多原家代表
「んで? その陰謀論とやらは続行するのか?」
場所はイセマツヤの貸し会議室。
今更だが、百貨店をやってるイセマツヤが貸し会議室の事業をしてるのは、近頃弱火に(下火にだっけ?)なってきた百貨店事業を生き残らせるべく色々頑張っているから、らしい。
伊勢君は、サッカー部キラキラスマイルではなく、皮肉げな笑みでこう言った。
「本業で食えなくなったから副業するって感じだよ」と。多原にはよくわからないが、それはいわゆる「ブザマ」ってやつらしい。伊勢君は、時々よくわからない闇をのぞかせる。お金持ちの息子は大変である。
話を戻して。多原は、伊勢君の問いに「うーん」と腕をこまねいた。正直言って困っている。重要なのは、御三家とは無関係な人間との恋愛話のでっち上げだったのに、闇の組織のリーダーによって、伊勢君は白川家の関係者だとバレてしまっている。
「このままじゃ、第一次御三家大戦が起こりかねないんだよなぁ」
「あら、すでにそれは、起こりかけているのではなくて?」
凛とした声が会議室内に響く。多原たちと同じ椅子に座っていても、その椅子が超高級に見える佇まいをしている少女の声だ。
少女は、まつ毛を伏せて淑やかに笑った。
「なにせ、芝ヶ崎の分家の企業に、葉山が出資しているのですから?」
少女の正体は、芝ヶ崎と並ぶハイパーつよつよお金持ち美少女お嬢様、葉山林檎である。彼女もまた、鳶崎さんを救いたいと言って、この作戦会議に出席してくれたのだ。林檎さんは、口元に手を当てて上品に笑う。
「いまさら、均衡なんて崩れていますわ」
「とか言って芝ヶ崎を潰す気だぞこのお嬢様。気いつけろよ多原」
「かつての同志にむかって、ひどい言い草」
そのハイパーつよつよ以下略に向かって失礼な言葉を投げつけるのは、多原の親友である島崎である。なぜこの場にいるかというと、普通に多原が尾行されてて気付かなかったからである。
伊勢君は、何か言いたそうな顔だったが、この二人を招き入れてくれた。かくして、陰謀論作成委員会(多原が勝手につけた名前)は、四人体制にパワーアップしたというわけだ。
「すでに葉山が内部干渉しているのです。今更、白川が絡んできたところで、伊勢様と芝ヶ崎令が恋仲だと、誰が思いましょうか? これは、むしろ幸運なことですよ? 多原様、貴方は、御三家全ての後ろ盾を得られるのですから」
「いやに喋るじゃないですか、葉山のお嬢様」
「ふふ、つい。善意が暴走しましたわ」
伊勢君の笑みを、林檎さんはひらりと躱す。怖い。ヒエラルキートップ同士の会話はとても怖い。
「んー、まあ。いっそ御三家大戦と見せかけるのはアリかもな。本当にそれを起こすかは別として」
島崎は、テーブルに頬杖をつきながら、やる気のなさそーな表情で会話に入っていく。
「御三家大戦を起こしたくない奴らが、勝手にお前の陰謀論を否定してくれる。葉山のお嬢様が後ろ盾って言ってるのはそういうことだ。そうしたら、お前の望む通り。本家の長女は、コイツと結婚しないで済むからな」
コイツ、と指差された伊勢君は、こめかみに青筋を浮かべた。
「別に俺は、芝ヶ崎令と結婚しても良いんだが? クール系美少女たまらなすぎだろ」
多原は伊勢君を睨んだ。幼馴染をそういう目で見ないでほしい。しかし、鈍感さがすぎる伊勢君は、もう一人の美少女である林檎さんに向き直る。
「なあ、葉山の御令嬢。どうだ?」
「ふふ、それは却下いたします。白川と芝ヶ崎が手を組んだら、葉山が仲間はずれになってしまいますもの」
「アンタにとって、仲間はずれになる以上にメリットになるはずだけど?」
「私は下心で動いていませんよ」
「あっそ、じゃあ俺と芝ヶ崎令の結婚はナシ」
