力者は、すぐにそういうことを言う。有嵜は、膝の上に置いていた手を顔の横で振った。


お話にならない、というポーズだ。


俺の家(有嵜)を潰すことに夢中になって、裏切り者を見つけられませんでした〜ってなりたいならね。それが今、アンタらが恐れていることなんじゃないですか?」

「はははっ、どうやら彼は、俺たちがここに来た理由を理解しているらしい!」


渋面をつくる河原崎。その隣で、手を叩いて笑う納戸崎。


「良いでしょう有嵜さん。なんでも好きなポストを言ってください」

「やっぱり、アンタらが来たのはそういうことですか」


有嵜は、あたかもそれがわかっていたかのように振る舞った。実際、それはわかっていた。裏切り者のことを喋りやすいよう、より良い未来が提示されることは。


ーーつまり、こいつらは。


有嵜は、親指を、自分の首の前で水平に動かした。


「鳶崎社長の首だけハネるってわけだ」

「ハネるとは人聞きの悪い。救済と言ってください」


真顔でそんなことを言う納戸崎。それに若干慄きながら、有嵜は問う。


「んで? どこが鳶崎物商を買収するんです?」

「俺のところです」


ここで、ようやく口を開いたのが、円佐木の坊ちゃんである。小さく手を挙げて控えめな態度を示しているが、ここで発言できている時点で家柄の強さが伺える。


鳶崎巳嗣よりも少しだけ年上の円佐木司佐(つかさ)は、切り揃えられた前髪の下にほぼ隠れている眉を下げながら、おずおずと口にする。


「お、俺の円佐木商事は、エネルギー商社なんだけど……さ、最近医療インフラにも力を入れてて。巳嗣くんというよりは、ナギサメディカル目当てなんだけど……うんっ、巳嗣くんのプライドは守られるしっ、どっちにしろ救済になるし、これなら()()()()()()()()()()()っ」


目を細めて、邪気なく言う円佐木。に、有嵜は迷ってしまう。


ーーこれはブラフだと思ってたが。


正直言って、鳶崎商事を買収する話は、嘘だと思っている。虎視眈々と上を引き摺り下ろすのがお得意の芝ヶ崎が、仲間を助けるだと?


だが、なんだろう。円佐木は、本気な気がする。


「だから、俺は、手助けしたいっていうか、味方がいるんだよって言いたいっていうかーー感謝されたいからさぁ? ね?」


円佐木の「ね?」が、河原崎と納戸崎に向けられていたことで、有嵜は理解した。


ーーなるほど、そっちもそっちで話がまとまってないわけか。


円佐木は本気で鳶崎物商を買収したい。だが、納戸崎と河原崎は見捨てるつもりでいる。円佐木はそれを不満に思っており、有嵜がいる前でわざわざ鳶崎買収の希望を語っている。


ーー円佐木の坊ちゃんを連れてかないって選択肢もあるけど、それだと俺に“買収する本人に話を聞かなきゃわからない”って言われる可能性があるから、連れてこざるを得なかったわけだ。