いとも簡単に、伊勢君はレイ姉ちゃんとの結婚案を捨ててしまった。君子はなんたらだな、と多原は思った。たしか、なんたらの部分にはネコ科の動物が入ってた気がする。
林檎さんと伊勢君のやりとりを聞いていた島崎は、チンピラよろしく伊勢君に凄む。
「おい、伊勢コラ。お前、自分が白川の手先だってこと忘れんなよ」
「そっちこそ。多原の意見を尊重してるように見えて保身に走ってんのが丸わかりなんだよ」
「あん? 保身に走ることが多原のためになるんだよ。これだから芝ヶ崎じゃねえ人間は」
ギッスギスである。
サッカー部のエースである伊勢君と、図書委員のエースである島崎が、雰囲気悪い会話を繰り広げている。多原の胃は、きゅうっと縮こまった。
思えばこの会議、御三家それぞれの代表が参加しているのだ。これ、戦争の前段階の情報戦ってやつじゃないだろうか。なんてことだ、すでに戦端は開かれているのだ。
ーー芝ヶ崎の島崎と、葉山の林檎さんと、白川の伊勢。そして芝ヶ崎の俺。
なるほど、芝ヶ崎は二人いるから有利だな。
「言っとくけど多原。お前は芝ヶ崎代表じゃないからな」
ドヤ顔をしていた多原に、島崎が冷たい目でそう言った。
「な、なんで」
「お前は多原家代表の多原だ」
「そ、そんな。クイズ番組に参加した人みたいな扱いを……!」
それだったら、伊勢家代表の伊勢君だし、島崎家代表の島崎だし、葉山家代表の林檎さん……あっ、だめだ均衡崩れる。
「この戦いにお前はついていけないだろう」
伊勢君が厨二病みたいなことを言ってくる。不覚にも多原はわくわくした。
「いがみ合っているお二方は置いておいて、多原様。貴方の陰謀論に必要なのは、リスク軽減です。貴方が陰謀論の出どころだと、認知されないために動くべきですわ」
わくわくしていると、林檎さんが優しい笑みで、多原にアドバイスしてくれた。
「けっ、んなこと俺にもわかってらぁ。要は御三家それぞれが、陰謀論の出どころだってすりゃいいんだよ」
島崎が荒み気味に言い、
「そうそう。うちのお嬢様も、多原が傷つけられるのは放っとけないはずだから、協力してくれるさ」
「白川さんは優しいからな」
夕暮れの教室でのことを思い出しながら多原が言うと。
すぱんっ。
伊勢君が無言で多原の頭を叩いた。なぜ、島崎にではなく伊勢君に暴力を振るわれているのだろうか。これが因果応報……?
「お前、表情に出やすいから気をつけろよな? 尋問されたらあっという間だぞ」
「それはそう」
「そ、それは……」
伊勢君の言葉に同調する島崎と、答えあぐねている林檎さん。多原はちょっと傷つくと同時に、気を引き締めた。
「わかった、気をつけるよ」
「それもまた、多原様の良いところなのですが……ですが、うーん」
林檎さんはずっと悩んでいる。
「そうと決まったら、陰謀論の練り直しだ。とりあえず俺は、そうだな……」
伊勢君は、顎に手をあてて考えていたようだったが。
「クソ男を演じる!」
そのようなわけで、令の周りには、不快な男が増えたわけである。
『因果応報ってやつじゃん? その気もないのに鳶崎巳嗣の心を弄ぶからぁ』
「まったく同情をしていないのに私を責めるお前もお前だがな」
『徳ポイント積んでるの、わかんないかなぁ? キョウ君と廊下でばったり会えますようにとか』
もはや、同校であることを隠そうともしない。
それにしても。令は、しをんの言葉に少し笑ってしまった。
「徳、か」
『ん、なになに? なんかあったの?』
「ああ、鳶崎巳嗣の意に沿うことで、二つ、良いことがあった」
一つは、鳶崎物商が急激に在庫を増やし始めたこと。
これはそれまでの比ではなく、同時に医療機器の在庫も増えている。巨額の借金を抱えて、鳶崎物商という泥舟は水に浸り始めている。
そして二つ目は。
その鳶崎物商で、多原に協力したであろう人間が炙り出され、処分されたことだ。