「司佐君、喋りすぎですよ」

「だってだって、二人ともわからずやだから……」


嗜めるように言う納戸崎に、眉を下げながらも不満そうな顔の円佐木。完全に沈黙を守る河原崎は、自分の短気をわかってのことだろう。


ーー頃合かな。


「ほんっと、お話にならないですね」


ため息つきで言ってやれば、三人が三人とも、強者の目で有嵜を見た。


「これじゃあ、裏切り者の話をするのをやめたくなるなぁ」

「どうして貴方は、そんなに横柄なんですか……?」


首を傾げて、円佐木がそんなことを言う。


「そんなんだったら、鳶崎物商が存続しても、上に上がれなくなりますよ……?」


物腰穏やかな脅しである。有嵜は不遜に笑う。


「今現在は俺が有利だからですよ。俺は今に生きてるんで」

「訳がわからない……納戸崎さん、バトンタッチです」


円佐木に言われて、納戸崎は、


「それでは、今に生きてる有嵜さんに質問ですが」

「なんですか?」

「裏切り者は、貴方で合っているということですね?」

「は?どういうことです?」


高鳴る心臓を押さえつけながら、有嵜は聞き返した。納戸崎は、平坦な口調で答えてくれた。


「買収の話が出ても、なおもその横柄な態度を崩さなかった理由は、俺たちに価値がないからということを知っていたからですねーー俺たちが、嘘をついていると」

「態度だけで言われるんですか? 判断材料が少なすぎません?」

「そ、それなら一つ付け加えますよ。だって、貴方は、質問すらしなかったじゃないですか」


納戸崎に加えて、こちらは声が少し震えている円佐木がそう言った。恐れ多くも、納戸崎と河原崎を指差しながら言う。


「貴方が質問してくれれば、この二人も買収派に傾いたかもしれないのにっ、わざわざ喋りすぎてヒントをあげたのに、貴方は、本当に買収するのかどうか、まったく訊こうとしなかった……! 設定が甘すぎますよ、有嵜さん。昇進の話をしていながら、肝心の会社存続に興味がないなんて、おかしすぎます」


まるで名探偵かのように、ペラペラと喋る円佐木に、有嵜は、この部屋に入ってきた時とは違う笑いを抑えるのに精一杯だった。


「んで?」

「こ、これは、最初から、俺たちを敵認定してたってことですよね……? 昇進の話をして、俺たちの話に乗ったフリをする……傲慢さを装いながら、俺たちから情報を搾り取るだけ搾り取る……俺たちが、どこまで把握してるか……」


有嵜は、肩をすくめた。


「正解。さすがは鳶崎社長には及ばずながら、家柄が良いだけありますね」


せめてもの抵抗に、相手の神経を逆撫でするようなことを言ってやる。


「それで? 今は鳶崎物商に関係ない、何の権限も持たない人たちが、俺をどうするってんです? 有嵜の家を干しますか?」


そのくらいの覚悟はしてきたつもりだ。


辞めていった人々の背中を思い出しながら、罪滅ぼしなんて馬鹿なことだと自嘲する。


だが。


「そ、んなことしたら、()()()()()()じゃないですか……だって貴方、知り合いなんでしょう?」


円佐木が、おどおどと、明るく言う。


ーー知り合い? そういや、買収話が出た時に、喜んでくれると思うとか言ってたけど。


あれはてっきり、鳶崎社長のことだと思って聞いてきたが。知り合いという表現はおかしくないか?


()によろしくお伝えください。え、円佐木司佐は、有嵜さんの命を救うことに尽力してましたって」

「? はい、伝えておきます」


有嵜が「誰だよ彼って」と思いながらも返事をすると、円佐木は、それはそれは、幸せそうに笑ったのであった。











と、いうわけで。


「まさか、俺がなぁ」


有嵜紳悟は、誰もいない物流部でそう呟いた。どうしてこうなった、と本当に言いたい。


物流部で腐っていくはずだった。それなのに、奔走する彼を見ていると、なんだか遠い昔に、自分が追い出した彼らが重なって見えた。


後悔の話をした時、彼の目には、何の感慨もなかった。あれは「使えない」という目だ。まあ、彼が慰めの言葉を口にしてくれるなどとは、別に思ってはいなかったけれど。


芝ヶ崎の連中が、この会社の人間を嗅ぎ回っているという噂を聞いた時、すぐにピンときた。これは、彼を炙り出すためにやっていることだと。


だから、有嵜は、彼にちょっとした復讐をすることにした。「使えない」という目をした彼に、自分が「使える」ことを証明してやりたかったのだ。


ほんの悪戯心で、自分は、この会社を去る。奇しくも彼が来た時と同じ、軽い段ボールを抱えた時だった。


……足音が聞こえた。


「帰ったんじゃなかったのか?」


振り返れば、そこには。


「どうしてですか、有嵜さん」


理解できないという表情。彼は、哀れみでもなく、悲しみでもなく。なんともいえない表情を浮かべていた。有嵜は、軽いダンボールを机の上に下ろして、彼の胸に拳をこつりと当てた。


「どうよ、俺って使えるだろ?」

「……はい」


弟が死んだ話をしても顔色ひとつ変えなかった同僚は、静かに肯定してくれた。それだけで、有嵜は満足だった。


「じゃ、あとは頼むぜ、()()()()()()。俺たちの……ろくでもねえ会社を、救ってくれや」

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